Maid House Keeping Book

むらのとみのり

1章 魔法レッスン

第1話 僧侶と神霊術師


■第一章の登場人物


 この世界の魔法は科学的なバックボーンを持つ現象ですが、それを知るのは未だ一部の人間のみです。本章ではフューエルが教師となって、オーレとウクレに当地における魔法の有り様をレクチャーします。


 オーレ…………魔界育ちのホロア

 フューエル……クリュウの妻

 ウクレ…………奴隷従者

 デュース………雷炎の魔女

 テナ……………ベテラン女中

 アン……………メイド長

 エーメス………元白象騎士団の騎士




 ウクレとオーレが魔法を習いはじめて、しばらく経つ。

 今日はフューエルから座学を受けていた。


「まずは根本に返って説明しましょうか。そもそも魔力の根源は精霊力であり、すなわち精霊の力です。作用の媒体が精霊であるという点で、すべての魔法は同じですが、主体者によって大きく二つに分かれます。それがすなわち、神聖魔法と精霊魔法です」


 どこから持ち込んだのか、地下の魔法訓練部屋には大きな黒板があり、フューエルはカリカリとチョークで書き込んでゆく。


「このうち神聖魔法は、レーンのような僧侶が使う術で、女神が主体者となりその力をお与えになります。すなわち、直接魔法を使うのは女神なのです」


 そこでオーレが知っている女神の名前を挙げる。


「女神ってどの女神? ツバメ?」

「ツバメも女神ではありますが、この場合は受肉しておらず、天におわす女神がその力を与えてくれると考えています。何れにせよ、こちらの魔法は二人が今学んでいる術とは違います」

「フューエルも?」

「私は、どちらかと言うと、こちらの側に属します。すなわち神霊術と呼ばれるものです」

「知ってる、テナがベテランだって、デュース言ってた」

「そうですね、私もテナから教わりました。これも女神のお力をお借りするという点では同じであり、神聖魔法の一種とされています」

「ふーん、他にもある?」

「いえ、神聖魔法は大きく分けてこの二つですね」

「なんで?」

「なんで……と言われても、そういうものだとしか」

「ご主人、いつも言ってた。物事には原因と結果、ある、結果見て、そうなった理由考えれば、世の中よく分かる」

「またあの人は難しいことを……そうですね、では、まず神聖魔法はすべて女神が行う術と言いましたね」

「うん」

「そうでない術もあるのですが、ここでは神聖魔法だけに絞りましょう。その中で、実際に力をお与えくださる女神は大勢おり、その女神ごとに魔法を分類することもできます。網羅的ではありますが、これは重複もあり、かつ数も多く、あまり体系立てることができません」

「うん」

「ですが、その中で大きく分けられる観点があります。それは、主体者である女神の名がわかっているかどうか、ということです」

「なまえ?」

「そうです。例えば女神ネアルやウルという大女神は誰でも知っているでしょう。ツバメの元の名であるエクネアルは知られていませんでしたが、今は教会も知るところとなっています。こうした女神の力を主に僧侶と呼ばれるクラスの術士はお借りしています。ですが、私やテナにお力をお与えくださる女神の名はまだ知られていません」

「なんで?」

「誰もその名を聞いたことがないからです」

「なんで?」

「なぜでしょうね、そのことを女神様に直接お聞きするべく修行するのが、神霊術師というものなのです」

「じゃあ、知ってるかどうかで分けてる?」

「そうです」

「なんで? あ、じゃあ、そこが違いだ。僧侶と神霊術師」

「ええ、そのとおりです。僧侶は女神に声を届け、その力を授かるために修行しています。ですが神霊術師は、力を貸してくださる女神に声を届けたい、呼びかけたい、そのためにお名前を知りたいと願い、修行しています。つまり修行の動機と目的が違うのです」

「すごい、同じ術なのに原因が違う。ご主人の言ったとおりだった、よくわかった」

「そうですか、ウクレも大丈夫ですか?」


 急に話題を振られたウクレは、びっくりして飛び起きた。

 どうやら、うたた寝していたようだ。


「ご、ごめんなさい。昨夜ご主人様が、その……」

「あはは、ウクレ、ご奉仕のしすぎ」

「えっと、その……」


 顔を真赤にするウクレを見て、フューエルはため息を付きながら、


「では、休憩にしましょうか。実家からお菓子が届いていたはずですし」

「やった、おやつ!」


 ウクレの手を引いて部屋を飛び出したオーレの後ろ姿を目で追いながら、フューエルはあくびを噛み殺した。

 どうやら彼女もまた、寝不足だったらしい。


■僧侶と神霊術師


 僧侶と神霊術師の二者は女神の力を借りて術を行使するという点で同一ですが、その動機において異なります。特に神霊術師は、日本で言えば修験者のようなもので、山などに篭り、厳しい修行をして神の声を聞こうとしています。理屈より行動に出るタイプが多いようです。

 神と対話する場を作るために、結界を得意とする術士が多いのも特徴です。

 結界は対魔法防御としても重要なので、この世界の軍隊であるところの騎士団との関係が深い神霊術師も多く存在します。

 一方の僧侶は、魔法を使うという点をのぞけば、日本の僧侶に近い存在です。人の生や死に深く関わる職業で、人々の尊敬を集めています。

 僧侶は基本的に全て精霊教会に所属している、あるいはそこで修行して力をつけているので、教会という巨大なバックボーンを持つことも特徴と言えます。

 多国籍な組織である精霊教会の権力は絶大でその幹部は下手な貴族より大きな力を持ちます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る