7.レティシア・ノーラン


 崩壊した馬車、散らばった荷物、服が絶妙に破れ気絶した少女。

 そしてオズワルドは頭を抱えた。


「犯罪にしかみえないな…」


 できるだけ少女の半裸を見ないようにしながら近くに散らばっていた服の山で少女を埋め、周囲の荷物を拾い集めて整理していく。


「ダイアウルフを即死させておきながら人間は無事か。魔物にしか効かない技? しかし、馬車は壊れても荷物が無事なのはどういうことだ……?」


 荷物の服はすべて無事、なのに少女の服は破けていた。

 それもなぜか奇跡的に尊厳が守られる感じに破けている。


 なぜこのような破け方を…【チート・クラフト】には謎が多いな…。


 伏せていた馬が立ち上がり、大きく胴震いすると、少女のそばに近寄って座り込む。

 主人を守ろうとしているのだろう。

 

 警戒しているようだった。


 まぁ、そうだろうな。とオズワルドは思う。


 とはいえ、こんな荷物丸出しで道端にいては「盗んでくれ」と言うようなものだ。


 想定外とはいえ、馬車を壊したのはオズワルド自身である。

 だから、することは決まっていた。


「さて、守るか」



 


 わたし、レティシア・ノーランは城下町の商人の娘だった。


 街のみんなに愛され、大切にされていると。

 そう思っていた。


 それなりに名のある商人だった両親が病に倒れて死ぬと、急に取引先から法外な値段をふっかけられるようになった。


 街のみんなもよそよそしく、まるで腫れ物を扱うようになる。


 両親という後ろ盾がなくなったとみるや、足元を見られ出したのだ。


 俺のモノになるなら商品も買ってやるよ。

 うちで雇ってやろうか? 夜の仕事もしてもらうけど。


 そんな下卑たことを言われて、曲がりなりにも商人としての教育を受けてきた私は顔に笑顔を貼り付けながら、内心は怒り狂っていた。


 女だというだけでこんな扱いを受ける。

 それが許せなくて、私は家財のすべてを持って城下町ラングスカを出た。


 この腐った土地でなければ、やっていけるはずだ。そう思って。

 

 その結果がこれだ。

 見たこともない魔物の群れ、それを易々と凌駕する旅人の攻撃。


 見たこともない斬撃に巻き込まれてわたしは死んだ。


 一言で言えば、わたしは旅を舐めていたのだ。 


 この世界が嫌になる。

 人の邪悪さも、自分の身すら守れないこの弱さも。



「あれ?」


 まだ、生きてる?

 共に連れ立った馬が私を起こそうとしてる。


 な、何。なんで服破けてるの!?

 ていうか。なんでわたし、服の山の中で寝てるの?


 ふと、旅の男の剣技が馬車ごとわたしをなぎ払ったことを思い出す。


「そっか。あの時に服が…。でも、私なんで生きて」


 私の服はボロボロなのに商品が全部無事なのはどういうことなんだろう。


 何はともあれ尊厳だ。もぞもぞと近くにある服を着て、服の山の中からあたりを見渡すと先ほどダイアウルフを消し飛ばした男が、盗賊と戦っていた。


 三対一なのに盗賊のすべての剣を受け流していく。


「あのすごい技を使えば一瞬で倒せるのに…手加減してるんだ」


 盗賊の一人が踏み込んだと思うと、その半歩先に男が踏み込んで斬り上げ、剣を折る。


 その隙を残った二人の盗賊が狙うと、あらかじめ見越していたかのようにギリギリで剣を躱し、右は剣で左は拳で武器を打ち落としていく。


 一つ一つの動作は緩慢なのに、すべてが的確。

 明らかに疲労しているのに、どこまでも一方的。


 盗賊達とは格が違った。


「なァ、いい加減そっちは損害デカすぎだろう。そろそろ諦めて帰ったらどうだ? これ以上やるなら怪我さすぞ」


 聞き分けのない子供を諭すような声。


 男に促されて、盗賊達が逃げ出していく。


(そっか、あのひとたちはわたしの馬車が壊れたから、落とした荷物を奪いにきたんだ)


 なんてことをぼんやりと思う。


 横目を向けると、荷物が丁寧に並べられていた。

 がんばって集めましたよ。とでも言いたげな、不器用な陳列。


 ああ、この人はダイアウルフを追い払うためにわたしの馬車を壊しちゃって。

 今はこうして守ってくれているんだ。


 男がこっちを見て、頭をかきながらこう言った。

 

「よぉ、お嬢さん。馬車壊して悪かったね。あ、傭兵いらない? 今、ちょうど手ェあいてるんだよな」


「ぜ、是非お願いします!」


 断る理由はなかった。


「わたし、わたしは商人のレティシアです!」


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