第2話 協力プレイが一番効率がいい(友達がいれば)
程よい疲労感に包まれて、もう少し寝ていたい気分だった。だが、眠る前の出来事を脳が処理し終えた瞬間、意識が急激に覚醒する。
「知らない天井……いや、青空だわ!」
思わずお約束のセリフを口走って目を開けたが、そもそも天井なんてなかった。背中のゴツゴツした硬い感触と、草木の匂い。これらが夢でも妄想でもなく、現実だったと嫌でも実感させられる。
「いっつつつ……」
硬い地面で寝ていたせいで、背中がバキバキに痛む。体を起こして周囲を見渡した。
作業台の横では、焚き火が穏やかに爆ぜ、その熱が体を包み込む。横にはお姉さんが、焚き火の熱で少し汗ばんだ様子で眠っていた。苦悶の表情は消え、穏やかな寝息を立てている。
そして、俺の隣には妹ちゃんが、キノコを刺した木の枝を握りしめたまま、コクリコクリと船を漕いでいた。
俺が動いた気配に気づくと、彼女はビクリと肩を跳ねさせて目を覚ました。
「あ、あの! 大丈夫!?」
妹ちゃんは、安堵感とまだわずかに残る警戒心が混じった目で俺を見上げる。彼女の手や頬には、煤や土の汚れがついていた。俺が寝ている間、火の番をしてくれていたのだろう。
「ああ、平気平気。極度の疲労だったみたいだ。ちょっと寝すぎたな」
俺は笑ってみせるが、体がダルいのは確かだ。インベントリを開くと、ステータスが表示される。
ステータス
・体力:15/100 (状態:疲労)
・スタミナ:10/100 (状態:極限)
「ふむ、やっぱりゲーム準拠か。スタミナ切れで強制シャットダウンしたわけだ」
元のゲームでは、スタミナがゼロになっても作業効率が落ちるだけで気絶まではしなかった。だが、現実の肉体は正直らしい。無理は禁物ということか。
「あの、これ……」
妹ちゃんが焚き火のそばに置いてあった、焼けたワンプのキノコを差し出す。焦げている部分もあったが、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「ああ、ありがとう。食えるって書いてあったキノコだ。君はもう食べたのか?」
「うん……ちょっとだけ。お姉ちゃんが寝てる間に。そしたら、なんだか体が軽くなったの」
妹ちゃんはキノコの欠片を口に運びながら、嬉しそうに報告する。
・焼いたキノコ [NEW]
・効果:スタミナ回復(小)、体力回復(小)
ゲームの回復アイテムとしての効果が、この世界で実際に発揮されている。俺の確信は深まった。
「よし、俺もいただくよ。ところで、どれぐらい俺は寝ていたかわかるかい?」
妹ちゃんは「んーとね」と可愛く小首をかしげる。
「きのこがね、焼けるぐらい!」
「……そっかー」
ずいぶんふんわりとした表現だが、キノコが炭になっていないあたり、大した時間は経っていないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。夜になっていたら、それこそ詰んでいた。
俺はキノコを一口齧る。味付けも何もないが、空腹の体には染み渡る旨さだ。頭の中でステータスバーが動くのが視認できた。
【ステータス】
・体力:25/100(疲労)
・スタミナ:20/100(疲労)
体力が少し回復し、極限状態からは脱した。これなら動ける。
「さてと。まずは水を飲みたいんだけど……。ルイちゃん、川とか近くにあるの知らない?」
「うん。知ってるよ。昔お父さんが言ってた。水場への目印がここからもう少し行ったところにあるの。大きな岩の目印を過ぎると、綺麗な水が流れる川があるって」
「魔の森……。ここがそうなのか」
巨人が闊歩していた場所だ。「魔の森」というネーミングにも納得がいく。
「どうして君たちはこんな危険な場所に?」
お姉さんはまだ眠っている。彼女が起きる前に、現状を把握しておく必要がある。
妹ちゃんはキノコを食べる手を止め、俯いた。焚き火の光が、彼女の顔に影を落とす。
「……私たち、村に居られなくなったの。お姉ちゃんが、私を……その、奴隷に売られるって知って」
想像の何倍もヘビーな事実に、俺は絶句する。
「奴隷……だって?」
「うん。お姉ちゃんは、私を助けようとして、この森に逃げたの。お父さんが、この森を抜ければ、別の街に行けるって言ってたから」
ルイの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「お姉ちゃん、村にいる間、ずっとイジメられてたの。手がないから『役立たず』だって……。でも、お姉ちゃんは私のためにずっと我慢してた。私が奴隷になるくらいならって、危ないこの森に入って……」
俺は、意識を失う寸前にお姉さんが絞り出した言葉を思い出した。
『おねがいだから、妹を助けて』
「そうか……」
俺はルイの頭にそっと手を置く。この理不尽な世界で、姉妹は互いを守ろうと必死に戦っていたのだ。「役立たず」という言葉に、胸糞が悪くなるのと同時に、ゲーマーとしての反骨心が湧き上がる。
「もう大丈夫だ。俺も言った通り迷子でね。人のいる場所──街に行きたいと思っていたんだ。それに、俺は『クラフト』っていう、ちょっと特殊な力を持ってる。サバイバルはお手のものだ」
そう言って安心させるように、インベントリからワンプのキノコをさらに数本、何もない空間から取り出してみせた。現代でこんなことをしたら手品かホラーだが、今はこれが希望の光だ。
「えっ、お兄ちゃんは何をしたの!? 魔法!?」
「ああ、魔法みたいなもんだ。これがあれば、この森でも生きていける。だから、安心してくれ。君たちのことは、俺が守る」
俺は焚き火に木材を追加しつつ、決意を新たにした。
「まずは、水の確保と、しっかりとした拠点だ。この作業台があれば、次は斧とツルハシが作れる。ルイちゃんは石探しを手伝ってくれるかい? この森を生き抜くために」
妹ちゃんは涙で濡れた顔を上げ、決意に満ちた瞳で俺を見つめた。
「うん! 手伝う! 私、お姉ちゃんを助けてくれたお兄ちゃんの奴隷になるって言ったけど、ちゃんとお姉ちゃんにありがとうを返したい!」
「奴隷なんていらないよ!? 助け合いさ。俺は蜘蛛男じゃないけど、『君たちの親愛なる隣人』として、君たちを助ける。そうだ。まずは自己紹介をしようか。俺はハルカだ」
「私の名前はね、ルイっていうんだよ。お姉ちゃんはリファって言うの!」
「そうか。改めてよろしく。ルイちゃん」
俺は優しく笑い、差し出された少女の小さな手と握手を交わした。隣では、焚き火の穏やかな光に照らされて、リファが静かに眠っている。
(川まで行くのはリスクがある。まずは地面を掘って土やら粘土やらをとりつつ、地下水を探そう!)
「よし、まずはシャベルだな」
俺は立ち上がると、ルイに声をかけた。
「ルイちゃん、石探しはその次だ。まずは水。サバイバルの基本は水が命だ」
俺はすぐに周囲の倒木から、手で触れるだけでアイテム化する木材(小)を三本集めた。ものの数秒でインベントリに木材が補充される。
[木材(小) を獲得しました] ×3
クラフトメニューを開く。
「……っと、あったぞ!」
木のスコップ [NEW]
・必要素材:木材(小) ×3
「クラフト! 木のスコップ!」
念じると、インベントリから木材が消え、粗雑だがしっかりと握れる木のスコップが手の中に現れた。
「さすが俺のクラフト能力! 文句なしだ!」
俺は、苔が生えた湿度の高い地面を選び、スコップを突き立てる。
「この湿り気なら、きっと地下水が近い」
深く掘り進めること数回。土の中から、茶色く濁った水がじわりと湧き出してきた。俺はスコップでその泥水をすくう。
[濁った水 を獲得しました]
濁った水 [NEW]
・説明:飲用不可。クラフト素材。
「うげっ、想像以上に泥水だな。まあいい、これこそクラフトの出番だ」
俺は焚き火台へと戻り、インベントリから濁った水を選び、焚き火台のメニューを開いた。
飲料水 [NEW]
・必要素材:濁った水(小)×1 ※要:焚き火
「クラフト! 飲料水!」
すぐに、濁った水がインベントリから消え、代わりにガラス瓶に入った無色透明な液体が出現した。
[飲料水(小) を獲得しました]
「瓶はどこから来たんだとか、加熱・濾過の工程どこ行ったんだとか、ツッコミどころは満載だが……これはありがたい! ルイちゃん、まずは君からだ。飲んでごらん」
俺が差し出した飲料水を、ルイは少し警戒しながらもゴクリと飲む。
「……美味しい! 村の水よりずっと美味しいよ、ハルカ!」
「そいつは良かった」
安堵の息をついた直後、俺は背後でジャリ、と枯れ葉を踏む微かな音を感じた。
「……誰」
焚き火のそばに寝かせていたリファが、半身を起こしていた。熱は完全に引き、顔の紅潮も消えているが、その瞳は鋭く俺を射抜いている。
「お姉ちゃん!」
ルイが駆け寄り、リファの細い体を抱きしめる。
「ルイ……ここは……」
リファは意識が混濁しているのか、周囲をぼんやりと見渡すが、すぐに俺の顔を見て、目つきを険しくさせた。
「あなたは……あの時の……」
まだ弱々しいが、明確な警戒心に満ちた声だ。彼女は自分の残った左手で、妹を背後に隠すように抱き寄せる。
「ああ、ども。ハルカです。えーと、少し休んだおかげで、熱は完全に引いたようだな。俺の解熱剤の効果は抜群だったろ?」
俺は、リファに飲料水の瓶を差し出した。
「まずはこれを。喉が渇いてるだろ」
リファは警戒を解かず、俺の差し出す瓶を睨むように見つめる。まあ、当然の反応だ。
俺はため息をつき、リファの目の前で、自分も新しい飲料水を作って一口飲んで見せた。
「安心してくれ。毒なんて入ってない。君が倒れる直前に言った『お願いだから、妹を助けて』って言葉、俺はちゃんと聞いたからな」
「……どうして、助けてくれたの? 魔の森で、こんな手なしと関わっても得にならないでしょ」
リファはそう言って、肘から少し先からがない右腕を見せつけるように突き出す。自虐というより、相手を試すような目だ。
俺は作業台に寄りかかり、焚き火の炎を見つめながら答える。
「俺は気づいたらこの森にいた迷子だ。なんつーか。変な能力で、なんとか生き延びてる。奴隷だの、虐げられてるだのって話を聞くとな……あー、これイベント発生だなって思っちまうタチなんだよ。まぁ、俺がそんな変人だったって思ってりゃいいさ」
俺はリファの隻腕に視線を向けた。
「ルイちゃんから話は聞いた。村を逃げ出して、この森に入ったんだってな。それも、ルイちゃんを奴隷として売られることから守るために」
リファは唇を噛み締め、静かに頷いた。
「……私たちは、村に身寄りがなく、父の死後、村人たちに虐げられてきた。私が隻腕だからと、『役立たず』の烙印を押されて……。挙句、ルイまで奴隷として売られるって聞いたの。私が犠牲になるだけならよかった。でも、妹が奴隷になるくらいなら、一か八かに賭けて死んだ方がマシだと、この森に入ったの」
「生きてりゃ、なんとかなるさ。死に急ぐな……なんて言葉は、当事者じゃない俺が言っていい言葉じゃねぇわなぁ」
世の中には死よりも苦しい現実なんてものはごまんとあることは、大人なら誰でも知ってることだ。
俺は立ち上がり、リファに再び水瓶を差し出した。
「俺は、この森を抜けるつもりだ。君たちの父親が言っていたという別の街を目指すんだろ? もしよかったら連れてってくれないか? リファ、君の森の知識とこの世界の常識を教えてくれ。俺のクラフト能力で、この理不尽な世界を生き抜く。俺が二人をサバイバルで守る」
リファは、俺の真剣な瞳をじっと見つめ返した。俺の瞳の奥に、打算や悪意を探しているようだったが、やがてふっと肩の力を抜いた。
彼女は震える左手で瓶を受け取り、ゆっくりと喉を潤した。
「……ハルカ。正直あなたの言ってることの半分もわからない。『げーむ』とか『いべんと』とか。でも……この水は本物ね。泥水からこんな綺麗な水を作るなんて、魔法使いでも無理よ」
「魔法じゃなくてクラフトさ」
「ふふ、そうね……。本当に私たちを助けてくれるのなら、お願いします。この森を、私たちと一緒に抜けてほしい」
「ああ、任せとけ。まずは、安全の確保と素材集めだ。リファ、君が不調なのはわかるが、この周辺の石がありそうな場所を教えてくれるか? 次は斧とツルハシを作って、この焚き火をちゃんとした拠点(ベース)にするぞ」
俺は力強く宣言し、親指を立てて見せた。リファは、俺と妹のルイを交互に見つめた後、静かに、しかし確かな意志を持って頷いた。
「ええ。この先……少し歩いたところに、川の源流がある小さな岩場があるわ。そこなら、石が採れるはずよ」
俺の異世界サバイバルは、ワケアリ姉妹との共闘によって、本格的にスタートを切った。
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