第5話 恩返しと請求書
『フ~』
魔王は12時頃起きた。寝坊するのは久しぶりのことだった。カーテンを払って窓を開けた。暖かい日差しが入ってきた。お腹が空いた。昨日食べられなかったクッキーを口に入れようとしたそのとき。
『ユリアおねえちゃん、それたべちゃダメ!』
下を見たらフレイヤが両手を振っていた。魔王は理由を聞こうとした。が、フレイヤが建物に入ってくるのが見えた。
『どうしたんだろう。』
ふと魔王の頭に不安がよぎった。昨日くれたお菓子が惜しくなって取り戻しに来たのでは?魔王だったら絶対そうするはずだった。ユーズにブローチをプレゼントしたが、一晩考えてみれば欲しくなっちゃて返してくれと我儘いったことがあったのだ。
『そうはさせない!』
彼女は袋一つ分のクッキーを一気に詰め込んだ。ユーズは結局そのブローチを返してくれなかった。魔王もお菓子を返してあげる気はなかった。
でも問題が発生した。クッキーに喉が詰まってしまった。周りには飲み物が何もなかった。ちょうど、そのタイミングに誰かノックした。魔王はやっとドアを開けた。ドアの外側にはフレイヤとセナが立っていた。
『水を汲んできます!』
セナは息が詰まっている魔王を見て、反射的に下へと駆け下りて行った。
魔王はゴクゴク水を飲んだ。
『大丈夫ですか?マオウノ様。』
聞くセナに魔王はカップを置いてから頷いた。
『もう、たべちゃダメっていったのに。』
『ごめんなさい…』
四歳のフレイヤに叱られて魔王は反省した。
『でも、お腹空いたもん。』
『大変失礼かと存じますが、本日お伺いしたのは食事にお誘いするためでございました。』
『え?本当?じゃクッキーは食べなければよかった。』
『だから、たべちゃダメだって!』
『申し訳ありません。』
怒鳴るフレイヤに魔王は首を下げた。
『うちのフレイヤをお助けくださったことにお礼を申し上げたくて、ぜひご馳走したいと存じましたが、もし、すでに十分にお召し上がりでしたら、本日のお食事はまたの機会になさいましては、いかがでしょうか。』
『せかいでいちばんおいしいものたべるつもりだったのに。』
『それってロリポップよりおいしい?』
『うん!』
魔王は衝撃をうけた。ロリポップは彼女にとってもう生涯食べたもの中で一番おいしいものだった。それよりおいしいものがあるなんて。
彼女の目はまるで星々が振りかけられたように期待で輝いていた。が。
いざと食堂で皿を前にしたら死ぬ魚みたいに濁っていた。食卓に置かれたのは前菜のスープだった。色の薄い、濁った液体。魔王にはそれが故郷でよく食べていた泥みそスープのようにみえた。
『これって…世界で一番おいしい食べ物?』
『いや!でもこれもおいしい!』
誘ってくれた二人は文句を言わずよく食べたので魔王も手を震えながらスープに挑んでみた。
『えっ?おいしい。』
スープで土の匂いが全然しなかった。暖かく舌を撫でてくれる感覚が食道を沿って体に染み込んだ。
魔王は時間を味わうようにゆっくり食べた。フレイヤはもう食べ終わっていた。その子は皿を持ちあげて表面に残ったスープをなめようとした。するとセナが稲光より早く皿を奪いつつ鋭い目で睨んだ。
『食事は?』
『きれいに。』
自分も皿を舐めようとしていた魔王は諦めることにした。
次出たのはクリームパスタだった。見た目は骨粉注ぎミミズ焼きと似ていてちょっと不快だったけれどスープも美味しかったから躊躇いなくフォークを口に運んだ。そうしたら彼女の視界は太陽を目の前にしたように真っ白になってしまった。
ぼんやりとしていた魔王は知らない食卓で目を覚めた。そこには何も置かれていなかった。
『えっ?パスタは?』
『申し訳ありません。宿の食堂でパスタは提供しておりません。』
そう言いながらセナはサンドイッチを魔王の前においてくれた。
そう言われて魔王の記憶が戻った。彼女たちは食事を終わらせて街を見て回った。二日前から続けられているという祭りの行進や、広場で披露されるサーカス、中心街の買い物スポットはもちろん、花火大会まで見て宿に戻った所だった。
パスタがあまりにもうまかったため、彼女の記憶は一時的に吹き飛んでしまったのだ。
『お腹空いた。』
魔王はサンドイッチを秒で食べた。彼女の体は人間界の食べ物をほしがっていた。魔界でためてきた汚れを払わないといけないというように。
『羨ましい。君たちは毎日こんなにおいしいものを食べて生きてきたんだね。』
『おいしく召し上がってくださりありがとうございます。』
その言葉と一緒にセナは小さい紙を渡した。
『これは何?』
『レシートとなります。』
『でもあたしお金ないもん。』
『チェックアウトなさる際宿泊代と一緒にご精算いただければよろしいです。』
『え?宿泊代も?でもあたし一文無しだもん。』
セナは戸惑った表情を見せた。
『えっ?』
『フレイヤを助けた恩返しで部屋を提供してくれたんじゃなかった?』
『えっ、でも。』
しばらくの間黙っていたセナはやっと口を開けた。
『少々お待ちください!』
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