【一章完結】呼び名で変わる義兄妹のカンケイ ~美少女義妹に死ぬほど甘やかされる!?~

花薄荷

序章 義妹とのカンケイ

プロローグ 6月14日 白亜の城の窓辺から

 梅雨真っ盛りの六月の中旬、俺、風神かぜかみ 結弦ゆづるは梅雨晴れの日光に照らされた病床の上で、左手で教科書をめくって、迫りくる高校二年一学期末テストの為の勉強にのぞんでいる。


 利き手の右腕は、6日前に行った手術の処置で完全に固定され、自由に使うことができない。



「兄さん、やっぱりめくりづらいようなら言ってくだされば私が捲りますよ。」


「大丈夫だ、ページを捲るくらいなら一人でもできるし、これからしばらく羽月はづきには迷惑をかけるから、これくらいは一人でやらないとな。」



 そう声をかけてきたのは、三ヶ月ほど前に家族になったばかりの一歳下の義妹いもうと風神かぜかみ 羽月はづきだ。

 可愛いと美しいが同居した端正たんせいな顔立ちに、長く美しい黒髪を持つ、掛け値なしの美少女だ。


 そんな美少女は今、こうして俺のお見舞いに来てくれていて、病院の個室で二人きりで勉強をしている。


 明日には退院なので、正直お見舞いの必要は無いと思うのだが、この義妹は入院中こうして足繫あししげく病室を訪れて、家で習慣となっているように俺の勉強を見てくれている。



 俺の実の親は母親の方で、羽月の方が父親となるので、俺たちが家族になった時に、羽月たちが持っていたこの風神かぜかみという珍しい苗字に、俺の苗字は変わった。

 今のえんが結ばれる前には、母さんの旧姓の樋上ひがみという苗字を名乗っていた。



 そういえば、これで俺の苗字が変わるのは都合三回目で、これもなかなかに珍しい経験だよな、などと取り留めのないことを考えていると、やや不満そうな顔をした義妹の声に現実に戻される。



「そう思うのなら二度と無茶なことをしないでくださいね。いくら兄さんが私の為を思って〜、などと申されても、結果がこれでは元も子もありません。」



 文字面にするとトゲを含んだ感じの言い方に感じるけれど、義妹は穏やかな声色で言ってくれているため、実際は優しくさとしてくれているように聞こえる。



「分かってる。もうこんな無茶をするのはこれっきりだ。」


「ふふっ、本当ですか?兄さんはなんだか同じようなことがあったら、また無茶をしてしまいそうですけれど?」

「本当だって、」



 もう何度か同じようなあやまちをしてしまっているので、俺は思わずその先を言いよどんでしまう。



「今度こそ…多分。」

「そこは自信を持って言い切ってくださらないと。」



 そう言いながらころころと笑う羽月の表情は、その持ち前の美貌びぼうを更に押し上げて非常に魅力みりょく的で、その姿は義妹であっても思わず見惚れてしまうほどだ。



「でも、そうですね、兄さんのいざという時、人の為に力を尽くせる、そんなところが私は…」



 羽月の言葉は尻すぼみになって、最後まで聞こえなかった。

 何と言っていたのだろうか、とはかるように見つめていると、羽月がやや慌てて照れ隠しするように、



「と、とにかく今後は無理は禁物きんもつですよ。学校での評判も、学力も、利き手の具合もゆっくりと取り戻していけばいいんですから。その為のお手伝いはこれからも私にお任せください。兄さんの為に、誠心誠意努めさせていただきます。」



 と言ってきた。が、照れ隠しのつもりなのに、結局結構恥ずかしい事を言ってきてないか?


 とはいえ、最近は羽月に助けられっぱなしで、事あるごとに手厚い甘やかしを受けているのは事実なので、この面倒見のいい義妹には感謝しきりである。



「ありがとうな、羽月。肝に銘じておくよ。」

「いえ、妹として当然のことです。」



 常日頃から甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが妹として当然かはさておき、俺は一度、そんな羽月に対して暴言を吐いて、突き放してしまったことがある。


 家族としての繋がりを大事にしていた羽月のことを、不必要に貶して突き放してしまったのだが、そんな俺に羽月は苦悩しながらも受け止めて向き合ってくれた。


 羽月がそうしてくれなければ、間違いなく今の自分は無いわけで、本当に感謝はいくら伝えても足りないくらいだ。



「いや、兄妹が居た事が無いから分からないけど、ここまで世話を焼いてくれるのは当然でも普通でも無い気がするぞ。」


「もう何度も似たようなセリフを聞いた気がしますね。世間一般で普通でなくても私と兄さんの間では普通です。」



 うーん、強い。そして、そのセリフこそ何度も聞いた気がする。



「そう、私と兄さんは…義兄妹で、なんですから。」



 けれど今、羽月がその『家族』という言葉を口にした時、どこか複雑そうな表情を浮かべていたのは気のせいだろうか。


 気にはなったが、羽月はそれ以上何も言ってこなかったので、既に家では習慣となっているように羽月と二人肩を並べて、勉学に励んだ。




 §




「んん…っと。」



 日も傾き、いい時間になってきたので、勉強を切り上げて二人ともゆっくりしている。

 勉強で凝り固まった体を伸びをしてほぐそうとすると、癖で右手も上げようとしてしまって、思わず苦笑してしまった。


 羽月は羽月で「病院でもお許しがあれば、お茶をお出ししたい場面ですね、兄さん。」などと冗談を言ってくる。

 そして、自宅では本当に勉強が一段落つくと、お茶菓子と共に欠かさず出してくれているので、その台詞せりふを聞いた俺は再び苦笑してしまった。


 その発言をした当の羽月は、その冗談で俺が笑ったことに満足すると、俺の隣から離れて窓際の方に向かった。そして、何かを思案する様子で外を眺めながら風に吹かれている。

 初夏の香りを含み始めた風が、さらさらと義妹の美しい黒髪を揺らしていて、なびく髪が茜色あかねいろの陽光を照り返しキラキラときらめいてる光景がとても綺麗で、俺は思わず息を呑んだ。



 そんな光の中にたたずむ義妹を眺めながら、俺は義妹に何を返してやれるのかと考えてみる。

 正直、羽月と家族になっていなければ、俺は未だに過去にとらわれ続けて苦しみ続けていたかもしれないし、そうでなくとも今ほど学校の成績は向上していなかっただろう。


 なので、兄として羽月に何か返してあげたいと思っているのだが、この出来た義妹は物欲などとは縁遠い性格をしているし、望んでいることがあるとすれば、家族としての暖かい繋がりのある生活なのだが、それはもう達成してしまっているようなものである。


 俺は三ヶ月前までは赤の他人だった義妹達と、同じ家で仲良く過ごす今の暮らしに、暖かな家族愛をはっきりと感じている。

 家族であれば恩義の貸し借りなどは要らないという考え方はあるけれど、やっぱりそれはそれ、これはこれだと俺は思う。




 そんなことを考えながら、いかほどの時間羽月を見つめていただろうか?

 俺が見つめていることに気付いた羽月と視線が合い、羽月は柔和にゅうわ微笑ほほえんで「今日はもう帰りますね。」と口にした。


 先ほど『家族として~』と言った後から、少しいつもと様子が違って見える羽月の様子が気にかかるけど、その理由にまで思い当たらない俺はそのまま見送る事しかできない。


 けれど、そのまま出ていくのかと思っていた羽月の方が扉の前で立ち止まると、何かを決心したように突然振り返ってきた。



「兄さんは、今の私たちの関係をどう思っていますか?」



 義妹が突然そんなことを聞いてきて俺は困惑してしまう。

 でも、その義妹の表情は、今浮かべていた柔らかい表情と打って変わって真剣そのもので、軽い気持ちで聞いてきてはいないことを察する。

 今の俺たちの関係か… なら、明け透けに俺の本心を伝えてみよう。



「どうって…心地よく思っているのは間違いないよ。俺も元の家族関係に問題があって母さんが離婚したわけだし、今みたいな仲睦まじい家族関係って良いものだなって心から思ってる。」



 うん、こういうこと素直に言うの結構恥ずかしいな…でも、これは家族関係を大切にする羽月の望む回答だったはず、と思っていたら、なぜか羽月は嬉しさ半分悲しさ半分といった少し複雑な表情をしている様だ。



「そうですよね… 今の風神家は私の望んだ温かい家庭であるとは思います。」



 やはり羽月も今の家族関係が好ましいものだとは思っている様だ。だが、これでは羽月が複雑な表情を浮かべた理由に繋がらない。



「うん。やっぱり私、色々とやってみたいことができました。ひょっとしたら上手くいかなくて、色々とご迷惑をかけてしまうかもしれないですけれど、それでも私のことを見ていてくれますか?」



 その言葉は、ちょうど羽月の望みを知りたかった俺には正に渡りに船だ。

 俺が「うん、羽月のやりたい事ならなんでも手伝うよ。」と口に出しかけたところで、羽月がそれより早く言葉を結んだ。




「――で、では、『結弦さん』、また明日。」




 その言葉を口にした途端、羽月は俺の回答を待たずにぴゅぅっ、と素早く部屋から出て行ってしまった。






 記憶にある限りでは、羽月が俺の事を名前呼びした事は無かったと思う。今のが、多分、初めてだ。



 では、どうして今、この瞬間、三ヶ月前に家族になったばっかりの義妹は、俺の名前を口にしたのか。



 それを言葉にした時、いったいどんな思いを込めたのか? 義妹は俺たちの間にどんな関係をこいねがったのだろう?






 人との交流経験が豊富とは言えない俺が、数少ない経験と知識をもって、必死に義理の妹が義理の兄を突然名前で呼ぶ理由を考えていると、ふと、とある可能性に思い当たり、意識した途端とたんに顔が熱くなってくる。


 その後も想像に想像を重ねてみるも、ちょっぴり頑固で、お茶目な所もあって、そして何より優しい義妹の、その胸中を正確にさっすることは出来なかった。出来なかったけれど、俺の自惚うぬぼれも込みで予想すると、多分こういうことだと思う。




『俺と義妹とのカンケイは義兄妹では終わらないのかもしれない――』

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