SS002:カゲツの米

 王都の冥獣ゲルミュズルを討伐し、ギド達特別クラスが騎士号を得てジグザを迎えた後のことである。


 ギドの十万メントを除けば一律で一万メントの冥獣討伐褒賞金、加えて騎士認定による初俸給五千メント――カゲツは合わせて一万五千メントを得た。エメンハエム首魁ゲルガルの死体は発見されなかったが、とどめを刺したのはカゲツなので懸賞金の半額である二万五千メントも後日口座に入る。そちらは全員協力していたのでみんなで使えるものに使おうと決めている。

 故郷アマツヒツキの家族は元は騎士号を持つ末端貴族だったが、数代前がやらかして騎士号を剥奪され苗字もなくなった。その為現在はアマツヒツキで茶店を開いている。お世辞にも裕福とは言い難いので、カゲツは二千メント仕送りした。



 これで残り一万三千メント……クタリニン十人とメダとジグザの特別クラスは給付型の奨学金を得ているので少しの生活費はある。カゲツは幾らか貯金に回すことにして、残りの使い道を考えた。


 ――否。それは考えるまでもなかったのである。



 米が食べたい。何を措いても米を買わねばならぬ。王都とアマツヒツキは地理的に近いにも関わらず、ムルツェ(市場)に米が売っていない。メココの実は牡丹餅の餡をつけない味に近いが、しかしアマツヒツキには自然に存在するうるち米を幼少期食べていたカゲツは米を思うさま食べたいと常日頃から念じていた。


 王都の方が隠都アマツヒツキよりも物価が高いにせよ、米の価格は隠都で一俵四百メント。物価が二倍と考えるのは盛り過ぎだが、それでも八百メントで買える計算になる。どうせだからみんなにも食べさせたい。何せアザシン寮十二人中十人は米で育ったのだから。


 しかし売っていない。


 思いあぐねたカゲツは同朋を頼ることにした。きっと米を食べているに違いない、ということは当然ギド達ではなく、カゲツはペリオの乱で世話になった忍者屋敷にお礼参りに入った。


 休日のようだったが、忍者団の団長キッカは屋敷にいた。二階が和風の居住スペースになっており、カゲツはそこの六畳一間に通された。漢字で《嶺上開花》と書かれた掛け軸がある中に藤色の髪の毛をポニーテールにして露出の多いくノ一衣装に身を包んだキッカがお茶と煎餅を前に座っている。麻雀の役を掛け軸にする忍者がいて堪るかとカゲツは思うが、それは言わない。


「いやー、出世したみたいね、カゲツ・ウィ・ルワカル。星の鍵霊の名前から頂いた騎士号なんて滅多なことでは貰えないわよ」


 キッカは腰布に足袋だけの下半身で躊躇いなく胡坐をかいている。恥じらいがないのか単に男がどういう生き物なのか知らないのか判断に困る所だ。


「いえ……皆さんの協力があってこそです。キッカさんも刀を貸して頂きありがとうございます」

 カゲツは持ってきた刀を差しだした。返す機会を逸していたのだ。


「いやそれ貸したんじゃなくてあげたのよ。私らじゃ使いこなせないし」

 忍者とは難しい。大ぶりの刀は使えぬと言う。小太刀は使える癖に。あと忍者刀とか平然と使う癖に。


「では……」

「ええ。今後も物騒なことあるんでしょ? だったら貰っときなさいよ」

「ありがとうございます」

 どの道カゲツはルーラシア式の剣にはなじみがないので貰っておくに越したことはない。


「ま、どうせだからなんか忍者が入用になったらここにきなさい。格安で請け負うから」

 薄々そんな気はしていたが、アマツヒツキ忍者団が忍者ショーをしているのは仕事集めとこづかい稼ぎであって、本業はきちんと忍者らしい。いやショーをしている時点で忍者としてきちんとはしていないが。


「ええ、その時は是非に……ところで、お礼とは別にお聞きしたいことがあるのですが……」

「何よ改まって。なんか困りごと?」

「はい……実は」

 カゲツは正座をよりいっそうきちんと正した。生前道場に通っていた頃のように。


「お米を食べたいんです。どこで売っているかご存じならばご教授願いたい」

 カゲツの発言に、キッカはがくっと項垂れた。


「異様にかしこまってるなと思ったら……んなこと? ってかあんた知らないのね……王都にきて長いでしょうに」

「はい?」

 何かあるのだろうか。確かに自分は王都をあまり知らないが。


「森都フェルトリド行の飛空艇発着所が王都の東にあるって知ってる?」

「はい。アマツヒツキ行もあるので帰省の際には使っています」

「じゃあなんでその近くに隠都の人で作った隠都街があるの知らないのよ」

「観光目的であの辺を歩かないから……ですね」

 カゲツはまったく知らずに『なんだかこの辺は和装の人も多いな』などと思っていた。

 キッカは盛大な溜息を吐いたが……。


「そこに米売ってるしなんなら米問屋あって王都の人でも定期契約してるわよ。販売形態はアマツヒツキとそんな変わんない家まで届ける方式。米の価格もクグイツブが一俵六十キロで六百メント、一袋五キロで五十メントだけど、送料は向こうより高いわ」

「おお、ありがたい……ちなみに王立までだと幾らほどの送料になるでしょうね」

「中心部は逆に交通の便がいいから一俵六百メントで追加五十メント。五俵までいくと百メントに増えるわ。って言ってもいっぺんに五俵契約するの隠都料理の店くらいでしょ」

 確かに。カゲツも帰省の時に親を手伝って俵を運んだが、ルーラシアでは現代日本と異なり六十キロが一俵に詰め込まれる場合が存在する。それも小売りで。家族ならばひと月でも使い切らない家が最近では多い。


「ひとまず二俵で千二百五十メント送料込みか……」

「……いや集団生活してるんでしょうけどそんな食べるの?」

「キッカさんがご存じないだけで食べ盛りの日本男児は米の消費量が激しいんです」

 にしても月百二十キロ消費する家は現代日本にないが、メダとジグザも含めて十二人ならば一人十キロだ。女子二人を考えると普通に多い。


「ふぅん……騎士号取ったからにはどこぞの豚騎士みたいになるんじゃないわよ」

「気をつけます」

「あとあんたのとこって炊飯器あるの?」

 炊飯器(ルーラシア発音でもスイハンキ)はこの世界に過去クタリニンの功績によって再現された。流石に現代日本のものに比べて性能は落ちると思われる。


「私としたことが……米を食べたいあまり生米でもいけると思っていた……」

「いやお腹壊すから。あとふっつーに不味いから」

「炊飯器……買うしかありませんね。十合炊きか二台買うかしないと間に合いませんが」

「十号一気に炊く奴だと味が落ちるけど八百メント程度、五合炊きで性能いい奴だと一台で五百メント、二台買うとして千メント。ペカン見たけど米と合わせて今のあんたには全然安い出費じゃない?」

 褒賞金の話はペカンに載っていたのでキッカも知っているらしい。確かに今の財産からすれば米食文化をもたらす為の準備金として安くつく。


「思ったより安くアザシン寮に米を導入できるようで安心しました。重ね重ね、ありがとうございました」

 カゲツは深々と三つ指をついた。


「いや……こんなので刀以上に感謝される経験も得難いんだけど……」

 キッカは寧ろ戸惑ったように煎餅を取った。


「いえ、本当に助かるんです……メココの実を挽いたものは厳密にはお米ではありませんし」

「あれ味はうるち米じゃなくてもち米だしね」

「あとはお米に合うおかずを考えるのみ……」

「……ついでにお節介焼くけど、王都で刺身買おうとか思うんじゃないわよ。鮮度悪くてびっくりするから」

「危なかった……!」

 祝い事と言えば刺身と言う固定観念がカゲツには前世から存在する。


「となれば……唐揚げ!」

 カゲツは迅速な行動を考えた。炊飯器が売っている店ならば家電量販店にあるだろうが、隠都街にあるだろうか。なんにせよ炊飯器二台を一人で運ぶのは難しいしおかずがあってこそ輝くのが白米である。カゲツは数の有利を活かすことにした。


「この度は誠にありがとうございました。このお礼は必ず致します」

「うん、じゃあ普通に今度は仕事頼みにきなさい」

「必ずや……!」

 そんな約束をして、カゲツは忍者屋敷を出てすぐにルビゼを取った。


《今日の調理当番の方、唐揚げの準備をしてください。米を買いにいきます。それに伴って炊飯器も買うのでどなたか荷物持ちを手伝ってください。男性陣で》

 というカゲツの呼びかけに調理班のメイジスとバラキとアマン、そして手が空いていたプオルとキールとマシスが呼応した。ギドはバイトがあると言って無理、クロツは今図書館で調べ物をしているので無理らしい。イグルは労働を拒否した。


「いざ征かん、米問屋へ……!」

 冷静に考えると茶碗と箸もないな……カゲツは妙に冷静に考え、その後メイジスから《味噌と出汁あったら買ってきなさい、味噌汁作るから》という報せを受けて躍り上がらんほどに歓喜した。



*実食編


 ルーラシアに於いて稲作が一般的な地域は実は隠都アマツヒツキ以外にもある。森都フェルトリド、峰都バギガベンド、水都マゴラン、海都マリケラオ……しかし、最も現代日本の味に近いのは隠都である。

 特に隠都米の最高品種であるクグイツブに関しては米の食べ比べを前世で経験したカゲツにすれば上等なコシヒカリと大差がない。


 ……これだけの内容をカゲツは一時間ほどかけてメダとジグザをはじめとするアザシン寮の面々に語った。メダもジグザも最初は興味深そうに聞いていたが、最後には湿気った目をしていた。


「なんにしてもお米食べられてよかったよ」

 一仕事終えたギドが炊きあがった米を調達班が買ってきた茶碗によそっている。彼は折りに触れ調理当番を手伝っている。料理好きなのだろうか。前世は司書だったと聞くが。


「隠都街なんてあるの知らなかったなー。唐揚げの材料もあってよかったよ」

 アマンは食堂経験者(前世)なので手際よく皿に唐揚げを並べている。


「米でそこまで必死になれるカゲツはちょっとおかしいのよね……」

 味噌汁をお椀に入れつつメイジスが零した。メイジスも前世は同じ国の出身だと言うのに何故分からないのだろうか?


「いや……私らにとってのメココみたいなもんでしょ? ってかメココって米の味がするんでしょ?」

「ジグザさん、メココの味はもち米であってうるち米とは全く別です。もち米とうるち米の違いについて話すと長くなるのですが」

「じゃあ話さなくていいわ」

 すげなくされてしゅんとするカゲツである。


「でもアマツヒツキの米って有名だけどあんま売ってないわよね。私も初めて食べる……ってかジグザが知らないってことは輝都ジェケドットにもないの?」

「ジェケドットでもそんな見かけないしなんならそんなに食べてる人いないわよ。隠都料理の店は見たことあるけど入ったことないわ」

「なんと勿体ないことを……」

「いや知らないし……」

 ウザがらみが止まらないカゲツである。


「メココって調べたら稲の系統にある植物らしいんだけどね……」

 クロツは妙な所で生物学者を発揮している。だからと言って米と同等の扱いはカゲツにはできぬ。


「ってか米って……普通にメココ挽いたみたいね」

「見た目に新鮮味はないわね……」

 女子組(でありルーラシア人)は何故か残念そうにしている。


「この艶! いのちのかがやき! メココと同列にはできません!」

「カゲツ! そのネタメダとジグザには分からんぞ!」

「バカやってないでとっとと食べるわよぉ」

 メイジスが舵を切り、全員で食事前の祈りを捧げた。なお、祈りを捧げるのはリケの補充になるのでルーラシアでは重要なことだったりする。


「とりあえず食べてみる?」

 メダがよく分かっていない顔でジグザを見る。


「まあそうね。ってかこの細長いのどう使うの。なんであんたら普通に使えんの」

「俺らの国の食事で真っ先に習うのは挨拶と箸の持ち方だ」

「「変な国!」」

 プオルが逆に驚くことになった。


「この味……正にコシヒカリです!」

「いやコシヒカリの味が即座に出てくるってお前どういう味覚してんの? 俺には分かんねーわ」

「このバカ舌が!!」

「急に怒鳴られたらびっくりするんだけど!?」

「メダもジグザも、カゲツはとりわけ味覚がいい異世界人だって覚えてね」

 プオルに怒鳴りつけた自分が変なのだろうか? ギドの言葉でカゲツは悩むことになったが、メイジスが作った唐揚げを一口食べたらどうでもよくなった。


「……ねえジグザ」

「何」

 見よう見まねで箸を使っていた二人(持ち方が全然違ったのでカゲツは後で教えることにした)が不可解そうな顔をしている。


「美味しいけどそんな感動する程?」

「いや別に……ってか味薄い」

「お二人とも、米の可能性を感じてください。唐揚げと一緒に食べるんです。革命が起きますよ」

「ギド、カゲツがうざいのなんとかして」

「無理かな……」

 何故ジグザにウザがられなければならないのかカゲツは本当に分からない。


「まあ試してみましょうよ。メココも基本そのままは食べないし」

 メダの方が素直だなと思う。


「そうね……ってかこれはこれでクリッケ(いわゆるフライドチキンのルーラシア語)とどう違うの?」

 なんだかやたら半信半疑な女子組だが、唐揚げを食べて米を口にいれた瞬間に『到達』した顔になった。


「「宇宙……!」」

「その感想なんだよぉー……普通にご飯と唐揚げだろぉー……」

「当然の感想です。労働せずに食べるご飯は美味しいですか?」

「すこぶる美味えよぉ」

 イグルはいい笑顔で言ってのけた。


「何これ!? あんたらこんな美味しいもん普段から食べてたの!? 向こうの人間って全員貴族なの!?」

 ジグザは物凄い勢いで食べながら話すので米粒が飛んでいて汚い。


「はむっ、はむはむっ、はむぅっ!」

 メダの方は食べ方こそ粗いが無心に食べているのでこうあるべきだとカゲツは思っている。


「食文化大分違うからね日本とルーラシアは……」

 ギドは(大体においてそうなのだが)リアクションが薄い。メダはいざという時に苦労しそうだ。


「これさあ、メイジスの唐揚げが美味いのは勿論なんだけど、こないだファルル卿の家で食べたジャモポッタとかとも合うよな?」

 アマンは食通なので出てくるだろう。


「米が合わない料理ってあんまりないわねぇ……」

「甘いものでも!?」

 メイジスの発言にメダが食いついた。


「お菓子は合わないと思って欲しいかな……」

「なんだ……でもルーラシアの料理だったら大体合いそうよこれ。王都の刺身はちょっと嫌だけど」

 ギドとメダの出身である花都ギバイルクニナギ島には刺身の文化はあったらしい。


「実際米問屋の場所を教えてくれた方に聞いたのですが、驚くほどまずいと聞きましたよ。王都の刺身は」

「海まで距離あるもんなぁー」

 イグルの言う通り、王都ルーラキアの中でも特に中心部には海がない。南東部は海に隣接しているが、王立に通っているといく機会自体ない。


「今度ファルル卿にラカラクト名物で合いそうなの持ってきて貰おうぜ」

「プオルのそれは図々しいよ……」

 クロツは止めるが、カゲツは賛同したかった。


「まず侯爵閣下ならば米を食う機会もあるんじゃないか? 貴族だしアマツヒツキは王都からそれほど離れてないだろう」

 そう言えば貴族の食事はあまり知らない。クタリニン収容所は貴族とそれほど繋がりがないので。その割にカゲツ達騎士科は王族と話したことはあるが。


「と言ってジグザの言いぶりだとジェケドットでは一般的ではないようだからな。だがジャモか。あれは軍鶏みたいなものだし頂くか買い取るかして卵買ってきて親子丼にするなどどうだ?」

「「親子丼!?」」

「キールさんは天才ですか? というかメダさんとジグザさんのその驚きと恥じらいはなんですか?」

「キールが急に下ネタ言うからよ!」

「あんたら知らないでしょうけど普通に近親想観の暗喩だから!」

 親子丼がその意味で使われている世界線をカゲツは初めて知った。いや自分が生きている世界なのだが異世界に過ぎる。


「近親想観ものチルさんに頼まれてたけど親子丼って書いた方がいいのかな……」

 ギドはメモ帳にメモしている。こんなネタを真面目に考える翻訳者も大変な職業だが、ギドは立派だなとカゲツは思う。


「あれ、バラキくん? 泣いてどうしたの?」

 そう言えばさっきからバラキは黙って食べていたが、何故か感極まったように泣いている。


「美味しいんです……お米が……生前末期症状の頃は点滴でしたしそれ以前数年も病院のお米かおかゆか重湯だったので……健康な状態でちゃんとしたお米を食べるのがとても久しぶりに感じるんです……いえ、まず健康的だった頃が離乳食で……」

「「「「「「「「「「「「「バラキ……」」」」」」」」」」」」」

 全員の声が一つに重なる。


 なんにしても米を買ってきたのは間違いではなかった――カゲツは騎士号を頂いた時以上に報われる心地がした。


「まだ十合しか炊いていませんからね。米はキロにして百八十キロ三俵買っておきました。毎月三俵ですよ」

「買い過ぎでしょ!? 私たちが太るんだけど!?」

「一日に何キロ食わせるつもりよ!?」

「だから言ったろ一俵で間に合うって!!」

 そんなことを言われてもカゲツにとって米とは正義であり、正義は遂行されるべきというのがカゲツの信条なのだ。


 間違った正義というものは、ある。暴走すればそれは単なる暴力に堕すと、カゲツはまだ知らない。



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