第23話:王都の冥獣
地下一階の道を歩いていたつもりだったけれど、地下から上がった先はまだ地下だった。
ペリオ公女はかなり広い邸宅を持っていて、その地下も見た目以上に広い……僕らは、手分けして地下を探した。
「どこにいきやがったんだよ……」
プオルが何気なく一つの扉を開けた時、僕は咄嗟に後ろにいたメダの視界にそれが入らないようにマントを広げた。
「……ひでえな」
プオルが言う通り、中には二人の貴族らしい女性の死体があった。死んでると分かるのは、首と心臓に穴が開いて、顔に炎都と峰都の紋章入りの身分証があるからだ。
「何があったかは凡そ察しつくけど……ポケラ・ルーラ」
メダは後ろを向いてそっと祈った。
「ポケラ・ルーラ……いこう」
「ああ」
僕らは再び地下を見た。
「こっちもいなかったぞ」
マシス達が報告してくる。
「あっちの部屋では人が二人死んでました」
僕は短く報告する。
「ということは……ここですね」
ファルル卿は一ヶ所の部屋を見て、目を細めた。
僅かに、床に血痕がある。
ファルル卿はモーニングスターを持って扉を蹴破った。
中にいたのは、異様なまでにやせこけた黒髪の女――紫色の露出度の高い服装に変わっているけれど、ゲルガルで間違いなかった。
僕達全員が入れるくらい広い部屋の中に、ゲルガルが一人で何かを探しているようだった。
「ペリオ公女はどこにいった?」
僕は魔法杖を向けてゲルガルに尋ねる。
砂都と森都の公女は逃げて、あと見ていないのは雷都公女ペリオだけ……まさか騎士団に大人しく自首したとも思えない。キールさん達も報告してこないということは、まだ地下にいるだろう。
「おやおや、奇遇ですねえ……私も探していたんですよ。ですが……」
ゲルガルは自分の杖を取り出して、金庫らしきものに向けた。
「もうここしか残っていないんですよ、ペリオさん!」
バチンと静電気を派手にしたような音が響き、開錠の魔法がかけられる。
同時にそこから弾き出されてきたのは、紛れもなくゲルガルと密会していた金髪の貴族――雷都公第三公女ペリオ・ラドキゼガンだ。
「ひっ……」
彼女は大事そうに抱えていた鞄を持って、青ざめた顔で僕達を見る。
「ま、待ちなさい……私は雷都公第三公女ペリオ! 私に手を出せばどうなるか分かっているのですか! ゲルガルも! 学院の連中も! リ・ラカラクト侯爵も!」
ペリオ公女は必死に威嚇しているけれど、脚が震えていてはまるで説得力がなかった。
「そこに隠れていたということは別段逃げ道がないということですねぇ。言っておきますが、爵位を持たない以上公女であっても私から見れば王都の木っ端役人、逆らえると思わないことです」
ファルル卿は笑顔で脅迫している。
「カゲツ、プオル、こい。押さえるぞ」
「はい」
「おう」
マシスは早速、ペリオ公女の方に向かった。
「ふっ……単細胞な方々で助かりました」
フッ、ゲルガルが杖を振った瞬間、マシス達の足元から鎖が伸びて三人を拘束する。
「くっ、ゲルガル!」
マシスが叫ぶけど、既にゲルガルはペリオ公女に向かっていた。
「ゲルガル! あなたは私を助けて――ッ!」
鈍い音が響く。
ゲルガルの杖は硬質化して、ペリオ公女の胸を刺し貫いていた。
「まずいですね……」
完全に発狂している? いや、ゲルガルの手にある日時計みたいな円盤は――シンザギ?
「メイジス! イグル! 一人につき一人! 補助魔法・縛解!」
「「縛解!」」
僕が杖を振ると同時にメイジスとイグルも杖を振り、それがマシス達三人の拘束を解く。
「ふふっ、実戦には慣れていませんか学生さん」
ゲルガルは自ら刺し貫いたペリオ公女の体を捨て、その杖から滴る血を円盤に垂らした――同時に、リケの対極にある闇の魔力ジュカが周囲に満ちる。
「ヤバくないか!?」
プオルは剣を構えているけど、その通りだ。
「ふふふ! ルーラを崇める王都など滅びればいい! 我々は異なる神エメンへの第一歩を手に入れる!」
床に円盤を置き、ゲルガルは僕達に杖を向ける――。
「光の鍵霊よ、この身に加護を――破邪剣聖!」
僕は咄嗟に杖から三本の光の剣を放ち、ゲルガルが放った妖気に似た暗雲から前衛の三人を守った。
「起動・
ファルル卿は遅れて武装を起動させる。
「まずいな……やるぞカゲツ! プオル!」
マシスはカゲツとプオルを連れてゲルガルに剣を持って突っ込む――けれど、ゲルガルは冷静に杖を振った。
「闇夜護壁!」
紫色のヴェールが、ゲルガルの周囲を包む。それが三人の行く手を阻んだ。同時にジュカはどんどん強くなっていき、円盤はくるくるとひとりでに回転を始める。
「破星球!」
ファルル卿が一つの金属球をモーニングスターで打ち出し、ゲルガルの防護を破壊する――その瞬間、カゲツが思い切り踏み込んだ。
「南無八!」
ブシュ、嫌な音が響く。
「ケカ……!」
紫色のヴェールが晴れると、そこにはゲルガルの胸を貫くカゲツが立っていた。
「やったのか……?」
マシスが呟くけれど、ゲルガルにはまだ杖を硬質化させる魔法もある――それに、円盤から溢れるジュカが止まらない。
「ふふ……呪われた子に殺されるのならば、悪くはありませんね……出でよ、冥獣ゲルミュズル!」
最後の力で、ゲルガルは自分の血を円盤に引っ付けた――その瞬間、
出てきたのは、黒い雲とそこにある岩を球形に削ったような球体だった。
「何!? あれが冥獣!?」
成り行きを見守っていたジグザが叫ぶ。
岩石を球体にしたようなそれは中央に縦向きの目のような紋章を持っていた。それはジュカを受けてみるみる巨大化していく。
「一ヶ所に集まってください! 地下が崩れます!」
ファルル卿はレガリアを操って天井に向け、僕達はその下に集まった。
ちらっと見ると、冥獣ゲルミュズルと呼ばれた存在は巨大化しながら地下の天井を突き破り、みるみる内に十メートルを超すような大きさになっていった――当然ながら、地下は瓦解する。
ファルル卿の金属球は的確に崩落から僕達を守ってくれた。この人がいなきゃもう何度死んでるか分からない。
「首魁を殺したと思えば、大本命のお出ましですか……」
カゲツが震える手で刀を握りながら呟くのが聞こえた。ゲルガルを殺したのは相当精神的にキツいらしい。平和に生きてたカゲツにとってはそうだろう。
外の光は暗かった――というより、ゲルミュズルが暗雲を呼びよせているようだった。台風の前のように暗い空の中に、岩石の球体が浮かんでいた。
「背負える人は後衛を背負って上に上がってください。恐らく、ここもすぐに狙われます」
ファルル卿の言う通りだろう。
僕はファルル卿に捕まれ、メダはジグザに、メイジスはマシス、イグルはプオルに拾われて上に上がった。カゲツは動けないようだったけれど、ファルル卿の金属球に捕まって上に上がった。
なんとか地上に出ると、出た場所が悪い……地面に広がる大きな穴、その向こうにキールさん達がいる。
状況的に空中に冥獣ゲルミュズル、それを挟んで僕達とキールさん達、それぞれの背後に騎士団の人達が構えている。ルーラシアでは銃が普及していないから、騎士団は弓兵隊を用意していた。
ただ、騎士団はあくまで剣で迎撃するつもりだったみたいで、弓兵の準備は遅れていた。
その中で、冥獣ゲルミュズルは中央にある目のような文様を僕の方に向けた。
「秘の鍵霊の持ち主……」
明確に、奴の声は男性だった。
そして、その目の紋様が開き、光が漏れる。
現れたのは――金色の仏像の頭の上にライオンの置物を置いたような巨人の上半身に下半身が丸い岩になっている異形だった。
冥獣ゲルミュズル――ゲルガルが呼び出した最悪の災厄が、目の前に顕現していた。
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