第7話 森からの脱出
オークの襲撃から夜明けまでの間、何度かゴブリンやオオカミの接近を感知した。だが、やはりオークという個体が特異だっただけのようで、それ以外の有象無象はスパイクの防衛網だけで事足りた。
運が良かったのか、悪かったのか。いや、鉄を入手し、防衛設備を整えてからの襲撃だったのだ。運は良かったと言うべきだろう。
結果論だが、もし初日の無防備な「木の小屋」の段階でオークに来られていたら、俺たちはあっけなく皆殺しにされていたはずだ。
「うーーーん……どうしたもんか……」
「うーーーーん!」
俺がインベントリのボードを見ながら腕を組んで唸っていると、隣では何が面白いのか、ルイが俺と同じポーズで唸り声をあげている。
「二人して朝から何を唸っているのよ」
湧き水で顔を洗って戻ってきたリファが、呆れたような、しかしどこか温かい声を上げた。
俺は顔をあげ、隣でうんうん言っているルイの頭にポンと手を置き、グリグリと撫で回す。
「あー、いや。レベルが上がって……と言っても伝わらないか。えっと、俺の力で新しい技能を覚えられるようになったんだけど、何を取るべきか迷っててね」
「技能?」
「まあ、簡単に言えば『より効率よく生き残るための力』を選んでる最中なんだよ」
俺は苦笑しながら、再び空中のウィンドウに視線を戻した。
提示された選択肢は三つ。
・[戦闘]剣術 Lv1
・[補助]身体強化 Lv1
・[特殊]採取量UP
(剣術や身体強化も魅力的だ。昨日のオークみたいなのとガチンコでやり合うなら必須だろう。……だが)
俺はチラリと、楽しそうにリファの真似をしてはしゃぐルイと、それを見て微笑むリファを見た。
俺一人なら迷わず戦闘特化を選ぶ。だが、今は守るべき二人がいる。
戦闘はスパイクのようなクラフトと工夫で凌げる余地があるが、物資の枯渇はどうにもならない。特にこれから移動することを考えれば、短時間で多くの食料や資材を集められる能力は何よりも優先度が高い。
俺は戦闘者であるよりも先に、まずは保護者であらねばならない。
「よし、これだ!」
俺は迷わず【採取量UP】を選択した。
スキル【採取量UP】を習得しました。
素材アイテムの取得数が+1〜+2増加します。
「地味だけど、これが一番ベターなはずだ」
試しに、足元に落ちている手頃な枝をインベントリに収納してみる。
これまでは『木材×1』だったログに、『木材×2(+1)』と表示された。
(やっぱりな! 単純計算で作業効率が二倍になる。これなら……)
さらに「もしかして」と思い、木材を一度インベントリから出して床に置き、もう一度拾ってみた。
一度出したアイテムを再収納すれば増えるのではないか──そんな淡い期待を抱いたが、ログの数字は増えていなかった。
(さすがにそこまで甘くはないか。無限増殖バグなんてできたら経済崩壊だしな)
俺はウィンドウを閉じると、改めてリファに向き直った。
「リファ、真面目な話があるんだ」
俺の声色が少し低くなったのを感じ取ったのか、リファも笑顔を収め、ルイを膝から降ろすと居住まいを正した。
「……何? 改まって」
「この森を出て、リファが言っていた『西の街』を目指そうと思う」
「えっ……」
リファは驚きに目を見開いたが、すぐに納得したような表情で深く頷いた。
「そう……ね。昨夜のオークの件もあるし、いつまでもここにいるのは危険だわ」
「ああ。昨日はなんとかなったけど、あんなのが頻繁に来るようになったら、いつか防衛線を突破されるかもしれない。それに、ルイのためにもちゃんとした街で暮らしたほうがいい」
俺の言葉に、ルイが「おひっこし?」と首を傾げる。
俺はルイの目線に合わせてしゃがみ込み、「そうだよ。もっと広くて、美味しいものがいっぱいあるところに行こう」と答えた。
「でも、ハルカ。この森から西の街までは、大人の足でも三日はかかるわ。ルイもいるし、私の……この体だと、もっとかかるかもしれない」
リファが不安そうに自分の左袖──木製の義手をつけた腕を握りしめる。
「大丈夫だ。そのための準備をする。移動用の保存食、水、それから野営のための道具。俺の『収納』があれば荷物の重さは関係ないし、今日覚えた新しい力があれば、必要な物資はすぐに集まる」
俺は力強く断言して、立ち上がった。
「出発は明日の早朝だ。今日一日を使って、旅の準備を完璧に整える!」
「わかったわ。私も手伝う。足手まといにはならないように頑張るから」
「頼りにしてるよ。じゃあ、早速作業開始だ!」
そこからは怒涛の勢いで作業が進んだ。
まずは食料の確保だ。
俺は小屋の周辺で、食べられる野草やキノコ、木の実を片っ端から採取していった。
【採取量UP】の効果は絶大だった。一度の手間で二倍、三倍の量が手に入るため、あっという間にインベントリが食材で埋まっていく。
その間に、リファには小屋の
クラフトで作った『燻製器』──と言っても、ドラム缶のような鉄の筒に金網を張っただけのものだが──に、ランクを落としたスーパーの安いブロック肉を吊るし、煙で燻す。
保存性を高めた干し肉とジャーキーの完成だ。
「すごい……こんなにたくさんの保存食、見たことないわ」
出来上がった山盛りの干し肉を見て、リファが感嘆の声を上げる。
「水も忘れずにな」
俺は皮袋(これもドロップアイテムの毛皮からクラフトした)に真水をたっぷりと詰め込んだ。インベントリには水が入った金属タンクも収納してあるが、すぐに飲める水は多いほうがいい。
そして、夕方。
俺は小屋の外観を最後に見回していた。
石造りに強化された壁、鉄格子の嵌った窓、そして周囲を囲む(再設置された)スパイク。
たった数日だったが、間違いなく俺たちの命を守ってくれた我が家だ。
「ここを離れるのは少し寂しいけど……」
「また、戻ってこれるわよ。ハルカが作ったお家だもの」
いつの間にか隣に来ていたリファが、俺の顔を覗き込んで微笑んだ。
「そうだな。ここは中継地点として残しておこう。いつかまた、素材集めに来ることもあるかもしれないしな」
俺はインベントリから一枚の木の板を取り出し、ドアに打ち付けた。
そこにはナイフで『ハルカ、リファ、ルイの家』と彫り込んだ。
「よし! これで準備万端だ」
空を見上げると、昨日と同じように茜色の夕焼けが広がっている。だが、昨日とは違い、心にあるのは得体の知れない不安ではなく、明日への希望と冒険への高揚感だった。
「今日は早めに休んで、明日は夜明けと共に出発だ。──行くぞ、西の街へ!」
「うん!」
「はーい!」
俺の号令に、二人の元気な声が重なった。
◇◆◇◆◇◆◇
夜が明けると、旅立ちの時が来た。
俺はいつも通り、二人よりも早くに起き出し、最後の仕上げに取り掛かっていた。
それは、街に着いてからの軍資金作りだ。
リファの話では、この世界では鉄がかなり貴重で、村でも鉄製品は大切に扱われているらしい。俺はまず大振りのナイフを五本、鉄の剣と槍を三本ずつ製作した。
ついでに装備も一新する。元々着ていた服を、繊維で作った布の服と簡易革鎧一式に変更。リファとルイには皮の服とコートを作ってあげた。
森の中はここ数日で気温もかなり下がってきている。布の服一枚での野宿は自殺行為だと判断したからだ。
起きてきた二人と共に、A5ランク肉という極上の肉(元はゴブリンかオオカミだが)で旅立つ前の景気付けを行う。バフ効果も付く贅沢な朝食だ。
三人で舌鼓を打ちながら、やっぱり肉だけでは味気ないなと感じ、街に着いたら真っ先に塩と香辛料を手に入れることを心に誓った。
俺たちは昇ったばかりの朝日を背に、住み慣れた──といっても数日だが──石の小屋に別れを告げた。
先頭は俺、真ん中にルイ、
昨日発見したマップ機能には周辺の地形がおぼろげながら表示されているが、西の街への正確なルートまでは出ていない。頼みの綱はリファの記憶と、地図上の現在地アイコンだけだ。
「ハルカ、あの草も採れる?」
「ああ、待ってろ」
道中、俺は歩きながらも手を休めなかった。
目につく薬草、手頃な石、枯れ木。触れる端からインベントリに放り込んでいく。
薬草×3(+2)
木材×2(+1)
【採取量UP】の恩恵は凄まじかった。ただ歩いているだけで、資材が倍々ゲームで増えていく。これなら街についても、当面の資金源には困らないだろう。
一日目の夜。
日はとっぷりと暮れ、森は深い闇に包まれた。通常なら、夜の森での野営は無謀だ。だが、今の俺にはクラフトがある。
「よし、今日はここをキャンプ地とする!」
「えっ、ハルカ、こんな開けた場所で? 魔物が……」
「見ててくれ」
俺はインベントリを開き、とあるプリセットを選択した。
『石の壁』──小屋を解体するわけにはいかなかったので、道中で拾った石材を使って新しく作成しておいたものだ。
──ズズズンッ!
重低音と共に、俺たちを囲むように四方に高さ四メートルの石壁が出現する。入り口部分は狭く絞り、そこにはスパイクを二重に設置。
屋根はないが、即席の要塞の完成だ。
「……ハルカのその力、本当に規格外ね」
「便利だろ? これなら見張りも最小限で済む」
壁の中で焚き火を囲み、干し肉を齧る。壁のおかげで光が外に漏れにくく、風も防げる。
夜中、カサカサと何かが壁を引っ掻く音や、スパイクに刺さって「ギャッ」と短い断末魔を上げる獣の声が聞こえたが、要塞の中までは死の気配は届かない。
二日目。
森は深く、道なき道を進む過酷な行軍となった。
ルイが疲れを見せ始めると、俺はすぐに背負って歩いた。身体強化のスキルは取らなかったが、レベルアップによる基礎ステータスの向上のおかげか、ルイ一人背負うくらいなら苦にならない。
この日も、夕暮れと共に『石壁』と『スパイク』のセットを展開。
この「ポータブル要塞戦法」は鉄板になりつつあった。一度設置しても、朝になればまたインベントリに回収できるのが強みだ。
そして、三日目の昼過ぎ。
「……ハルカ! 見て、街道よ!」
リファが弾んだ声を上げた。
鬱蒼とした木々の隙間から、整地された土の道が見えたのだ。
森を抜け、街道に出た瞬間の開放感は筆舌に尽くしがたい。視界が開け、空が広く感じる。
「あっちが西……つまり、街の方角だな」
街道には、稀に馬車の
俺たちは逸る気持ちを抑えながら、街道を西へと進んだ。
さらに数時間歩くと、遠くに巨大な影が見えてきた。
高い石積みの外壁。そこから突き出る尖塔。
リファの言っていた『西の街』──城塞都市イラムだ。
「着いた……」
「おっきいー!」
ルイが俺の背中で歓声を上げる。
俺もまた、安堵と興奮で胸が高鳴っていた。ゲームの世界のようなファンタジーな街並みが、現実として目の前にあるのだ。
街の入り口には、槍を持った衛兵が二人、けだるそうに立っていた。
俺たちの姿──特に俺が、束にして背中に背負っている鈍く光る鉄の武器を見て、彼らの目がすっと細められたのが分かった。
この世界での鉄の価値を考えれば、少し目立ちすぎたかもしれない。だが、ナメられるよりはマシだ。
「身分証はあるか?」
事務的な問いかけだが、その視線は俺の荷物を品定めしている。俺は首を横に振った。
「入街税を払えば入れると聞いたんですが」
「……ああ。一人につき銀貨一枚だ。子供は半銀貨だ」
俺は懐を探るフリをして──鉄のナイフを一本取り出した。
「へへへ、すみません。仕入れに欲張って現金を切らしてまして、これでいかがでしょう?」
少し媚びるような笑みを浮かべて、変に疑われないよう、両手で捧げるようにナイフを差し出した。
衛兵は怪訝な表情を浮かべたが、ナイフを受け取った瞬間、その表情が一変した。
太陽に翳し、自身の爪に刃先を当てて切れ味を確認する。その目には明らかな驚愕の色と──ドロリとした欲が見えた。
「……本物の、鉄か。しかもこの純度……」
衛兵はゴクリと喉を鳴らし、周りを警戒するように素早くナイフを懐にしまった。同僚にすら見せたくない、という動きだ。
「……いいだろう。通っていい。だが、街中での揉め事はご法度だぞ」
「ありがとうございます。肝に銘じておきます」
分厚い木の門をくぐる。
その瞬間、活気あふれる喧騒と、様々な匂いが押し寄せてきた。
串焼きの脂の匂い、馬の匂い、そして人々の熱気と少しの汚臭。
「……やっと、人のいる場所に戻ってきたのね」
リファは疲れた様子を見せながらも、感極まったように呟く。
「ああ。ここからが本当のスタートだ。二人はこれからどうするつもりだ?」
俺は敢えて平気なふりをして、二人に──リファに問いかける。
この街に入った瞬間から、俺たちは「遭難者」から「市民」に戻ったのだ。これ以上、素性の知れない男が姉妹と行動を共にするのは不自然になる。
「まだわからないわ。街に叔父さんが住んでいるから父の訃報を告げて頼るつもり……でも、雇ってもらえるか……でも、街まで出て来れたんだもの! どうにかするわ」
「ハルカとお別れするの? 私、一緒がいい! ハルカもずっと一緒!」
リファの言葉の意味を全て理解したわけではないだろうが、不穏な空気を感じ取ったルイが、目に涙を浮かべて、俺の足にしがみ付く。
「ルイちゃん……大丈夫だ。俺もこの街に住むつもりだから、いつだって会えるさ。な?」
「やだやだやだやだやぁぁだぁぁぁ!」
「ルイ、わがまま言わないで。これ以上、ハルカに迷惑は掛けたくないの!」
ルイのしがみ付く姿を見て俺は、涙が出そうになるのを堪える。
異常な能力を持つ俺とこれ以上深く関わらせるべきではない。インベントリ一つ取っても、他人に知られたら、リファやルイまで危険が及ぶのは簡単に想像ができる。
俺はもうしばらくだけ一緒にいる約束しかすることができなかった。
だが、この時の俺はまだ理解していなかったのだ。
この世界の街は、ゲームのように都合の良い安息地などではない。
そこは、森の魔物よりも厄介な人間の悪意と欲望が渦巻き、命の重さがコイン一枚で変わる、冷酷な『現実』だということを……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます