『やっちまった!! 大人になっても凡ミスは止まらない』

青葉 柊

第1話『シャッターが降りる音がした ― ATMに閉じ込められかけた男 ―』

主人公・柏木悠人(かしわぎ・ゆうと)35歳。

雨と残業でクタクタの帰り道、ふと気づいた。


「やばい、財布の中、小銭しかない……」


その瞬間、スマホの時計が目に入った。

20:59:05


(やばい、閉まる!!)


柏木はコンビニ袋を抱え、走り出した。

その先に見えるのは、青い看板が光る小さな空間。


浜松いわた信用金庫

キャッシュコーナー


1.狭い。とにかく狭い。


中をのぞくと、

ATMが1台だけ、キュッと押し込まれるように置かれ、

天井には 監視カメラが7つほど並んでいる。


(こんな狭いのに、なんでカメラだけフル装備なんだよ……)


壁の注意書きは「防犯カメラ作動中」のオンパレード。


自動シャッターは、

外側から見ると薄い鉄板一枚。

閉まったら 完全に密室 である。


2.滑り込み。そして悲劇へ。


シャッターが、すでに下方向に少し動いていた。


ガラガラ……


「うぉっっ!!」


柏木は、上着のすそを片手で押さえながら滑り込んだ。

ギリギリで体が通ったその瞬間、背後でシャッターが“カシャン”とロック音。


(セーフッ!!)


しかし安心してる暇はない。

ATMの前に立つと、

天井のカメラが、一斉に彼を見下ろしていた。


(……なんか恥ずかしい。)


3.緊迫の操作。機械は無慈悲。


柏木は急いでカードを入れる。


ピッ……

暗証番号を押してください。


(頼むから一発で通ってくれ…!)


だが焦りすぎて、

3→8→8→3

という謎のリズムで押してしまう。


『番号が違います』


「違いますよね!!分かってますよ!!」


天井のカメラたちが、

“まぁ落ち着けよ”と言わんばかりに彼を見ている。


2度目でついに成功。

画面が明るくなり、札束が光るように見えた。


(よしっ……!!)


柏木はお金をつかんだ。


その瞬間だった。


4.“ガララララララァァァッ!!”


背後でシャッターが全力で降り始めた。


ガラガラガラガラガラ!!!


(えっ……ちょ……速くない!?)


ATMと壁の間で身を翻し、

柏木は狭い空間で謎のダンスのようにバタついた。


「ま、まって!!人いますから!!」


天井の監視カメラは、

彼の必死のパントマイムをしっかり録画している。


シャッターの隙間はすでに

10センチ。


そこに、外側の廊下の光と——

警備員の靴とズボンだけが映った。


柏木:(よかった、誰かいた……!!)


5.警備員との“サイレント会話”


シャッター越しに、警備員が驚いたような動き。

声は聞こえないが、口がこう動いていた。


「まだ中にいるの!?」


柏木は全力で手を振ってアピールする。

しかし狭いので、手が 壁にぶつかる。痛い。


シャッター:

ガラガラガラ……


柏木:「ちょっと待ってください!!閉まります!!」


警備員は慌てて操作盤へ向かう。

シャッターが止まり、

ゆっくり、逆回転を始めた。


ガラ……ガラ……ガラ……


やがて外界の光が戻ってきた。


6.救われる瞬間はだいたい恥ずかしい


シャッターが完全に上がると、

柏木はなぜか無意識に深くお辞儀をした。


「すみません……本当に……」


警備員は苦笑いしながら言った。


「ギリギリすぎますよ。

閉めても誰も残ってないと思ったんで……」


柏木

「いや……自分でも……そう思います……」


(※半泣き)


7.帰り道の独白


マンションへの帰り道、

柏木はしみじみ思った。


(もし閉じ込められてたら……

新聞に載ったのかな……

“男性、ATM内で一夜” って……)


コンビニ袋の中で、

ほかほかの唐揚げ棒が揺れていた。


そんな情けない夜が、

なぜか少しだけあたたかく感じられた。

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