第22話 除霊のつもりが、ただの夜食

その晩魔王は眠れなかった。幽霊の件で不安だったのだ。


「やっぱり退治しておかないと。」


魔王は起きようとした。しかし寝ているセナの手足が体に絡みついていて簡単ではなかった。魔王が動こうとしたら、セナに壁側へ押し返された。


「ケッ…」


魔王はもうすこし力を入れてセナを押しのけ、やっと脱出した。


「セナちゃん…クラーケンみたい。」


ベッドを独り占めするようになったセナは体勢を変え、大の字になった。魔王はそんなセナを後にして部屋の外に出た。真っ暗だった。

だが、魔王は怯えることなく堂々とロビーに向かった。魔族の目は闇を見通す。それに、魔王は魔王。幽霊なんかに怯えるほど柔ではなかった。

カウンターに薄く灯がつけられていた。でもロビーには誰もいなかった。静まり返った空間に漂う冷たい空気を感じて魔王は眉をひそめた。


「やっぱり、いるね。」


幽霊は周りに冷たい空気を発する。幼い頃魔王城では、夏を乗り越えるために幽霊を部屋に放し、クーラーとして愛用していた。でも、それはあくまで『第一型』の話。


「早く排除しないと。」


ユーズはいつも『幽霊はカビだ』と言っていた。彼女は魔王の部屋で幽霊を発見するとすぐに除去した。

魔王はそれが嫌だった。幽霊は性能のいいクーラーであるうえ、自動掃除機でもあったからだった。いくら散らかしてもどうしてか全部片づけてくれる。幽霊は有益で役に立つ存在だと魔王は思い込んでいた。

彼女は魔王城の自分の部屋に幽霊を何匹か隠しておいた。それは大きな過ちだった。


「あの時は油断したんだから。」


幽霊たちはいつの間にか『第二型』へと進化してしまった。第二型の幽霊は物に定着し劣化させる。魔王が隠しておいた幽霊たちは部屋の家具という家具に憑き、ボロボロにした。クロゼットや机、ベッドは勿論、一番大事にしていたウサギの人形まで腐ってしまったのだ。

魔王はその日大切な宝物を失っただけではなく、ユーズにおしりペンペンまでされた。


「そんなのもう許せない。」


ここじゃ、何かに幽霊がついても魔王がおしりを叩かれることはないだろうけど彼女には守りたいものがあった。魔王は厨房に入った。そして壁に掛けてある配達用のカバンを睨んだ。

もし宿の幽霊がこのカバンについたら…革は腐って、底が抜けて、もう美味しい料理を運ぶことはできなくなる。仕事を失った自分は追い出されてしまう。昼間に掃除をされていたことを見れば宿の幽霊はまだ第一型であるはずだった。


「カバンは無事。まだ間に合う。」


帝王学では幽霊のお祓いのしかたを詳しく教えている。なぜなら、武器の仕入れに繋がる重大事だからだ。もし、幽霊が魔剣についたら?魔剣の弱化は勝負の結果を変える原因になり得る。

除霊の始まりは幽霊を呼び寄せる餌を作ることからである。


「材料から探さないと。」


魔王は厨房のあっちこっちを漁った。必要なのは肉、油、塩、そしてニンニク。肉は幽霊をおびき寄せ、油は閉じ込め、塩は浄化し、ニンニクは排除する。

彼女はそれらを全部見つけ出した後、下ごしらえをした。ニンニクはつぶし、牛肉はサイコロ状に切った。そして皿に集め、油を適当にかけてよく混ぜた。そして周りを見回した。


「ここはちょっと狭いかも。」


魔王はまたロビーに出た。床に塩を注いで魔法陣を描いた。下ごしらえをしておいた材料は魔法陣の上部に持ち上げ、手を離した。

ボテッ。

肉は塩の上に落ちた。


「あれ?」


魔法陣が正しければ肉は空中に浮かぶはずだった。魔王は魔法陣を描き直した。それからまた肉を置いた。

ボテテッ。


「え?餌づくりの魔法陣、どう描くんだったっけ?」


魔王は何回も描き直してやっと正確な魔法陣を完成させた。油とニンニクを塗った肉が浮かんだ。彼女は誇らしそうに両手を腰に当てた。暫くして、片手を魔法陣の方へ伸ばし、呪文を唱えた。


「こい!」


魔法陣に火がついた。この火が肉を温め、幽霊がそれを自分の元の肉体だと錯覚させる。

ロビー全体が温かくなり、肉が焼かれる匂いが漂った。


「いい匂い…」


魔王は鼻をひくひくさせながら匂いの元を探した。でもどこからするのか見当もつかなかった。

魔王城でお祓いをするとき餌として使っていたのはゾンビドラゴンとか泥沼トカゲの肉だった。だから魔王は餌の牛肉からいい匂いがするとは想像もしていなかった。

彼女がクンクンしながらあっちこっち見回している間、火が消えた。 例外はあるが、ほとんどの場合それはもう周りに幽霊がいないという証拠。


「もう終わり?」


予想した時間より早く終わって首を傾げながらも魔王は魔法陣の中心に浮かんでいる餌に近づいた。そこにはもう幽霊が入っているはずだった。後は肉に捕まった幽霊を土に埋めるだけ。

クンクン。

美味しい匂いは餌に近づけば近づくほど強くなった。餌の牛肉からは肉汁が出ていてつやが良かった。いい匂いは間違いなくそこから出ていた。


「あり得ない。」


魔王は呟きながらサイコロ状の餌を一つ取り上げた。この中には幽霊が入っている。この中には幽霊が入っている。この中には幽霊が入っている!何回も自分に言い聞かせたが、

ジュルリ、ペロリ。

我慢できず、餌の牛肉を口に入れた。一回噛んだら肉はすぐ溶けて喉にすんなりと飲み込まれてしまった。


「これって…」


魔王はもう一つのサイコロを取り、食った。ニンニクのうまみ、ミディアムレアの牛肉の柔らかさが火を纏って踊った。それは舌を舞台にした魂の公演。彼女はその派手なパフォーマンスに抗うことができず、サイコロ牛肉ステーキを全部食べてしまった。


「どうしよう!食べてもよかったのかな?」


しでかしてから不安になった魔王が焦っている時だった。


「君、ここで何をしている?」


いきなり目の前に現れた黒髪ストレートの少女が魔王に話しかけた。変だった。魔王は少女が近づく気配を感じていなかった。直面している今も人の気配は感じられない。


「ヒイッ!」


幽霊には第一型、第二型以外にももう一つの種類がある。それは第三型。人に取り憑くやつだ。それから除霊の餌にもかからない例外にも当たる。


「私一人の時間を邪魔して。許せない。」


少女がゆっくり魔王に近づいた。


「い、いやー!」


魔王の悲鳴がロビー全体に響いた。

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