【7話】二人でエロゲをやる


 エロゲって……こいつ、マジで言ってんのか?

 俺は自分の耳を疑う。


「あー……もう一度言ってくれ」


 これまでの行動から清澄さんがヤバい女だということは十分に理解しているのだが、さすがにそれはないんじゃないだろうか。

 聞き間違いという可能性に賭けて、もう一度聞いてみる。

 

 しかし、

 

「エロゲをやるのよ。今からここで、あなたと二人で」


 賭けは敗北。

 聞き間違いでもなんでもなかった。

 

「……それも、俺たちが恋人だからか?」

「そうよ」

「いやいや! 普通の恋人は一緒にエロゲなんてしないだろ!」


 というか別にそれは、恋人に限った話ではない気がする。

 

 エロゲというのは基本的に、一人で楽しむためのものだ。

 誰かと一緒にプレイするものではない。

 

「なによ。私のやることに文句があるの?」

「文句っていうよりかは、一般的な意見だ」

「私はこれでも、あなたにお詫びしようと思っているのよ。誠意はきちんと受け取って欲しいわね」

「詫びだって?」


 もしかして、食事中にウンコを見せてきたことを反省しているのか……?

 と思ったのだが、


「えぇ。あなた、お昼ご飯をちゃんと食べていなかったでしょ? 私みたいな超絶美人が隣にいたものだから、緊張して食事が喉を通らなかったのよね。配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」


 それは俺の勘違い。

 まったくの大外れだった。


 俺が昼飯をまともに食べられなかったのは、そんな理由ではない。

 周囲に注目されまくっていたのと、オークの鳴き声みたいな声で笑うどこかの誰かさんが見せてきたウンコのせいだ。

 

「これはそのお詫びよ。あなたがやりたいエロゲを、一緒にプレイしてあげるわ。ありがたく思うことね」


 俺に詫びたいっていうなら、早く家に帰してくれ。

 お前に振り回されているせいで、俺はもうクタクタなんだ。

 

 それが本音だ。

 しかしこの女が、素直に頷いてくれるとは思えない。

 

『どうして私の言うことを聞いてくれないの!?』とか言われて、泣かれても面倒だし……。

 仕方ない……従うしかないか。


「『君を守るためなら悪魔にだってなろう』」

「……え、急に中二病に目覚めてどうしたのよ? この近くにいい病院があるから、紹介してあげましょうか?」

「ちげえよ! 今のはゲームのタイトルだ!」


 俺が口にしたタイトルは感動する系のゲーム――泣きゲー、というジャンルに分類されているエロゲだ。

 ネットでの評価はかなり高く、『こんなに泣けるとは思わなかった』とか『500リットルくらい涙が出た』とか好評の口コミが多い。

 

 そういったジャンルが大好物な俺は、いつかプレイしようと思っていた。

 

 ちょうどいいや。

 こうなったらこの機会を、最大限利用させてもらうぜ!

 

「まったくまぎらわしいわね。……購入するから、少し待ってなさい」

 

 清澄さんは、テーブルの上に置かれているノートパソコンを起動。

 俺が口にしたエロゲのダウンロード版を購入する。

 

「これで準備ができたわ。さっそく始めるわよ」


 テーブルの手前に置かれたソファーに、俺と清澄さんは横並びで座る。

 マウスを握った清澄さんは、タイトル画面の『ゲームスタート』をクリックした。

 

******

 

「おぉ……!」


 ゲームを初めて一時間。

 かなり細かい部分まで練られている世界観と設定に、俺は感嘆の声を上げていた。

 

 これはとんでもない名作だぞ!

 俺の直感が、そう告げている。

 

 しかし一方で、清澄さんはあからさまに退屈そうだ。

 頬杖をついて、唇を尖らせていた。

 

「このゲーム、ちょっと平和すぎやしないかしら? オークはいつ出てくるの? ヒロインはいつ茶色まみれになるのよ?」

「オークもウンコも出てこないけど」

「は? なによそれ! そんなのエロゲと呼べないわ!!」

「……全てのエロゲ制作会社と全国のエロゲーマーの皆さんに、今すぐ土下座しろ」


 いくらなんでも失礼すぎる。

 というか、オークとウンコが出てくるエロゲの方が珍しいだろうに……。そういうジャンルしかやらないのか?

 

 でも、チョイスをミスったかもな。

 

 どうせだったら、清澄さんにも楽しんでほしかった。


 今は同じ空間にいて、同じゲームをやっている。

 退屈そうにされるよりも、喜んでいる顔の方が見たい。

 

 俺を脅迫してくるような女というのは分かっているのだが、その方が俺は嬉しかった。

 つまらさそうにされるよりも、ずっといい。


 しかし、状況は変わる。

 ゲームを初めてから、五時間ほどが過ぎた頃。

 

「ふうっ、ぶぐうぅ……! なんて泣けるストーリーなのよ!!」


 瞳を真っ赤に腫らした清澄さんは、ボロボロと涙を流していた。

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