第2話 猫と鎧と第一印象
202X年、4月2日 夕方
――学校全体の新入生歓迎会の翌日。
広いキャンパスの南端にある部室は、緊張と期待の空気でざわついていた。
「か、仮入会と見学だけでもいいですよー!」
「楽しいよ!! 話だけでも聞いていってー!!」
外では、マヨイ先輩とマシロ先輩の呼び込みの声が聞こえる。
でも、そろそろ中も始めないと、この後の飲み会に間に合わなくなる。
ナツキがコウメイ先輩に「始めていい?」と目で確認し、
前に立ってぱんぱんと手を叩く。
声も笑顔も華やかで、場がすっと温まる。笑顔の火力が高い。
――さすが二年生で一番のモテ女。新入生男子たちの目線が釘付けだ。
「じゃ、とりあえず自己紹介してみよっか。
んー、それぞれ、名前と学部をお願いね。
はい、そこの明るい子から♡」
◇
「経済学部、カズネです! よろしくお願いしまーす!」
トップバッターの元気いっぱいの声が部室に響く。
うん、茶髪のショートヘアが映える、元気で可愛い子!って感じだな。
けど、こっそり周りを観察してるの、バレバレだぞ。
「私たちも去年、ああだったんだろうなー」
「そう考えると恥ずかしいな……」
アキハと軽口を交わす俺の横で、シンジがぽつりと呟いた。
「上に可愛がられるタイプだな」
「……シンジとは真逆だな」
「うっせ!」
「おまえら、一年生の自己紹介くらい静かにしてろ」
リン先輩の低音ツッコミが飛ぶ。
「うぃーす」
◇
「医学部看護学科、フユミです。よろしくお願いします」
控えめな笑顔と共にお辞儀。
小柄で、黒髪の内巻き。声も丁寧で、どう見ても“優等生”。
に見えるが。
……猫かぶってんなぁ。
上級生ってこんなに見えるもんなんだなぁ。
横からナツキが小声で耳打ちしてくる。
「ねぇ、あの子、絶対猫かぶってるよね?」
「さすが外面完璧超人。猫かぶりに厳しい」
「完璧で何が悪いのよー」
アキハが吹き出し、イズミが肩をすくめる。
「ナツキも一年前は同じだったろ」
「うっ……反論できない」
そう、“一年前のナツキ”は事務局でも外面を完璧に装っていた。
それが今じゃ、俺ん家の下駄箱の七割を占拠してる。
人生、わからんものだ。
◇
「えっと、文学部、メグミです。よろしくお願いします~」
ちょっと気だるげな雰囲気の茶髪のショートボブ。
やる気がないわけじゃないけど、どこか一歩引いている。
ピンズをたくさんつけたポーチとちょっと眠たげな目が印象的だ。
良くも悪くも力抜いてるタイプ。
まぁ、悪いことじゃない、と個人的には思う。
コウメイ先輩が小声で呟く。
「追い込んだら辞めそうではあるが、伸びしろはありそうだ」
「こういう子、育てるの楽しいのよねー」
カオル先輩が笑いながらこちらをちらり。
「……押し付ける気ですね?」
「まだ何も言ってないわよ?
まだ、ネ」
◇
自己紹介がひと段落し、一年生同士が話しているのを眺めながら、二年生組で固まる。
紙コップの緑茶と、昨日の余りのクッキーが回ってくる。
「入った子たちも一年後には、きっと半分くらいになってるよねー」
ナツキが一年生の賑やかさを見ながら呟く。
「まあ、うちらの代も来週二人辞めちゃったら、残り十人。
三年生は五人、四年生は二人になるもんね。きれいに一年間で半分ずつ減ってる」
アキハがポテトチップスをつまみながら言う。
床にはペットボトル、壁際には配布ビラの山。――昨日掃除したんだけどなぁ。
「減るっていうか、ふるい落とされるんだろ。思ってたキラキラ大学生活とは違う、ってな」
シンジが背伸びをして言うと、イズミが苦笑いした。
「それ言うなよ」
「だいたい、“なんとなく楽しそう”で入ったやつから脱落するんだよな」
「イベント前に終電まで働かされるのが悪いと思うゾ」
「わかるー」
俺たちもそうだったなぁ、と思いながら、ちら、と一年生を見る。
カズネは先輩の名前をメモして回っている。
メグミは笑いどころでちゃんと笑ってる。
フユミは――視線だけ泳がせながらも、耳は全部の会話を拾ってる。
猫の耳って、こういう動きするよな、って動き。
(うん、入る)
「まあ、でもここでやってると、変な自信?絆?みたいなのはできるよねー」
「最初は人多い方が楽しいし、別に悪いことじゃないよ」
アキハがまとめるように言う。
コウメイ先輩が仮入会の申込書の束をめくりながら声をかけた。
「――で。お前ら、そろそろ現実に戻れ。今日もこの後は、新入生連れて歓迎会だぞ」
「「「……はーい」」」
全員の声が、見事に揃った。
◇
こうして、また新しい顔が部室に増えていく。
賑やかになって、面倒ごとも増えていく。
でも――それが、春という季節のいちばん好きなところだ。
そしてきっと、みんな今はまだ、
それぞれの“鎧”を着ている。
でも春の風は、それを少しずつ脱がせていく。
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