終末世界運送店
米原真日野
第1話 積荷と、峠と、補修業務と。
「ええとっ、これから山道に入りますっ、皆さんっ、揺れに注意してくださーい!」
「うーい」
「えいー」
『りょうかーい』
ベテラン二人のは後ろから、外の見張り担当のものはインカム越しのやる気のない返事を聞いてか聞かずか分からないが、新人運転手はハンドルをしっかり握り直した。
ガタゴトッ、ガタゴトッ、と石を踏んだタイヤが跳ね、大きな車体を揺らし始める。
これから一行が通るのは、地理的条件が悪いことを代償にいわゆる安全地帯となっている。
それにしたってこんな山道を社用ルートとして設定してるのは流石にどうかしてるのではないか、と新人運転手は思う。彼の手はハンドルをそれは固く握りしめていて、指の節々が白く見えるほどであった。
「しんじーん、そーんな肩肘張ってっと疲れっぞー」
「あ、は、はい!」
「山登って橋ィ渡ったらすぐだかんな、気張るな気張るな」
「だ、大丈夫です!」
『大丈夫じゃねーぜありゃ』『見守ってあげようや』という後部座席の会話も耳に入らず、運転に集中している新人運転手。
「坂ァ下るのも練習だと思ってやってみ。ヤバかったら俺止めに入るけん」
「は、はい!」
『シフトダウン、よし』『排気ブレーキ、よし』といちいち口に出して確認するほどに緊張している彼がようやく坂を下って排気ブレーキをオフにした時、彼は目の前にある光景に言葉を失った。そして、状況の説明を試みる。
「せ、せんぱい、は、はし、はし、橋が」
「あ? なんて?」
「は、はし、あの、ない、千切れてる、」
『んもー。新人くん焦りすぎ。警備担当より報告、前方の橋梁の崩落を確認』
慌てすぎて意思の伝達がまるでできていない運転手に呆れ返った見張り担当が、後部座席の二人に伝える。
「あー、了解。直すわ。新入り、もうちょい寄せてくれ」
「は……はい」
新人運転手は、助手席にのっそり移ってきた先輩運転手の言う通り、崖に向かってゆっくりとペダルを踏む。
『その辺でいい』と言われた場所は崖からおおよそビークル一台分。そこからメカニック——《工匠》は降りて歩き始める。その腰回りにはジャラジャラと工具が引っ提げられていた。
『部署変したいなら見に行ったほうがいいよー、部署変しないにしても今後なんかの参考になるかもしれないしさ』
その言葉に、新人は慌ててビークルを飛び出していった。
「損傷無し、主桁部分は……三個、落ちてんな」
大きな鉄板を連ねて作られていた橋は、なかなかにショッキングな壊れ方をしているようだった。
《工匠》は動揺することもなく、慣れた手つきで親柱のキーを開け、中の回路の確認をする。
「回路は……おー……? ちょっと基盤外れてるとこあんなぁ……?」
もはや新人にはよく分からない領域に突入してきた手捌きで、おそらく回路が治されていっている、のだろう。
「でバッテリーは……問題無しか。じゃあ再起動するかぁ」
《工匠》が何やらレバーを上げた。すると、時間が巻き戻るように鉄板が水平に戻っていき、落ちていた鉄板も浮き上がってきてそのままびっしりと整列した。
「……すごい……」
「すごいよなぁ、便利なもんだよ」
新人運転手はモゴモゴとしばらく口の中で言葉を転がして、自信なさげに言った。
「いや、あの、えと……工匠さん、が、すごいなって、思いました」
「お、なんだぁお前? 可愛いやっちゃなー! ガハハハハ!」
そうやってくしゃくしゃと撫でられる新人運転手の頭には、ぴんと三角に立った耳。
『さ、業務再開だ』とばんと叩かれた背中、その尻にはくるんと巻き上がった尾。
笑い皺のある《工匠》の頭には渦巻きながら空を目指す角が生えている。
そんな二人はビークルに向かって、歩みを進めていく。
ここは、数千年後の地球。
獣人族と、魔法族とが細々と生きる世界。
これから語られるのは、魔法と、運送業の、ごくささやかな日々の記録である。
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