ダンジョンの底であなたを創る

佐倉美羽

物語のはじまり

第1話 ダンジョンの底で君を待つ

「俺が彼女を殺そうと思ったのは、彼女が俺を愛していたからだ」


 じゃあ、俺とマキナの出会いについて話そうかな。


 狂って、壊して、殺し尽くして。そして、何もわからなくなって、お前は仲間を殺すかもしれない。暴力的で破滅的。俺、武神ヤマトの魂を鋳型にして出来たスキルは、まぁ大体そんな感じ。


 ちょっとひどくない?さすがの俺も傷つくって。

 俺が子どもの頃くらいに、世界中でゲートって言う不思議な扉が現れてさ。その中に広がるダンジョンを冒険して、いろんなアイテムを取ってくる人のことを冒険者って言うんだけど、俺もそれになりたかったんだよね。


 ……なんでって?

 そりゃ……、まぁ、貧乏だったし。俺、その時は23歳だったんだけど、ずっとフリーターでさ。すぐトラブル起こして転々としてたんだよな。だから、ダンジョンなら俺にも居場所があるかなぁって。いや、違うな。正直もう、そこしか思い浮かばなかったんだ。それくらい、俺は追い詰められてた。経済的にも、精神的にも。


 で、ゲート管理協会新宿支部にやぶれかぶれで行ってみて、「適正アリ!」って言われた時は超嬉しかった。やっと俺にもツキが来た。人生が開ける、ここから始まるんだって思ったんだ。でも、言われたのがこれ。


 スキル【ベルセルク】


 めちゃくちゃ強くなる。代わりに、正気を失う。このスキルを持った冒険者は、全員死んだんだって。スキルの切れ目にぽっくり死んじまう。アドレナリンショックって言うらしい。


 それか――


「仲間を殺して、逆に殺される」


 診断書に書いてたよ。『狂化』『解除不可』『死亡例多数』。なんか俺の未来を言い渡されたみたいで、文字を追う指先が震えたね。白髪頭の先生が説明してくれたんだけど、はっきりと顔に“やめとけ、死ぬぞ”って書いてた。


 もう、ガックシだったよ。ただ、上昇幅は他の身体強化系の中でもヤバいくらい高いらしいから、そこは良かった。

 ……うん。もちろん俺は逃げなかった。ここで、逃げたら、本当に俺は何にもなくなると思ったんだ。だからこそ、君と出会えた。


 ま、それは置いといて。実は“スキル”ってただの力じゃないんだ。これも白髪頭の先生に言われたんだけど。


「武神さん。スキルはソウル、すなわち魂の力です」


「ソウル?魂?……なんすかそれ」


「非科学的な言い方をすれば、武神さんの人間性がそのまま異能の力になる、と言うことですね」


「は、はぁ」


「武神さん、落ち着いて聞いてくださいね。あなたは――」


 俺のスキルは【ベルセルク】。協調性の欠片もない。狂って、暴れて、死ぬだけのスキル。つまり、俺は“そういう人間”だってみられるわけ。だから、誰も俺のことを見てくれなかったんだ。まぁ、今までの人生もそうだったんだけど。どこにも、居場所が無かった。


 これ、俺が初めてパーティ組んで欲しいって先輩冒険者にお願いした時の話ね。


「ベルセルク……って、狂化!?い、いやいや……。悪いけど他当たってくれ」

「うっわ……。お前、仲間殺しするかもじゃん……冗談きついわ……」


 こんなのは序の口。


「絶対襲わない、とかじゃなくてさ。君の人生そのものが信用ならないのよ。そのスキル、絶対まともな人間じゃないだろ」

「まぁ……せいぜいソロで頑張りなよ。未帰還者リストで名前見るの楽しみにしてるから」


 ありえなくね?“人間”を見る目じゃねぇよ。流石にこれは堪えたわ。腫物扱いっていうのかな。視線が刃物みたいに肌を裂いていくんだよな。

 ……そんな顔するなよ。でも、俺も黙ってなかったんだぜ。むかっ腹がたって手が出そう立ったけど、何とか飲み込んでこう言ったんだ。


「……そっすか。でも、俺の名前見るのは踏破者リストの方っすよ。先輩」


 すげぇ大人じゃね?俺もなかなかやるだろ。

 ……よく言った?かっこいい?ありがとう。言った甲斐あったわ。


 まぁ、言ってやったらしんっと静まり返ったんだけどよ。そのあと吹き出すような大爆笑。控室中で笑いが起こった。俺は頭に血が上りすぎて言葉も出なかったよ。皆、俺のスキルを見て、軽蔑の眼差しを隠さずに嗤った。


 クソ!またこれだ!なんでいつも俺はこんなっ……!

 俺、ここでも“居場所”ねぇのかよっ!


 だからこそ、俺は思ったんだ。

 こんな奴ら俺から願い下げだ。笑うなら笑えよ。今に見てろ。狂ってでも、生きてやる。


 “俺がこの新宿ゲートの、初めての踏破者になってやる”ってさ。


 でもさ。ただ一人、笑わなかった人が居たんだ。誰だと思う?俺が控室を出て行こうと扉に手を掛けたとき。嘲笑の渦の中で、音が消えたんだ。まるで誰かが、世界の音量を下げたみたいに。


「私と組みませんか?武神たけがみヤマトさん」


 口ではそう言ってるけど、もう“決定事項”のような言い方。冷たい闇に差し込む、夜風のように涼やかな声だったよ。宿名マキナ。君が、俺に声を掛けてくれた。


 振り返ると、黒のワンピースに身を包んだ人形のような少女がいたんだ。光を飲み込むような真っ黒な瞳で俺を見ていた。無機質で、作り物のように均整の取れた顔が微笑みを浮かべていたんだよ。俺は、その夜みたいな艶に、目が離せなかった。


「まさか、断らないですよね?」


「……行きます」


 答えるより早く、心が動いていた。これが俺、武神ヤマトと君、宿名すくなマキナとの馴れ初め。俺たちは扉を開けて、ゲートへと歩み出した。背中に笑い声が突き刺さっても気にしなかった。

 これが俺の、俺たちの冒険のはじまり。そして、呪いの始まりだった。


 どう?興味出た?こんなのは徐の口だぜ?だって、君。とんでもない隠し事をしてたんだから。ん?呪いって何って?まぁ、それはおいおい話していくとして――。

 まずは、初めの試練。新宿ゲート第一層『惑いのラビリントス』の話。うーん。どっちにしようか……。じゃあ、俺が初めてスライム相手にスキルを使って、死にかけて、マキナに助けられた話から行こうかな。


 ◇◇◇


 ゲートダンジョン。ゲームのように“レベル”が上がり、人外の力を得られる場所。絶大な富と名声、そして、おぞましい死が渦巻く地獄の入り口。

 ……その踏破者は、一人の例外もなく、しているという。


 俺は思う。

 傷ついた心に寄り添い、いつもそばにいてくれて。

 ――痛みを、無くしてくれる。


 狂気はいつだって、救いの顔をして近づいてくる。

 気づいた頃には、そこだけが安らぎになっている。

 そう、これは呪いの話。血のように紅く、決して切れない絆の話。そして、きっと誰にも理解できない、純粋で美しい、“愛”の物語。


 ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~


 つづく


 ~おまけ~

 ――――――――――――――――


 〈スキル詳細〉

 メインスキル:ベルセルク(Lv.1)

 状態【狂化】を得る。

 ・力、速さを30%(Lv.1)向上させる。時間経過とともに10%ずつ継続的に向上。防御力が減少する。

 ・精神汚染無効。特殊な混乱状態になり痛覚鈍化、段階的に攻撃性が増す。解除不可。

 ・スキルレベルに応じて物理武器に+補正。素手での攻撃威力上昇。


 ――――――――――――――――


【あとがき】

『ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~』


第一話を最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。

この物語は、武神ヤマトと宿名マキナの冒険を描くストーリーですが、同時に「不穏さ」という感情に重きを置いています。


順調に進んでいるはずなのに、どこかで道を誤っている気がする。

気づけば、もう引き返せないところまで来てしまっている気がする。


そんな“胸騒ぎ”を、ほんの少しでも感じていただけたなら幸いです。

それでは――どうか、良き旅を。


佐倉美羽

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