神愛 ─ 永遠の刹那 ─
神愛
第1章 小学生編
最終話 ― 永遠の刹那へ続く道 ―
本作『神愛 ― 永遠の刹那 ―』は、本編『神をも魅了する少年は神様に愛されたいようです』の“もしも”を描いた if ストーリーです。
本編の第4章 第8話「神様、僕を愛してくれますか」で 「はい」 を選んだ場合に続く世界が、本作の舞台となります。
本編を読んでいなくてもお楽しみいただけますが、少年と神がどのように出会い、どんな孤独と祈りを分かち合ったのかを知るとより深く味わえる構造となっています。
【本編リンク】
https://kakuyomu.jp/works/822139837437871956
この物語は、神が“世界”ではなく“ひとり”を選んだ、もうひとつの未来。
それでは本作をお楽しみください。
―――
▶ はい
▷ いいえ
風は止み、雪の粒は空中で静止したまま落ちることを忘れていた。
世界の時間だけが、ふたりを残して固まっている。
音のない白い空間で、
ゆっくりと顔を上げ、
粒子になりつつある身体は輪郭がほどけかけているのに、その瞳だけは、ひどく強く、触れれば壊れてしまいそうなほど揺れていた。
「……そなた……いま……なんと申した……?」
掠れた声は、神ではなくただの少女のものだった。
雪杜は一歩、彼女に向けて踏み出す。
雪の粒がその足もとだけわずかに揺れた。
「御珠……僕を、愛してくれますか」
その瞬間、御珠の呼吸が止まった。
胸に添えた手が小さく震え、指先が胸の上でぎゅっと丸まる。
「……言わすでない……そんな……
妾はもう、とっくに……そなたを……」
言葉が光といっしょにほどける。
伝えようとした想いが、粒子となって空気へ混ざっていった。
雪杜は小さく息を吸い、まっすぐに言う。
「御珠が僕を……好きでいてくれるなら……それでいいんだ」
その声が触れた瞬間、御珠の肩がふるりと揺れた。
抑えようとしても抑えきれない震えが、胸の奥から浮き上がってくる。
光の粒子が、涙の形をとって落ちた。
「……そなた……っ……」
掠れた呼び声は、雪の静止した世界でいちばん人間らしい温度を帯びていた。
―――
光は止まり、世界は息を潜めている。
雪も風も、吐いた息さえも動かず、ふたりだけが“存在する”ことを許された領域だった。
御珠の胸元から、ほそい灯がこぼれていた。
まるで心臓の鼓動そのものが光になって漏れ出しているようだった。
彼女は言葉を絞り出す。
「……雪杜……
そなたの“呪い”は……世界そのものを歪める……
そなたが生きる限り……誰かが、また……壊れる……」
雪杜は、その現実をすでに受け止めていた。
彼の声は静かで、決意の色も痛みの色も含んでいた。
「……うん。わかってる」
御珠は目を伏せ、唇を噛む。
その表情は神の威厳よりずっと人間らしくて“迷いを抱えた少女”の顔だった。
沈黙に耐えられず、御珠は息を震わせる。
「……ひとつ……方法が、ある……」
雪杜のまなざしがあがる。
「方法……?
世界をやり直す以外に?」
御珠は数度、瞬きを繰り返した。
恐れを振り払うみたいに、深く息を吸う。
そして――心臓を差し出すように言った。
「……呪いの向き先を……“妾ひとり”に……固定する……
その上で、妾は呪いに抗わず、すべてを受け入れる……」
雪杜は息を詰まらせた。
返事をしようにも、喉が動かない。
「……え……?」
御珠は、もう逃げられないという表情で続ける。
「世界ではなく……誰でもなく……
妾ひとりだけを、狂わせる呪いに……変える……」
雪杜の胸が強く揺れた。
「……御珠……」
御珠の瞳が迷いと覚悟の狭間で揺らぐ。
光の粒子が、涙にも似た軌跡を描いた。
「そなたの魅了も、愛も、執着も……
そのすべてが“妾だけ”に向かえば……
他の誰も壊れぬ……
世界も……守られる……
抗わぬのであれば、妾の神性も削られることはない……」
言いながら、御珠自身の声はどんどん苦しげになっていく。
「……ただし……これは……妾が壊れる……
妾の心は……そなたひとりに縛られ……
そなたしか見られなくなる……
そなたを愛するだけの……ひとりの女になってしまう……」
震える指先を胸の前で握りしめる。
「……怖い。
そなたに縛られるのも……
そなたを縛ってしまうのも……
本当は……怖い……
それでも……妾は……そなたを……」
言葉が涙のように落ちた。
「……そなたを……ひとりにしたくない……
妾の手で……守らせてほしい……」
雪杜が反射的に口を開く。
「そんなの考えるまでも――」
しかし、その続きを拒む声が割り込んだ。
「待て、雪杜……。
……そなた、その言葉……軽々しく言うでない……」
御珠は胸を押さえていた。
神の器に宿る少女の“恐れ”が、そこにあった。
「妾は……嫉妬深いぞ。
そなたが誰を見ても……胸が裂けるように妬む。
呪いの向き先を妾ひとりにすれば……
妾はそなたを縛ってしまう。
手放せぬ。
そなたの心を……独り占めにしてしまう」
雪杜はただ黙って、彼女の震えを見つめた。
御珠は視線をそらし、苦しげに続ける。
「それに……妾は神じゃ。
姿こそそなたに合わせて変えられるが……
そなたと同じ“時”を生きることはできぬ。
結婚もできぬ。
子も成せぬ。
人の生が本来もつ“循環”を、そなたは捨てることになる」
雪杜の呼吸が浅くなる。
御珠は首を横に振り、さらに言葉を上乗せした。
「いまのそなたにはまだわからぬ。
周りが成長し、恋をし、結ばれ、子を抱き、家族を築く未来が訪れたとき……
そなただけは、それを持てぬ」
御珠は雪杜へと手を伸ばすが、触れる寸前で止める。
震えるほどの距離で、触れられない距離で。
「それは……妾が“縛る”からじゃ。
そなたが妾を選べば……
妾はそなたを手放せぬ。
そなたを愛しすぎて……壊してしまうやもしれぬ」
雪杜が何かを言いかけた。
「御珠……そんなこと――」
しかし、その声も遮られる。
「それだけではない……
妾は……怖いのじゃ……」
かすれた声だった。
「そなたの一生を奪ってしまうことが。
これは……いわば妾のわがままなのじゃ。
ただ一時の愛に溺れ、そなたがいなくなれば……
妾は永遠を……寂しさだけで過ごす。
そなたが先に逝き……
妾だけが残り続ける未来を……
妾は耐えられる自信がない……」
光が揺れ、御珠の影が震えた。
「その上で……そなたに問う。
妾の傍らで生きるというのは……
そなたが“ペット”のように妾に飼われることと同じじゃ。
そなたの自由も未来も……
生まれるはずの命も……
すべて妾が奪う。
それでも……妾のものになろうというのか?」
御珠の瞳は、神の光ではなく、少女の恐れで揺れていた。
凍えるほど弱く、必死にすがるような光だった。
「……雪杜……
よく考えるのじゃ……
人の一生は短い。
じゃが、そなたにとっては……一瞬ではない……
その生涯すべてを妾に捧げる覚悟……
本当に、そなたには……できるのか……?」
世界はさらに静まり、
雪すらも落ちることを忘れた。
ふたりの呼吸だけが、
止まった時間を震わせていた。
―――
御珠の言葉は、静止した世界の中で雪杜の胸に沈んでいった。
ひとつ落ちるたびに、心の奥のどこかがきしむ。
雪も風も止まっているのに、彼だけが息を荒くしていた。
「……僕……」
声を出そうとすると喉が詰まる。
言葉が重くて、胸から先に進んでくれない。
「……子どもが……できない……
……家族も……作れない……
みんなみたいに……“人としての幸せ”を持てない……」
言葉にすればするほど、理解の追いつかない未来の重みだけがのしかかる。
まだ幼いはずの指先が震え、雪杜はそれをごまかすように胸の前で握りしめた。
「そんなの……
そんなの……すごく……寂しいのかもしれない……
僕、本当はよくわかってないけど……
でも……きっと……」
胸の中心がぎゅっと痛む。
深く息を吸おうとしても肺が小さくなるみたいに、呼吸が浅い。
「……たぶん、大きくなったら……
みんなが家族を作って……
子どもを抱いて……
幸せそうにしてるのを見て……
僕だけ……違うままなんだって……
思い知らされるんだと思う……」
言葉を吐くほど、未来が冷たく突きつけられる。
雪杜は唇を噛みしめ、目を伏せた。
「……僕、弱いから……
そしたら……泣いちゃうかもしれない……
苦しくて……
御珠のこと……恨むかもしれない……って……
ちょっと思った……」
その正直すぎる言葉に、御珠の瞳が揺れた。
彼女の胸にも、別の痛みが走ったようだった。
けれど雪杜は、そこで終わらせなかった。
「でも……でもね……」
顔を上げると、瞳に涙が滲んでいる。
それでもまっすぐで、逃げない光だった。
幼さと覚悟が、ひとつの色になって震えていた。
「僕……御珠がいない方が……もっと怖いよ……」
御珠の名を呼ぶ声が、ひどく切ない。
「……雪杜……」
「御珠が消えるなら……世界がどうでもよくなるくらい……
心が……空っぽになる……
それが……一番いやだ……」
胸に手を当てる。
その手は震えているのに、声だけがまっすぐだった。
「人としての幸せも……子どもも……
本当はよくわからないけど……
御珠といる方が……僕は“生きてる”って感じがするんだ……
御珠がいない世界は……僕にとって……意味がない……」
その言葉は強さではなく“素直さ”でできていた。
小さくても、その決意に嘘はない。
「だから……御珠の“わがまま”だって言うなら……
僕も……わがまま言うよ……
御珠といたい……
それが全部なんだ……」
雪杜は震える息のまま、最後にひとつだけ残った言葉を押し出す。
「……僕の一生……奪っていいよ……
御珠に……全部……預けたい……」
雪杜がそう言った瞬間、御珠は世界の中心で撃ち抜かれたように固まった。
粒子の身体は震え、瞳だけが揺れて、揺れて、揺れ続ける。
声がやっと漏れた。
「……雪杜……そなた……後悔せぬのか……?」
震えた問いは、神の威厳など欠片もない。
ただ必死な少女の声。
雪杜は迷わず答える。
「しないよ」
御珠の胸が、はっきりと跳ねた。
「妾……嫉妬深いぞ……?
咲良にも、嫉妬しちゃうぞ?」
「……うん」
その“うん”は、優しさと決意でできていた。
御珠はさらに追い詰めるように続ける。
「他の娘らが、そなたに触れただけで……胸が痛むぞ?」
「うん」
「そなたが……誰かに褒められただけで……
妾は……泣きそうになるやもしれぬ……」
「いいよ、泣いても」
御珠の肩が震えた。
まるで、雪杜の言葉に触れた場所から壊れ始めていくみたいに。
強かった声がひどく弱くなる。
「そなた……
友と遊んでいても……
妾のこと……思い出してくれるのか……?」
「毎日思い出すよ。忘れない」
御珠は息を呑む。
その返事は、神よりも残酷で、優しくて、逃げ場がなかった。
「妾……寂しがりじゃ……
そなたが少し離れるだけで……
胸が苦しくなる……
それでも……それでも……」
「僕もだよ。御珠が離れたら、苦しい」
その“苦しい”に、御珠の全身がふるりと震えた。
胸に手を当て、崩れ落ちそうに息を漏らす。
「そなたが大人になり……
皆が恋をして、家族をつくり……
歳を重ねていく中で……
妾だけは“時を帯びぬ身”のまま……
変わらぬ姿でそばにおるのじゃ……
それを……怖いと思わぬのか……?」
雪杜の答えは、迷いの影すらなかった。
「思わないよ。
御珠が隣にいてくれる方が……僕は嬉しい」
「……う……」
御珠の瞳の奥が、決壊する。
そこにあるのはもう神の光ではなかった。
幼い少年の言葉が、彼女の理性を溶かしきった。
御珠は、ただの少女になっていた。
その少女は――
世界よりも、永遠よりも、神であることよりも“雪杜”という一人の少年を選びかけていた。
「……雪杜……」
御珠が呼んだその声は、もう“神”のそれではなかった。
震えて、弱くて、今にも崩れてしまいそうな――
守られる側の、小さな女の子の声だった。
彼女は目を伏せ、雪杜を見る瞳が、恐れと渇望を同時に湛えている。
「雪杜……。
……そなた……ほんに……妾を、選ぶのか……?」
雪を止めた世界の中、少年の答えは迷いなく落ちる。
「うん。御珠が良い」
御珠の瞳が大きく揺れた。
その震えは、神としての揺らぎではなく――恋に落ちた少女の、それだった。
「……そなた……
妾のこと……
ひとりに……しない……?」
「絶対しない」
その瞬間、御珠の瞳から涙がこぼれる。
粒子の光と混ざり、空気の中に淡い軌跡を残した。
「……雪杜……
……ゆき……と……」
名前を呼びながら腕が空を切る。
長い永遠を生きた存在とは思えないほど、弱り切った声音。
「……こわい……
そなたを縛るのも……
そなたに離れられるのも……
全部こわい……
でも……」
言葉の途中で何度も震え、胸の奥に沈んでいた“女の子としての本心”が零れていく。
そして御珠は――
両腕をそっと広げた。
自分でも驚くほど弱い仕草で、震えたまま雪杜に歩み寄る。
「……雪杜……
抱いて……くれぬか……
妾……もう……ひとりで立てぬ……」
その願いは、神ではなく少女の叫びだった。
雪杜は静かに歩き寄り、細い身体をそっと抱きしめる。
その瞬間、御珠の身体がビクリと跳ね、次の瞬間には雪杜の胸に溶けるようにしがみついた。
「……雪杜……
雪杜……
……雪杜ぁ……」
涙に濡れた声で、名前を何度も、何度も呼ぶ。
世界にふたりだけしかいないことを確かめるみたいに。
抱き合った温度が、静止した世界を満たしていく。
溶け合う体温に合わせるように、周囲の光がゆらりと揺れ、呪いがふたりに吸い寄せられるように収束を始めた。
御珠はその流れの中で、震えながら告げる。
「……妾……そなたのものになりとうて……
こんなにも……心が壊れそうじゃ……
……こわい……
でも……そなたのそばが良い……
ずっと……ずっと……」
雪杜は優しく背を撫でながら言う。
「一緒に生きよう、御珠」
御珠の瞳がじわりと潤み、頬を寄せたまま小さく頷く。
「……うん……
……うん……
雪杜……雪杜……」
ふたりが強く抱き合った瞬間、静止していた世界の光が、かすかに揺れた。
その中心には――
神でも少年でもなく、ただ“互いを選んだふたり”がいた。
―――
雪杜の胸に顔を埋めたまま、御珠はしばらく震えていた。
世界が止まり、光さえ揺れない静寂の中で、彼女の呼吸だけがかすかに波を作っている。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。頬を流れた涙の粒子は光に溶け、彼女の瞳は――
もう“神”ではなく、恋に落ちた少女の深い翠だった。
「……雪杜よ……
そなたの覚悟……しかと受け取った……」
震えた指先が、そっと雪杜の頬に触れる。
触れた瞬間、光が小さく揺れた。
その指は迷わず彼を選んでいた。
「次は……妾が問う番じゃ……」
「……御珠……?」
御珠はそっと彼を見上げる。
額が触れそうな距離で、御珠は息を吸う。
「雪杜よ……妾に……一生を捧げてくれぬか……?」
その問いは、神の命ではなく――
少女の願いだった。
雪杜の指先が震え、小さな手が御珠の袖をぎゅっと掴む。
「逃げてもよい。
迷ってもよい。
答えられぬなら、それでよい……
じゃが……そなたの言葉で聞かせてほしいのじゃ……」
世界が息を止める。
雪は空中で凍りついたまま、ふたりだけを照らす舞台照明になっていた。
雪杜はゆっくりと顔を上げる。
御珠の深い翠と視線がぶつかり、幼い身体に似合わないほどの覚悟がそこで静かに形を持つ。
ひと呼吸置いて。
「……はい」
御珠の瞳が、決壊したように揺れた。
「……雪杜……」
「僕の一生……御珠にあげるよ」
その言葉は、魂の奥から落ちてくるような静かな宣言だった。
御珠の唇が震える。
恋と恐れと幸福が、同じ熱で混ざり合っていた。
「……雪杜……そなたを……感じさせよ……」
御珠の指先が、雪杜の衣をそっと掴む。
世界が光に満たされ、境界線がふたりを包み込むように揺らぐ。
御珠はそっと目を閉じ、雪杜の頬に両手を添え――
「妾の……愛し子よ……
妾の……生涯よ……」
唇が触れた。
静止した世界の中で、ただ雪だけがふわりと溶けて落ちた。
光が波紋のように揺れ、ふたりの間で“契り”が静かに結ばれていく。
短く、やわらかく、けれど未来を誓い合うほど深い――
ふたりの最初の口づけ。
「……これで……妾はそなたのもの……
そなたも……妾のものじゃ……雪杜……」
「……御珠……」
時間はまだ動かない。
ふたりのキスの余韻だけが“永遠”のように残り続けた。
―――
キスの余韻が、まだふたりの唇に淡く残っていた。
御珠は雪杜の頬に添えた手をゆっくり離し、胸に手を当てて深く息を吸う。
その呼吸と共に、少女の表情に再び“神”の面影が戻ってくる。
「……雪杜。
妾はこれより……
そなたの呪いの流れを……妾にのみ繋ぐ……」
響いた声は祈りのように静かで、澄んでいた。
空へ吸いあがる光の粒に、世界が従っていく。
雪杜は不安に揺れながらも、こくりと頷いた。
「そなたの魅了、愛執、祈り、呪い……
それらすべての“行き場”を……妾ひとりに定める」
その宣告と同時に、御珠の足元に薄い光の円が描かれた。
祠の影が揺れ、空気が震え、神域がひらく。
御珠は雪杜の手をそっと取って言う。
「雪杜。
そなたの魂に宿る呪いを……妾に預けよ。
拒むなら、この儀は成立せぬ」
雪杜は小さく頷いた。
逃げるつもりなんて、最初からない。
「……お願いします」
御珠の瞳がわずかに揺れる。
だがすぐに、儀を執り行う神のそれへ戻った。
御珠は雪杜の胸にそっと手を置き、
もう片方の手を自らの心臓に当てる。
「――《常闇の呪よ》」
祠の奥がうなり、空気が重たく沈む。
雪杜の胸がじわりと熱を帯びた。
「《その迷いと破滅の行き先を》」
光の線がふたりの胸を繋ぐ。
脈打つたび、心臓の代わりに光が波を押し返してくる。
御珠の声は神の響きを帯びた。
「《天より外れし妾が》
《ただひとり受け持とう》」
光が激しく脈打ち、雪杜の身体から黒い揺らぎがゆっくりと溢れ出す。
それは悪意ではなく――“愛されすぎた力”の影。
「……御珠……」
「恐れるな。
これは妾が望んだこと――
そなたが望んだことじゃ……」
黒い揺らぎが御珠の胸へ吸い込まれ、彼女は小さく歯を食いしばった。
「……くっ……
重い……が……よい……
これしき……雪杜の痛みに比べれば……」
祠の闇が光を帯び、御珠の輪郭がかすかに歪む。
「《呪よ、定まれ》」
「《向き先はただひとつ》」
「《妾が受け持つ》」
最後の文言が落ちた瞬間、黒い揺らぎは白い光へと変わり、御珠の胸に刻印となって収束した。
「っ……は……!」
光が弾け――儀式は成功した。
―――
御珠は息を切らし、その場に膝をついた。
粒子の髪が揺れ、肩が小刻みに震えている。
「御珠!?大丈夫?」
雪杜が駆け寄り腕を支える。
「だ……大丈夫じゃ……
ただ……そなたの呪い……思ったより……強く……て……」
顔を上げた御珠の瞳は――
もう完全に“雪杜しか”映していなかった。
「……雪杜……」
「う、うん?」
御珠はそっと頬へ手を伸ばす。
触れた瞬間、息を呑むように震えた。
「……そなた……愛おしすぎる……
なんじゃこの胸のざわめきは……
息が、できぬ……」
「御珠……?」
「雪杜……雪杜……雪杜……
妾……そなたの名前呼んでおらんと……落ち着かぬ……
どうすればよい……?」
完全に副作用が爆発した。
理性はもう生きていない。
「妾、嫉妬する……
今のそなたを誰にも見せとうない……
妾だけが……そばにいたい……
触れたい……離れたくない……」
「……僕も……」
御珠はふらりと雪杜に抱きついた。
その抱擁は甘く、必死で、乱れていた。
「ゆきとぉ……
妾……そなたが……好きで好きで……
どうにかなりそうじゃ……
どうしてくれる……?」
雪杜は驚きながらも、そっと抱き返す。
「……御珠……大好きだよ」
「っ……っ……!!
その言葉……胸が……熱い……
耐えられぬ……
雪杜……もっと……言うておくれ……」
「御珠。僕は御珠が大好きだよ。ずっと一緒にいたい」
「……あぁ……妾……もうだめじゃ……
雪杜の言葉……甘すぎる……
脳が……溶ける……
妾、そなたに一生取り憑いてしまう……」
こうして――
呪いを自らに向けた代償として、世界で最もデレデレの神が誕生した。
―――
御珠は雪杜の腕の中で、ゆっくりと呼吸を整えていた。
粒子だった姿から、本来の形を取り戻していく。
胸の鼓動がまだ早い。
頬には淡い紅が残り、さっきまで見せていた“神の顔”とはまるで違う柔らかさで、視線を静かに雪へ落とす。
その瞬間――
止まっていた雪が、ふわり、と動き始めた。
光がほどけ、世界が呼吸を取り戻す。
「世界が……戻っていく……」
雪杜のその呟きは、光に溶けるように静かだった。
御珠は驚きも歓びも浮かべず、ただ雪杜の声を確かめるように見つめていた。
「……御珠のおかげだよ」
その一言に、御珠ははっと息を呑み、恥ずかしいように雪杜の胸へそっと額を寄せる。
「妾は……ただ……
そなたをひとり占めしたかっただけじゃ……
……情けない神よの……」
その弱気な言葉とは裏腹に、彼女の声はどこか誇らしげでもあった。
「そんなことないよ。
御珠が僕を守ってくれたんだ」
雪杜が差し出す言葉はいつだって優しい。
御珠はためらいながら雪杜の手にそっと触れた。
触れただけなのに、胸が苦しいほど跳ねる。
その震えを隠すように、御珠は小さく息を飲んだ。
「……雪杜。
そなた……手……つないでもよいか……?」
「うん。ずっとつなぐよ」
雪杜が指を絡めると、御珠は小さく息を漏らした。
その温度が胸に染みこんでいく。
「……妾……いま、泣きそうじゃ……
こんなにも……幸せで……胸が苦しい……」
「泣いてもいいよ」
「泣かぬ。
……代わりに、こうしていたい……」
御珠はそっと雪杜の肩へ頭を預けた。
甘えるように。少女のように。
永遠を生きた神が、ようやく誰かに寄りかかれた瞬間だった。
「……雪杜……
帰ろう……
そなたと妾の……日常へ……」
「うん。帰ろう、御珠」
ふたりが並んで歩き出す。
絡めた指は、もう離れるつもりがなかった。
冬の雪は、いつものように静かに降り続ける。
呪いは御珠ひとりへ定まり、世界は安定を取り戻した。
そして――
少年と神は、生涯の契りを胸に、これから続く“ふたりの日常”へと歩き出した。
―――
『神愛 ― 永遠の刹那 ―』を読んでいただきありがとうございます。
本家『神をも魅了する少年は神様に愛されたいようです』は終始シリアス展開でしたが、こちらは時折ギャグも交えつつ、学園生活がメインのストーリーで展開する予定です。
序盤、数話はしっちゃかめっちゃかになった世界を精算するために、シリアス展開が続きますが、第4話より学園生活がスタートします。
もし物語が少しでも心に残ったなら、♥や★で応援してもらえると嬉しいです。
あなたのひと押しが、この物語の続きを紡ぐ力になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます