第2話 猫と鎧と第一印象

202X年、4月2日 夕方


 ――学校全体の新入生歓迎会の翌日。

 広いキャンパスの南端にある部室は、緊張と期待の空気でざわついていた。


「か、仮入会と見学だけでもいいですよー!」

「楽しいよ!! 話だけでも聞いていってー!!」


 外では、マヨイ先輩とマシロ先輩の呼び込みの声が聞こえる。

 でも、そろそろ中も始めないと、この後の飲み会に間に合わなくなる。


 ナツキがコウメイ先輩に「始めていい?」と目で確認し、

 前に立ってぱんぱんと手を叩く。

 声も笑顔も華やかで、場がすっと温まる。笑顔の火力が高い。

 ――さすが二年生で一番のモテ女。新入生男子たちの目線が釘付けだ。


「じゃ、とりあえず自己紹介してみよっか。

 んー、それぞれ、名前と学部をお願いね。

 はい、そこの明るい子から♡」



「経済学部、カズネです! よろしくお願いしまーす!」

 トップバッターの元気いっぱいの声が部室に響く。

 うん、茶髪のショートヘアが映える、元気で可愛い子!って感じだな。

 けど、こっそり周りを観察してるの、バレバレだぞ。


「私たちも去年、ああだったんだろうなー」

「そう考えると恥ずかしいな……」


 アキハと軽口を交わす俺の横で、シンジがぽつりと呟いた。


「上に可愛がられるタイプだな」

「……シンジとは真逆だな」

「うっせ!」


「おまえら、一年生の自己紹介くらい静かにしてろ」

 リン先輩の低音ツッコミが飛ぶ。


「うぃーす」



「医学部看護学科、フユミです。よろしくお願いします」

 控えめな笑顔と共にお辞儀。

 小柄で、黒髪の内巻き。声も丁寧で、どう見ても“優等生”。


 に見えるが。

 ……猫かぶってんなぁ。

 上級生ってこんなに見えるもんなんだなぁ。


 横からナツキが小声で耳打ちしてくる。

「ねぇ、あの子、絶対猫かぶってるよね?」


「さすが外面完璧超人。猫かぶりに厳しい」

「完璧で何が悪いのよー」


 アキハが吹き出し、イズミが肩をすくめる。

「ナツキも一年前は同じだったろ」

「うっ……反論できない」


 そう、“一年前のナツキ”は事務局でも外面を完璧に装っていた。

 それが今じゃ、俺ん家の下駄箱の七割を占拠してる。

 人生、わからんものだ。



「えっと、文学部、メグミです。よろしくお願いします~」

 ちょっと気だるげな雰囲気の茶髪のショートボブ。

 やる気がないわけじゃないけど、どこか一歩引いている。

 ピンズをたくさんつけたポーチとちょっと眠たげな目が印象的だ。


 良くも悪くも力抜いてるタイプ。

 まぁ、悪いことじゃない、と個人的には思う。


 コウメイ先輩が小声で呟く。

「追い込んだら辞めそうではあるが、伸びしろはありそうだ」


「こういう子、育てるの楽しいのよねー」

 カオル先輩が笑いながらこちらをちらり。


「……押し付ける気ですね?」

「まだ何も言ってないわよ?

 まだ、ネ」



 自己紹介がひと段落し、一年生同士が話しているのを眺めながら、二年生組で固まる。

 紙コップの緑茶と、昨日の余りのクッキーが回ってくる。


「入った子たちも一年後には、きっと半分くらいになってるよねー」

 ナツキが一年生の賑やかさを見ながら呟く。


「まあ、うちらの代も来週二人辞めちゃったら、残り十人。

 三年生は五人、四年生は二人になるもんね。きれいに一年間で半分ずつ減ってる」


 アキハがポテトチップスをつまみながら言う。

 床にはペットボトル、壁際には配布ビラの山。――昨日掃除したんだけどなぁ。


「減るっていうか、ふるい落とされるんだろ。思ってたキラキラ大学生活とは違う、ってな」

 シンジが背伸びをして言うと、イズミが苦笑いした。

「それ言うなよ」

「だいたい、“なんとなく楽しそう”で入ったやつから脱落するんだよな」

「イベント前に終電まで働かされるのが悪いと思うゾ」

「わかるー」


 俺たちもそうだったなぁ、と思いながら、ちら、と一年生を見る。


 カズネは先輩の名前をメモして回っている。

 メグミは笑いどころでちゃんと笑ってる。

 フユミは――視線だけ泳がせながらも、耳は全部の会話を拾ってる。

 猫の耳って、こういう動きするよな、って動き。


(うん、入る)


「まあ、でもここでやってると、変な自信?絆?みたいなのはできるよねー」

「最初は人多い方が楽しいし、別に悪いことじゃないよ」

 アキハがまとめるように言う。


 コウメイ先輩が仮入会の申込書の束をめくりながら声をかけた。

「――で。お前ら、そろそろ現実に戻れ。今日もこの後は、新入生連れて歓迎会だぞ」

「「「……はーい」」」

 全員の声が、見事に揃った。



 こうして、また新しい顔が部室に増えていく。

 賑やかになって、面倒ごとも増えていく。


 でも――それが、春という季節のいちばん好きなところだ。


 そしてきっと、みんな今はまだ、

 それぞれの“鎧”を着ている。

 でも春の風は、それを少しずつ脱がせていく。

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