第8話:寝取り男の末路
静寂。
真っ暗なスクリーン。
そこに、カツーン、カツーンという足音が響く。
そして、聞き覚えのある声が、クリアな音質で再生された。
『うぇーい! 佐藤クン見てるぅ〜?』
スポットライトのような照明効果と共に、スクリーン中央に映し出されたのは、カラオケボックスのあの場面。
ただし、そのままではない。
背景はすべて暗黒に沈み、神崎の顔だけが不気味に浮かび上がっている。
肌の質感はレタッチされ、脂ぎった汗や毛穴が強調され、まるで醜悪な怪物のようだ。
『お前の彼女、俺が美味しくいただいちゃいました〜!』
その言葉がリフレインされる。
『いただいちゃいました』『いただいちゃいました』
声のピッチが徐々に下がり、悪魔の唸り声のように変化していく。
会場が凍りついた。
「え……今の声、神崎?」
「嘘でしょ、何これ」
次に映し出されたのは、彩花だ。
『ごめんねぇ悠真くん』
彼女の言葉に合わせて、画面には巨大な明朝体でテロップが叩きつけられる。
【裏切り】
【不貞】
【嘲笑】
文字が出るたびに、ドン! ドン! という重い打撃音が響く。
二人がイチャつく映像は、コマ送りと早送りを不規則に繰り返す「タイムリマップ」によって、生理的に気持ち悪い動きに加工されている。
それは愛の営みではなく、まるで虫が交尾しているかのような、無機質でグロテスクな記録映像として演出されていた。
ステージ上の神崎は、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
「お、おい! 止めろ! なんだこれ!」
彼はマイクに向かって叫ぶが、俺は事前に彼のマイクのボリュームを絞っていた。彼の叫びは誰にも届かない。
彩花はその場にへたり込み、両手で顔を覆っている。
スクリーンの中では、物語が加速する。
俺が隠し撮りした、窓際での二人のキスシーン。
そこへ、神崎が俺に吐いた暴言の音声がオーバーラップする。
『お前みたいな陰キャに彩花はもったいなかった』
その音声に合わせて、画面分割(スプリットスクリーン)で、俺が一人で編集作業をしている後ろ姿が映る(これは部屋に設置した定点カメラの映像だ)。
孤独に作業する俺と、嘲笑う神崎。
その対比が、観客の感情を「恐怖」から「怒り」へと誘導する。
「ひどい……」
「神崎、最低じゃん……」
「これ、ガチのやつか?」
観客席から、ヒソヒソとした声が、やがて大きな波紋となって広がっていく。
神崎翔という男のメッキが剥がれ落ち、その下にある醜い本性が、芸術的なまでの解像度で暴かれていく。
これは暴露ではない。
これは「作品」だ。
一人の男の尊厳を踏みにじった罪を、映像という名の刃で切り刻む、復讐の芸術だ。
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