4.1850年 マリア・アークレットの秘蹟収集 その1

 ブラックフォージ男爵とグレイフォード男爵の飽くなき戦いが始まったとされる紀元前150年から2000年後。


 紀元1850年のグラン・マルク地方を走る機関車に乗って私は旅をしていた。


 聖錬教会所属、マリア・アークレット。


 私は神代から今に残る奇跡と聖遺物の実在を収集する、聖遺物収集課のシスターだ。


 聖遺物収集課と言うと警戒されるけど、実際に聖遺物そのものを収集しているわけではなくて私たちが収集するのはその記録である。


 かつて記録された聖遺物や奇跡が今もなお変わらずそこにあるか確かめるのが私たちの仕事なのだ。


 そんなことを思っていると、向かいに座っているおばあさんが話しかけてきた。


「おや、シスターさん。観光かい?」


「いえ、秘蹟(ひせき)収集です」


「そうかい、精が出るね。まぁ、神の奇跡が失われたことはないし。そんなに心配することはないと思うけどね」


 そう、言っておばあさんが窓の外を見やると金色に輝く麦畑が広がっていた。


 グランマルク州北部、アルメリアからグレイフォードを経由し、ブラックフォージへと向かうこと数日。


 人々の目に映るのは、はじまりの奇跡と呼ばれる黄金の麦畑だ。



 


 古い民話にこのような話が残っている。



 グランマルク小話集――黄金麦



 100年にも及ぶ戦の続くある冬の日の事。

 辺境のミルカ村に一人の男が現れ、しばらく宿を借りたいと言う。



 長き戦乱によって食い扶持の底が尽きた村人達は男を追い出そうとするが、心優しい村娘の一人が男を粉挽き小屋※1に泊めるよう村人達を説得する。


 男は粉挽き小屋に泊められたことを咎めることもなく、石臼を祝福した。


 その素晴らしさに驚いた少女は男に黙っているよう言われ、六日六晩言いつけを守ったが、七日目にしてついに両親に石臼の祝福について話してしまう。


 少女が約束を破ったことに男は悲しみ、ミルカ村を後にする。

 

 男が去った跡には尽きることなき黄金が伸び、その穂先には麦粒がぎっしりと詰まっていた。


 ここでようやく村人たちは気づく。

 

 あれは豊穣神・アグリオン※2だったのだと。


 ※1粉挽き小屋に泊めるとは信用ならないものを隔離しつつ、様子を見るという意味合いがあった。当時の人々は信用ならない人間はまず粉挽き小屋に泊め、泊めた者が何か問題を起こした際には麦を製粉する際に粉を盗んだと言いがかりをつけて追い出していたのである。つまり粉挽き小屋に泊めるとは疑いをかけていることに他ならない。


 ※2一部地域では戦神ゴルアスカや商業神レム・イーと混同されているため、かつては同一視されていたのではないかとも言われている。

 



 

「1850年。豊穣神・アグリオンの黄金麦……その御業尽きず。っと」


 

 そう私は聖遺物記録に追記する。


 一説によれば豊穣神・アグリオンは天を突くような巨躯であり。

 アグリオンが一歩踏む度、そこには大いなる黄金麦が生えたとされている。


 そう記されるのも当然だろう。


 わたしの目の前に広がる麦畑はまるで巨人の足跡のように点々としていた。

 この麦畑は遙か神代からずっとここに在り続けているのだ。



 よし!

 ミルカ村についたら、奇跡の石臼を確認だ。


 記録によれば、奇跡の石臼は極彩色に輝きながら愉快な音を出して回転するらしく。それを聞いた者はたちどころに踊り出すと言われている。


 その時の音の記録は…あった!


『ドゥクドゥクドゥー、シャカシャカドゥーン、ぴろりぴろり……』


人知を超えているのでちょっと想像しにくいけれど、とにかく聞けば愉快になると書かれている。


 実際、奇跡の石臼を簒奪しようとした盗賊がその場で踊り出して、そのまま改心したという逸話もあるし。


 これぞ、神の威光と言えるだろう。


 当時の戦乱に心を痛めた豊穣神アグリオンの慈悲の心が伝わってくるようだ。


「はぁ、楽しみだなぁ。どんな音なんだろう…。いけない。仕事、これは仕事なんだから!」


 聖遺物収集課の新米シスター。

 マリア・アークレットの秘蹟集めはまだはじまったばかりである。




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