第9話 嫌な記憶は旅の疲れと共に


 目が覚めると、屋根のない頭上から強烈な陽光が降り注いでいた。

 日の高さからして、すでに正午を回っている。


「やべぇ! 寝過ぎた!!」


 俺は飛び起き、慌てて周囲を確認した。

 焚き火はまだくすぶり、その傍らでは二人が寄り添うように泥のように眠っている。昨夜の逃走劇で、体力的にも精神的にも限界だったのだろう。俺が声を上げても、目覚める気配はない。

 二人が起きる前に、確認しておかなければならないことがある。

 俺は細く息を吐いて覚悟を決めると、半透明のメニューから『リザルト』を開いた。


 ──そこに羅列された文字と単語。


 それを目にした瞬間、俺はそっと目を閉じ、天を仰いで両手で顔を覆った。

 覚悟はしていた。鉄のスパイクに貫かれた死体も見たし、俺が直接手を下した宿の男も、助からない傷を負わせた自覚はある。


(あー……人殺しかぁ……。ショックを受けていない自分に、ショックだわ)


 想像していたほどの動揺はなかった。心のどこかで「だろうな」と納得している自分がいる。

 むしろ、最初にゴブリンを殺した時の方が余程震えた気がする。これが『ストレス耐性』などの効果なのか、それとも俺自身の感覚が麻痺しているのか。

 まるで人間としての何か大事な部分が抜け落ちていくような、薄ら寒い感覚だけが胸に残った。


「よし! 悩んでもしゃーない! 過去は振り返らず、前を向いて歩こう!」


 俺は無理やり思考を切り替えると、『ポータブル要塞』の外周を見回るために立ち上がった。


「ぅん……ハルカ、何処かに行くの?」


 流石に気配に気付いたのか、リファが眠たげな声を上げて体を起こす。


「いや、外の見回りだよ。多分、いつもの奴らが転がってると思うからさ」


「そう……その、早く帰ってきてね」


 いまだ昨夜のショックから立ち直れていないのだろう。リファの瞳は不安げに揺れていた。


「ああ、わかった。すぐに戻る」


 リファにそう告げて、俺はポータブル要塞の外周へと向かった。

 設置しておいたスパイクの罠には、運悪く通りがかったらしいオオカミが三匹、串刺しになって息絶えている。

 俺は慣れた手つきでウルフをインベントリに収納した。解体は後でいい。今はとにかく移動だ。

 拠点内に戻ると、俺はリファにルイを起こさせ、出発の準備を促した。

 朝食として干し肉を齧り、水で流し込みながら、俺はレベルアップメニューを操作する。


(ポイントは結構ある。これで二人を守れるぐらいにならないと……)


 まずスキルは『槍術LV1』『身体強化LV1』『射撃LV1』を取得。さらに武器スキルを取ったおかげか、派生スキルに『気配察知』が出現していたのでそれも取得する。ついでに『薬師』にもポイントを振り、万が一の時に備える。

 インベントリから作業台を取り出し、先ほど制作欄に生えてきたばかりのアイテムを表示させる。


 ──『クロスボウ』


 おそらく『射撃』を取得したことで、レシピが解放されたのだろう。ある意味、嬉しい新発見だ。

 ついでに『槍術』を取ったお陰で『ハルバード』や『ランス』等のレシピも増えている。

 俺は今後の対人・対モンスター戦において最も有用であろうクロスボウを製作することに決めた。合わせて専用のボルトも製作スロットに入れて予約する。


(これで鉄の在庫もすっからかんだ。まぁ、拠点に戻れば鉄は採れるからいいけども)


 今後の拠点の強化を考えるならば、鉄はいくらあっても足りない。

 クロスボウ一式が完成する頃には、リファたちも出発の準備を終えていた。


「よし、出発しよう。この要塞も片付ける」


 俺が壁に手を触れ、【収納】と念じる。

 分厚い石の壁と鉄のスパイクは一瞬にして光の粒子となり、俺の手の中へと吸い込まれていった。

 まるで最初から何もなかったかのように、ただの森の空き地へと戻る。

 この光景には慣れているはずのリファたちも、やはり魔法を見るような目で見つめていた。


「相変わらず……すごい力ね」


「便利な力だよ。おかげで宿代もかからないしな」


 俺は軽口を叩きながら、二人の背中を押した。

 昨夜の逃走劇の緊張は解けつつあるが、まだ完全に安全圏とは言えない。

 俺たちは獣道を慎重に進み、本来の拠点──森の奥にある我が家を目指した。

 道中、魔物はおろか小型の草食動物にすら出会わなかった。昨夜の騒ぎで周囲の魔物が警戒しているのか、あるいは俺から【殺気】のようなものが漏れ出ているのか。

 それからさらに二日の行軍の末、見慣れた木々の配置が見えてきた。


「やっと着いた……! 今日はゆっくりベッドで眠れるわね!」


「ルイも疲れたよー!」


 家の近くまで来て、リファとルイの声が弾む。

 俺も深く安堵のため息をついた。

 家は変わらずそこに佇んでいる。中に入ると、わずか数日離れていただけなのに、数ヶ月も空けたかのような懐かしさがこみ上げてきた。

 木の香りと、俺たちが生活していた匂い。

 張り詰めていた糸が切れたように、リファはその場へへたり込んだ。


「あぁ……本当に帰ってきたのね……」


「おうちだー! ルイ、お腹すいた!」


 ルイは元気よく床を転がり回っている。その無邪気な姿を見ていると、街での血生臭い記憶が少しだけ遠のいていく気がした。

 だが、安堵に浸ってばかりもいられない。

 俺たちの生活水準を上げ、二度とあんな惨めな思いをさせないためには、圧倒的な「拠点」が必要だ。


「二人とも、少し休んでてくれ。俺はちょっと裏の岩場へ行ってくる」


「えっ? もう働くの? ハルカも休んだ方が……」


「いや、やりたいことができたんだ。それに、体を動かしている方が落ち着く」


 俺は心配そうに見上げるリファの頭をポンと撫でると、ツルハシを担いで家の裏手へと向かった。

  


◇◆◇◆◇◆◇

        


 穴の空いた岩壁を目指して歩く。目的はまだまだ必要な鉄の採取だ。

 俺はインベントリから『鉄のツルハシ』を取り出して、前回の採掘跡の前に立った。


 ──ガキンッ! ガキンッ!


 硬質な音が森にこだまする。

 街で感じたドロドロとした人間の悪意とは違う、無機質で正直な手応え。

 岩は裏切らない。叩けば砕け、確実に素材をくれる。

 俺は汗を流しながら、一心不乱にツルハシを振るった。この単純作業こそが、今の俺には何よりの精神安定剤だった。


【鉄鉱石×3(+2)を入手】

【石ころ×3(+1)を入手】

【鉄鉱石×2(+1)を入手】


 システムログが流れるたびに、インベントリに素材が積み上がっていく。


 数時間後。


 鉄のスタックが二枠目に入る頃、ようやく掘る手を止めた。俺は心地よい疲労感と満足感と共に家へと戻った。


「ただいま。……さて、やるか」


 戻ってくると、二人とも旅の疲れが出たのだろう。ベッドで抱き合うように眠っていた。

 俺は二人を起こさないようにそっと離れて、作業台へと向かうと、クラフトプレートで建材を次々製作していく。


(うぉ! レベルアップのお陰か建材のできる速度がダンチだぜ)


 完成してはインベントリにその数を増やしていく石壁や土台、天井など、多様な石の建材シリーズがストックされてゆく。

 石だけならマックスで3スタックもあるから使い放題だ。

 俺はそっと家を出ると、周囲一帯の広場をぐるりと回りながら石の壁を設置していく。

 二段重ねにすることにより、高さ8メートルの巨大な壁が出来上がる。

 それを散歩でもするかのように軽い足取りで歩きながら設置し、広場を一周。最後に正面へ巨大ゲート──城門のようなものを設置して完了だ。


「あ、やべ、スパイク先生も設置しないとなぁ」


 一度、家に戻って作業台に鉄のスパイクを大量に製作予約をしておく。

 これで俺がずっと側にいなくても、作業台が勝手にインベントリへ完成品を送ってくれるから便利なものだ。

 再び門から壁の外へと出ると、壁を設置していた時よりも遥かに早い速度で歩きながら、『鉄のスパイク』を設置して回る。

 そう、俺の設置判定は地面だけではない。

 システムは重力さえ無視する。壁面を『地面』と判定させて、真横に向かってスパイクを生やしたのだ。物理法則をあざ笑うような光景だが、使えるものはバグは使い倒すのがクラフターの流儀だ。

 これで家の周囲の安全はある程度確保できたと言ってもいいだろう。

 次に、メインの作業に取り掛かることにする。

 家から少し離れた場所まで石の床を敷き詰め、そしてその先にクラフトしておいた「それ」を鎮座させる。


【石の湯船(大)】


 設置してみて驚いたが、直径5メートルもの大きさを持つ巨大な湯船だ。

 個人の露天風呂としては規格外だが、広い分には文句はない。

 そして、湯船の横に【循環式ボイラー(薪)】を据え付ければ機能としては完成だ。

 後は一応の防備として、高さ1メートルの石の柵を目隠しのように広めに設置して、木の桶と木の椅子を置けば完璧だ!

 日本人としてこれほどの贅沢はないと言ってもいいだろう。

 念願の、露天風呂付き一軒家の完成である。


(よしよし! これよこれ! クラフト能力を使って、贅沢を自分で創造する! クラフター冥利に尽きるぜ!)


 俺は早速、インベントリに腐るほどある真水を湯船に注ぎ入れる。流石に直径5メートルの湯船に水を張ると、その光景は圧巻の一言だ。

 ボイラーに木材を入れて、備え付けられているツマミを回す。それだけで何故かボボボボッと火がつくような音が聞こえて、水がコポコポと気泡を上げ始めた。

 空を見上げると陽が傾いているのを感じて、クラフトプレートから篝火台と松明を作り、一応設置しておく。

 これで陽が沈んだとしても、明るい中で湯船に浸かれるだろう。

 俺は完成した風呂を見て、満足げに頷くと家へと足を向けた。

 家に戻ると、二人は俺が帰ってきた気配に気付いて起き出してきたところだった。


「ん……ごめんなさい。私たちだけ休んで……」


「ハルカ……おはよ……」


 二人ともベッドで少し休んで疲れはマシになったようだが、まだ完全には取れていないようで、どこか眠そうな気配を漂わせている。


「おはよう二人とも。後で見せたいものがあるんだけど、とりあえず先に食事にしようか」


 俺はかまどに向かい、クラフトメニューを開いて、鶏肉とキノコとハーブのスープを作る。

 料理までクラフト能力で作れるからありがたい。

 一番助かるのは、塩は使っていないのに微かな塩味がすることだ。

 調味料が手に入ったら、もしかしたら料理のレシピも増えるかもしれないと思うと楽しみである。


「いただきます」


 三人分の声が重なり、木製のスプーンがスープをすくう。

 湯気を立てるスープを口に運ぶと、鶏の旨味とハーブの香りが口いっぱいに広がった。


「んっ……! おいしい……!」


「あふはふ、おいひぃ……」


 リファとルイがほうっと白い息を吐く。

 空腹と疲労が蓄積していた体に、温かいスープが染み渡っていくようだ。

 俺もスプーンを運びながら、クラフト料理の性能に改めて感心する。

 ただ材料を消費しただけなのに、じっくりコトコト煮込んだような深みが出ている。システム的な補正なのかもしれないが、今の俺たちにはこの温かさが何よりのご馳走だった。

 鶏肉のスープで腹を満たし、人心地ついたところで、俺は席を立った。


「さて、腹も膨れたことだし……さっき言ってた『見せたいもの』に行こうか」


「見せたいもの?」


「ああ。旅の疲れを癒すには最高のものさ」


 俺は二人を連れて、家の外へと向かう。

 外はすでに薄暗くなり始めていたが、設置しておいた『篝火台』と『松明』のおかげで、周囲は温かなオレンジ色の光に包まれていた。

 そして、その中心でもうもうと湯気を上げる巨大な石の建造物を目にして、二人は目を丸くした。


「これ……お風呂!? しかも、こんなに大きいの!?」


「うわぁ! お風呂だー!」


 石造りの湯船には並々と湯が張られ、循環式ボイラーが心地よい稼働音を立てて適温を保っている。

 湯面が篝火の光を反射して揺らめき、見ているだけで体の強張りが解けそうな光景だ。


「さあ、入ってこいよ。着替えやタオルはこれだ」


 俺は作っておいた着替えとタオルをリファに渡す。

 しかし、リファは動こうとしない。

 嬉しそうな表情を一転させ、不安げに周囲の闇を見回している。


「えっと……ハルカは?」


「俺? 俺は二人が上がってから入るよ。ここで見張りでもしてるから、ゆっくり入ってきな」


 いくら壁とスパイクで囲ったとはいえ、ここは屋外だ。

 何かあった時にすぐ動ける人間がいた方がいいだろうという判断だったのだが、リファは青ざめた顔で首を横に振った。


「む、無理よ……! 外でお風呂だなんて、その……」


「ルイも怖い……ハルトも一緒がいいて……」


 ルイもリファの服の裾をぎゅっと握りしめている。

 数日前の逃走劇、そして森の中というシチュエーション。

 俺が設置した高さ8メートルの壁は安心感を与えると同時に、その向こう側に見える夜空の暗さを際立たせてもいた。

 壁の中に閉じ込められたような圧迫感と、頭上に広がる無限の闇。その対比が、今の二人には恐怖として映るのかもしれない。

 その辺の機微を、『ストレス耐性』を持つハルカは失念していた。


(そりゃそうか……。あんなことがあってから日も浅いしな)


 精神的に不安定な二人を、裸にして外に放り出すような真似は酷だったか。

 俺はポリポリと頬をかくと、覚悟を決めて息を吐いた。


「……わかった。一緒に入ろう」


「えっ」


「背に腹は変えられないだろ。それに、このサイズの湯船だ。三人で入っても芋洗いにはならないさ」


 俺の提案に、リファは一瞬顔を赤らめたが、すぐに安堵の表情を浮かべてコクリと頷いた。


「……うん。お願い、ハルカ。一緒がいい」


「ハルカといっしょー!」



◇◆◇◆◇◆◇



 脱衣スペースで服を脱ぎ、掛け湯をしてから湯船に足を浸す。

 じんわりとした熱さが足先から伝わってくる。

「ふぅぅぅぅ……生き返るぅ……」

 肩までお湯に浸かった瞬間、口から勝手に声が漏れた。

 直径5メートルの巨大湯船は、三人で入っても余裕がありすぎるほどだ。手足を思い切り伸ばしても、まだ余白がある。


「はぁ……あったかい……」


「ぷはーっ! きもちいい!」


 リファとルイも俺の近く──というか、すぐ隣に陣取って、至福の表情を浮かべている。


(眼福なんだが……いまいちそんいう気分にならないの、もしかしたらストレス耐性のせいかねぇ)


 ルイと違って、タオルで隠されているものの、湯船にそこそこたわわなモノが湯で見え隠れしていて、目のやり場に困るが、自分の中では興奮より、気恥ずかしさと保護者としての義務感が勝つ。


 湯の温度は少し熱めに設定された40度ほどか。森の夜風で冷えた体には丁度いい刺激だ。

 頭上を見上げれば、湯気の向こうに満天の星空が広がっている。

 篝火の爆ぜる音と、お湯が揺れる音だけが響く静寂な空間。


「……すごいね、ハルカ。こんなお風呂まで作っちゃうなんて」


 お湯で濡れた髪をかき上げながら、リファがぽつりと呟いた。

 その顔色は、湯気と熱のおかげでほんのりと赤みが差し、昨夜のような蒼白さは消えている。


「クラフト能力の応用だよ。水も火も、岩も、素材さえあればなんとかなる」


「ハルカは何でもできるのね。……本当に、魔法使いみたい」


「魔法使いなら、もっとスマートになんでも解決できたさ。俺は泥臭いクラフターだよ」


 俺が苦笑すると、リファは首を横に振って、お湯の中で俺の手を探り当て、ぎゅっと握ってきた。


「ううん、ハルカのおかげよ。このお家も、お風呂も、ご飯も……ハルカがいてくれたから、私たちは今、こうして笑っていられるの」


「ルイも! ハルカ大好き!」


 反対側からルイが抱きついてくる。

 小さな体温と、柔らかな感触。

 人を殺めた感触がまだ手に残っているような気がしていたが、こうして二人の体温に触れていると、それがゆっくりとお湯に溶けていくような気がした。

 俺たちは人間だ。

 生きて、食べて、風呂に入って、眠る。

 そんな当たり前の営みを守るために、俺はこの力を振るったのだ。


「……ここなら安全だ。高い壁もあるし、罠も仕掛けた。誰にも邪魔させない」


 自分に言い聞かせるように、そして二人を安心させるように俺は言った。


「うん……信じてる」


 リファが俺の肩に頭を預ける。

 揺らめく湯面と、星空の下。

 俺たちはしばらく言葉もなく、ただただお湯の温かさと、互いの存在を確かめ合うように寄り添っていた。

 血生臭い記憶も、後悔も、不安も。

 全てはこの広い湯船の中に沈めて、明日へ進む活力を養う。

 こうして、拠点帰還初日の夜は、穏やかに更けていった。

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