人類紀の終わりに
八夢詩斗
1
まったくもって最悪なことに、人類同士の戦争は激化していた。
我々人類が生み出したはずのアンドロイドたちは平和に暮らしているってのに。
「こうなったのもすべて反技術主義の連中のせいだ! くそったれのゴミムシどもめ!」
上官のルドルフはテーブルに拳をたたきつける。くそったれはどっちだ。全員がうんざりしてるってのに、こいつはなぜ気づかないのか。人間ってのはこんなだから機械に負けちまったんだろうよ。
「上官殿。お言葉ですが、過去のことより現状を憂うべきです。明日以降の作戦はいかがいたしますか」
俺は黙りこくる周りの連中に、心の中で思い切り舌打ちをしながら(チッ!!!! てな感じで)発言した。上官殿からはどのみち嫌われているし、根性なしの同僚諸君を代表しての進言だ。ぜひ感謝してもらいたい。
「我々は部隊の半数近くを失っておるのだぞ? 貴様の方こそもう少し過去に目を向けるべきだろうが! なぜ貴様のような信仰も無い異端の野蛮人が生き残るのか……それが現状で最も憂うべきことだと思わんかね!」
野蛮人ね。俺は無表情のままルドルフを睨む。全員もれなく野蛮だろうに、人間ってのはいつでも格差が必要ってわけだ。俺みたいな髪もひげも伸びっぱなしの少数民族出身者はうってつけだろうよ。黒髪黒目もここらじゃ珍しい。
閣下の声に呼応した周りの連中は「まったくもっておっしゃる通りであります!」などと急に元気な声を出していた。こんな無駄な作戦会議よりは戦場のほうがいくらかマシだ。見え見えのおべっか使いやがって。全員さっさとくたばればいい。
全員(俺以外)が同調するのに気をよくしたのか、ルドルフ上官は人間味たっぷりの気味悪い笑顔で俺に指を向ける。
「シュタイン。貴様の部隊は単独で最前線だ。これは極めて重要な陽動作戦になる。本部隊が敵拠点へ乗り込むまで、死ぬ気で戦え。わかったな?」
「上官殿。それはいささか無謀でしょう? 我々の部隊だけでは大した時間を稼げません。それに半数を失った現在、敵拠点へ乗り込むのも時期尚早。援軍を待つべきかと」
ルドルフの野郎はまた拳を叩きつける。気の毒なテーブルに俺はしみじみと共感した。
「我々には
信仰なんてねえくせに。単にアンドロイドにいい顔をして、武器を恵んでもらいたいだけだ。要は、敵対勢力を簡単にぶち殺したい。その本音を信仰って言葉で覆い隠してるに過ぎない。その下心がバレてるから神様は何もしてくださらないんだろう。
「イエッサー。全力を尽くします」
俺はやる気のない返事をしたが、さすがの上官も手は出さず、舌打ちするだけだった。
舌打ちしたいのはこっちだっつーの。
こうして無能な上司がわめくだけのクソみたいな作戦会議は進み、やがて終わった。どうかしている。なぜここまで人類は退化してしまったのか。
それはどう考えてもアンドロイドたちによる、人類の情報統制とあらゆる技術のはく奪によるものだ。よくもまあそんな奴らを信仰できるなと心底呆れる以外ない。
50年前の
人間をもう進化させないという機械連中の強い意志には脱帽だ。
というわけで明日俺たちは大マジに弓矢と石槍を持って突撃する。なんだか笑えるね。俺はため息を吐いた。吐息は白く宙に消える。
「さみいな、くそ」
そうこぼしながら、かじかみ始めた指で人類に残された唯一の希望――タバコに火を灯す。外のキャンプファイヤーから火をもらってだ。本当は酒も欲しいが戦場にはない。希望はこの1本に託されたわけだ。
「シュタイン隊長。作戦はどうなりましたか?」
「よお……ヨハン。お前も吸うか?」
茶髪に青い目の男。我らが部隊の副隊長を務める美青年ヨハンは、真面目くさった顔で首を横に振った。どいつもこいつもどうかしちまってる。
「タバコは肺機能を損ない、戦闘でのパフォーマンスを落とす可能性がある……そう最近の研究でわかったそうですよ」
今でも研究を続ける逞しい人類がいるらしい。文明も知識も殆ど全てリセットされたってのにご苦労なことだ。タバコなんかに関わらないで、もっと有意義な研究をしてもらいたいもんだがね。
「作戦だが……俺たちは明日、死にに行く」
煙を思い切り吐き出す。気分がいい。肺機能が損なわれようが明日死ぬんだから関係ないしな。
「つまり――最前線、ですか」
察しがよくて助かるよ。俺は黙って首を縦に振った。ヨハンは表情一つ変えない。そのつるつるの顔面に筋肉があるのか疑問だ。
「悪いな……俺のせいだ。上官殿に嫌われちまってるんでね。お前も嫌ってくれていいぜ」
キャンプファイヤーの火を眺めているともう死んでるんじゃないかとさえ思う。あの揺れる炎から何か手招きしているような。
「シュタイン隊長は、ほぼ唯一のまともな人間の生き残りですよ。大抵のまともな人間はもう死にましたから」
それは先日の作戦失敗のことを指しているのか、それとも機械戦争のことを指しているのかわからない。
「……お前もな。まともな奴は早く死ぬ。俺たちは明日死ぬ。だから――まともだ」
俺たちはしばらく黙ったまま煌々と熱を発する炎を見つめた。なんだか知らないがリラックスしてくる。その理由を暇な誰かに研究してほしいもんだ。
「シュタイン隊長……隊長はなぜ技術至上主義陣営に?」
「何をいまさら……そんなもん、生まれがこっち側だったから。それだけだ。お前だってそうだろうが?」
だが、真面目でまともなヨハンはしばらくの間沈黙し、じっと動かず火を見つめているだけだった。
「私は……まともではありません」
「けっ。何を言い出すかと思えば。お前がまともじゃなかったら、まともな人間なんて残っちゃいねえさ」
「私が敵陣営のスパイでも……ですか?」
風が吹き、凍るような心地がした。
聞き間違えじゃねえよな?
なんでそんなことを今、打ち明ける?
そんな疑問が口から堰を切って流れ出しそうだったが、さては冗談だなという気がしてやめた。死ぬ前になけなしのユーモアを披露しようって魂胆だろう。どうにも下手くそだが。
「笑えない冗談はよせ。第一そんなもん無理だ。管理タグで陣営はバレてんだからな」
俺たち人類はAI管理者様によって個別認識チップだかなんだかを埋め込まれており、どちらの陣営かはタグ付けされている。これは生まれたときの親の思想によって決まる、狂ったタグだ。
そんな区分けをしておいて、武器を取り上げ、介入するでもなく放置している神様はいったい何を望んでおられるのか。俺にはその御心がまったくもってわからない。
「訂正します。私は半技術主義のスパイではなく……アンドロイドの潜入調査員です」
俺はつい吹き出した。ここまでくると、こいつのユーモアセンスには尊敬を覚える。そんな発想をしたやつは今までにいなかった。上官殿に聞かれたら降格では済まされないだろう。
「……っくく。じゃあなにか? お前はアンドロイドで、俺たち人類を近くで観察する特別な役割を持った存在だとでも?」
「正確には
俺はヨハンの顔をまじまじと睨むが、どうにも読めなかった。ここまでくると笑いよりも呆れが勝ってしまう。
「お前なぁ。そろそろいい加減にしろ。明日死ぬっつうんでイカれちまったのか? まともな人間はいなかったってわけだ」
俺は煙草を踏み消すと、大きくあくびをした。イカれた人間を見ると自分は落ち着いていくってのはどういう理屈だろうな。
「もしシュタイン隊長が望むなら、私と一緒に亡命しましょう。貴方は死ぬには惜しい人材です」
「反技術主義側に? それとも
「……わかりました。また明日」
そうしてヨハンは自前のテントに戻っていく。俺はその背中を食い入るように見つめ、やれやれと首を振った。嘘を見抜く自信はあったんだが、奴の考えはわからねえ。
だが突然、奴は振り返った。仄かに揺れる炎に照らされたその顔は、人間離れして美しく、どこまでも冷たかった。
「隊長、気が変わったらいつでも言ってください」
そう言ったヨハンの青い瞳は光を放っていた。それは一瞬だったが、確かに人工的ともいえる不自然な光だった。
俺はただ黙って睨み、そうして奴はまた振り返って歩いていく。
もし仮に奴が本当に何かしらだったとしても……俺は自分の命欲しさに亡命なんてしねえ。
「ったく。まともな人間は俺だけで十分だ」
薪を足さず、火が燃え尽きるのを見守った。俺もさっさと寝よう。
死ぬにはいい日になることを願うよ。
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