第24話 答え合わせ:オニキシウス来訪


 その夜。

 冒険者サバイバーの始まりの街、フクオカの酒場。

 絶妙に、都会でも田舎でもない、そこそこに目立つ商店街の裏路地。

 

 酒場『鷹羽(たかは)』


 その前に、フードを被った男が立っていた。


 「ここか……」

 

 冒険者ランキング第一位の、孤高の勇者。

 素顔を見ることのできた者は、ランキング五位までの冒険者だけ。

 オニキシウス=ネクロスフィア。


 ランキング暫定1位の、今年の勇者に最も近い者である。


 フクオカの初心者向けの街は、魔物の蠢きも気配もなく、いたって平和だった。

 

 店の扉の前で、オニキシウスは少しだけ息を吸い込んだ。

 柄になく、緊張している。



 「……ルーにぃ、いるよね」



 つぶやきが嘘のように震えた。

 そうだ。

 これまで長かった。

 ようやくだ。

 ようやく、ちゃんと会える。

 もう隠れなくていい。


 だって、彼を守る理由ができた。



 *




 オニキシウスが冒険者になった理由は、名誉や富のためではない。

  

 ルーカス──いや、かつての『林 琉宇』が家を出た、という噂を聞いた日。

 走って走って、引越しの終わった空き家を見て、全てが壊れた気がした。

 あまりにも突然だった。


 その後、数年が経ち。

 オニキシウスは高校に入った四月に、冒険者に応募した。

 選抜の抽選には一発で通った。


 それはただの運ではなかった。


 あれは抽選などと呼べる代物ではないと、今のオニクシアスは知っていた。


 これは、国が密かに行っている人口調整政策だ。


 オニキシウスが『勇者』となったその後、酒に酔った当時のギルド長が喋っていた。


 曰く、『この世は半分と半分』なのだと。


 本土の女性の人口は6000万人。

 男はおよそ3000万人。

 救州の冒険者が3000万人――。

 



 これは降って湧いた魔物を利用した、国の計画だ。


 一口に言えば人口操作なのだ。





 ギルドは国のトップたちが関わっている。

 能力のあるおしなべて優秀かつ安全な男たちを選抜し、本土に残す。

 問題あり、もしくは危険だと判断された者たちは、冒険者の候補となる。

 そこで生き残ることのできた、勇者側の者たちは、英雄として本土で称えられる。

 そして、英雄たちは強い雄として、一定の評価を得られれば、本土に帰ることができる。


 しかし、そうでないものの方がずっと多い。

 つまり、生き残る能力がない冒険者サバイバーを待ち受ける運命は一つ。

 レベルはけしてあがらず、ここでの生命線ともいえる魔導石も供給されず、絶望と虚無の中、ぼんやりと死を待つのみ――。


 本土で女を捜す余裕など在るわけが無い。そもそも、冒険者側が希望しても帰れないようになっている。

 ギルドが差し止めるのだから当然だ。

 優秀な『種』として帰れるは、魔物を屠る能力に長けた運の良いトップランクの者たちのみ。


 しかし、オニキシウスは本土に英雄として帰還する気など毛頭無かった。

 狩る顔をした女どもの餌になるために、この身を捧げたいわけではない。 



 冒険者になるとき、本名を捨てるのは決まりだ。

 俗世の未練を断ち切るため。


 未練など、とうになかった。



 『なあ、――。知ってるか? オニキスっていうんだぜ、この石』

 『真っ黒だね、るぅにい』

 『でも綺麗だろう。お前のの色とそっくりだ。これやるよ』

 『え、でも……高そう』

 『いや、そうでもないよ。ごめんな、夏祭りの景品のオモチャだけど……オニキスも1個だけだし、まわりはみーんなガラス玉なんだよ』

 『ううん、ううん! いい。これがいい!』

 『はは、そっか。ちゃんと食ってるか?』

 『……うん』

 『またウチ、来いよ。いつも弟たちと遊んでくれてるだろ。ありがとな。そんなに豪華なもんは作れないけどさ』

 『うん!』

 

 優しかった。 

 嬉しかった。

 彼が、憧れだった。 




 そんな『琉宇るうにぃ』が、居なくなった。



 追いかけるように冒険者になり、オニキシウスは魔物の討伐を重ねた。

 屠って、屠って、屠り続けた。

 魔物を倒すほどに経験値が貯まり、レベルが上がった。

 レベルがあがると魔導石が増え、また討伐が進む。

 そのうち頂点に着いていた。


 オニキシウス=ネクロスフィア。

 ――死を司るもの。


 不本意な二つ名だったが、どうでもよかった。

 やることは変わらない。

 好きに呼べば良い。


 オニキシウスはそっと、酒場の扉に触れた。

 すぐそこに、ずっと探していた人がいる。


 「あ」


 鼻を熱いものが伝った。

 どんな魔物と相対したときよりも興奮している。


 会いたかった。

 会いたかった。

 会いたかった。


 冒険者になって、名前も変わったあの人を探した。

 ミヤザキもカゴシマも、魔物の噴き出す穴そのもののような場所にも行った。

 そのどこにもいなかった。

 諦めていた矢先、『ランク最底辺の男』の配信を見た。

 まさしく僥倖だった。


 それからは、ずっとずっとちゃんねるを見続けていた。

 見れば見るほど、『ルーカス』は琉宇にぃそのものだった。

 

 もし、覚えられていなかったらと思うと声がかけられなかった。

 あの気持ち悪い、暗くて汚い奴、薄汚れた浮浪児と思われていたらと思うと耐えられなかった。それならずっと、隠れてみていたい。二つ名のネクロスフィアから、ふぃあ☆と名乗って、女子高生のような可愛らしい名前で、ずっとずっと見守っていたい。


 その、つもりだったのに。

 

  オニキシウスには、名誉や富といった一般的な欲望は無い。

 ただ、あるとすれば、それは常人には不可能な、


 ――執着。

 


 彼は誰よりも待っていた。

 カラカラに枯渇した大地に降った、一度きりの雨を待っていた。

 


 「……やっと、来れた」


 扉が開く。

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