第29話 行方の狼煙

満塁。

宝塚のベンチは完全に乗っていた。スタンドのざわつきが、背骨の奥まで震えるほど伝わってくる。

そして――


カーン!


打った瞬間、全員が声を失った。

三塁線へ、強烈な弾丸ゴロ。

三年生が引退してから初の

三塁手・藤波のグラブが一瞬だけ沈み、「取った!」と思ったその瞬間。

――弾いた。

音が変わった。金属の破裂みたいな、高く乾いた音。


白球が藤波の右横へ転がり、宝塚の三塁ランナーが一気にスタートを切る。

誰もが「終わった」と思ったその刹那──

ショート・鈴木が飛んだ。

地鳴りみたいなスパイク音を刻み、ライン際へ一歩で詰める。

弾いたボールへ、体を限界まで伸ばしながら右手で拾い上げ、そのまま空中で軸足を切り替える。


ジャンピングスロー。

砂を巻き上げながら、体をひねって投げた球は、

高く・鋭く・そして最後に失速して、ツーバウンドで一塁方向へ。


(間に合え──!)

一塁手のミットが弾かれそうになりながらも、必死に押さえ込む。

審判の腕が、鋭く横に伸びた。


「アウトォォ!」


一瞬の静寂。

次の瞬間、俺たちのベンチが爆発したみたいに声を上げた。

宝塚のランナーは三塁ベースの手前で膝に手をつき、呆然と空を見上げる。

試合終了。


3−3、練習試合は引き分け。

勝ちには届かなかったけれど、負けを止めたプレーとしては完璧だった。




整列。

グラウンドの土の匂いが濃い。砂埃がまだ浮いてる中、全員で相崎をし、礼をする。



そのあと輪になって反省会。

ベンチに体を寄せ合うように座ると、宇治が最初に手を挙げた。


「俺のエラーで空気を崩しました……すいません!」

声が震えていた。

誰より悔しがっていたのは、みんな知ってる。 


一拍置いて、俺が言った。

「宇治のおかげで一点取れたやろ。フォア取った時、めちゃくちゃ流れ変わったやん。胸張っとけよ」

藤波が肩をどんっと叩く。

「誰にだってエラーはあるんだよ。俺だってエラーして危なかっただろ?」


鈴木も静かに頷く。

「最後の回、みんなで止めた試合だろ。宇治も、その一部だよ」


宇治は少しだけ顔を上げた。

目の端に光るものを溜めながら、それでも小さく笑った。

チームの空気は、不思議と軽くなっていた。

悔しさも、反省も、次への力になる。

そんな雰囲気が、グラウンドに薄く残った冬の夕日みたいに広がっていく。

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