【19話】新たな契約
「ごちそうさま!」
土鍋いっぱいに作ったおかゆを、清澄さんは全て平らげてしまった。
ものすごく空腹だったのか、それともよっぽと料理を気に入ってくれたのか。
真相は分からない。
でもこんな風に、気持ちよく食べてもらえるのは嬉しい。
理由がなんであれ、俺としては作り甲斐があったというものだ。
「お粗末様でした。それじゃあ俺は洗い物を――」
「今日で終わりね」
立ち上がろうとした俺を、清澄さんの声が引き止めた。
終わり――そう、終わる。
俺と清澄さんの歪な恋人関係は、今日もって終了するのだ。
「今の気分はどう?」
「どうって、それは……」
続く言葉が出てこなくて、答えられない。
これで清澄さんから解放された。
クラスメイトに、そしてなにより恋心を抱いている双葉さんに秘密を暴露される心配は、これでもうなくなる。
たぶんここは喜ぶ場面だ。
きっとそれが普通。それが正しい。
三週間前の俺なら、まず間違いなく喜んでいただろう。
それこそ、裸踊りだってしていたかもしれない。
でも、どうしてだろう。
今はほんの少しも嬉しくない。まったく心が舞い上がらないでいる。
……なんでだろ。
しかしながら、理由が見当たらない。
自分の気持ちなのに、これっぽっちも分からなかった。
だから、答えようがない。
なにか言うべきなのに、適切な言葉がどうしても見つからないでいた。
そんな俺の代わりと言わんばかりに、
「私は…………ちょっと寂しいわ」
清澄さんが口を開いた。
「私ね、将来は親の決めた相手と結婚しなくちゃいけないの。まだ会ったことはないのだけど、相手は既に決まっているわ」
「そんなことまでもう決められてるのか……。金持ちも色々と大変なんだな」
「まあね。けど、別にそれはいいのよ。私は清澄の家に生まれた人間だもの。小さい頃からそうなることは分かっていたし、覚悟もできているつもりだわ。……でも、思ったのよね。その人しか男の人を知らないなんて、私の人生、それでいいのかなって」
「……俺と付き合いたいって言ってきたのは、それが理由か?」
頷いた清澄さんは、小さく微笑む。
「あなたっておとなしそうな見た目のわりには結構生意気だし、女の子の助け方もかっこ悪いしで、彼氏としては下の下――最低ランクだったわ」
「……悪かったな」
「でもね……楽しかったわ。あなたと過ごす時間は、私のこれまでで間違いなく一番だった。だからね……」
清澄さんは、まっすぐに俺を見つめてきた。
真剣なその表情は、昨日の帰り道に見せたものとそっくりだった。
「私とあなたの関係。その期限を、延長してもいい?」
「…………。延長って、いつまでだよ?」
「うーん、どうしようかしらね。オークくんが決めていいわよ」
「脅されてる方が決めるってのは、なんかおかしいだろ」
「それもそうね。それじゃあ……うん、こうしましょう。新しい期限は、私が満足するまでよ」
「なんだよそれ。実質無期限みたいなもんじゃねえか」
下手したら卒業まで――いや、それ以降もずっとこの関係は終わらないのかもしれない。
それはその間、彼女に支配される毎日が続くということを意味していた。
かなり横暴だと思う。
しかしそれを理解しているにもかかわらず、俺の心は踊っていた。
認めるのは恥ずかしいけれど、俺は清澄さんと過ごす日々を楽しんでいる。
これからもそんな毎日が続く。それがたまらなく嬉しかった。
「ちなみに断ったらどうなるんだ?」
「前と一緒よ。あなたが鬼畜モノのエロゲをやっていることを、みんなにバラすわ」
「……それなら要求を呑むしかないな。分かったよ」
誰にも知られたくない恥ずかしい秘密を守るために、清澄さんと関係を結ぶ。
やっていることは、前回とまったく同じだ。
けれど抱いている感情は、まったくの別物だった。
温かい気持ちが全身に広がっていく。
安心感とか喜びとか、たぶんこれはそういう名前のやつだ。
「ありがとうね、オークくん」
明るい声色でお礼を言った清澄さんは、なんとも嬉しそうに笑った。
心から喜んでいることが、痛いくらいに伝わってくる。
だから、俺も笑う。
同じことを思っていると、彼女にそう伝えたい。
きっと今の俺は、清澄さんとそっくりな顔をしているんだろうな。
「それじゃあ延長の記念に、今からエロゲをやりましょうか!」
「風邪はもういいのかよ?」
「そんなのもう、すっかり治ったわよ!」
「ったく、調子のいいやつめ」
嬉しそうに自分の部屋へすっ飛んでいく清澄さんの後を追うようにして、俺も立ち上がる。
この関係がいつまで続くのかは分からない。
でもできれば、そのいつかは遠い未来であってほしい。
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