第17話 それぞれの道!

「はー!やっと決まったね、配属先!」


 制服の詰襟を緩めながら、フェルが伸びをする。

 二人の座るベンチは日向だが、春先の空気はまだ肌寒かった。


 褒賞休暇残りわずかとなったその日、ミーシャとフェルは、都の天気魔法師団中央司令部を訪れていた。

 褒賞の褒美になっていた希望の配属先について、バリー団長と面談をするためだった。

 フェルの合図で、二人はまだバリー団長しか知らない自分の配属先を、せーので打ち明けることにした。


「いくよ、せーのっ!防災省!」


「東部沿岸防護隊!」


 二人は顔を見合わせる。


「やっぱりミーシャは、東部か」


「うん、フェルも防災省に決めたんだね」


 フェルが、熱を込めて話す。


「この間の旅行のときさ、金糸の賢者様の話を聞いて、思ったんだ。この人には敵わないなって。あの小型魔法陣……観測士不足を、技術開発で解決するなんて、俺は思いつきもしなかった」


 ミーシャがフォローする。


「でも、家で師匠が言ってたよ。教育面の改善も絶対必要だって。フェルは、目のつけどころがいいって、師匠がほめてた!」


 フェルは、意外そうに言った。


「本当に?金糸の賢者様が、ほめてくださったんだ、俺のこと。いつか防災省で、金糸の賢者様と一緒に、仕事できたらいいな!」


 フェルが人懐こく笑った。湖畔の町での作戦以来、フェルはすっかりルクスに懐いたようだった。


「ミーシャは、その……いつかは戻ってくる?東部から」


 フェルに尋ねられて、ミーシャが静かに答えた。


「フェル、あたしのことは待たないで」


「え……?」


 フェルが慌てている。


「もしかして、旅行中、俺が先走って、将来のこといろいろ言ったの、気にしてる!?」


「それも、ちょっとはある……」


 ミーシャは正直に答えた。


「ゴメン!あれは撤回する。そのときそのときで、一番いい方法を、二人で話し合っていけばいいと思うんだ」


 これまでと全く変わらない誠実さで、フェルがミーシャとの将来を語る姿に、ミーシャの胸はチクンと痛んだ。


「そうじゃないの、フェル。あたし、フェルのお嫁さんにはなれない」


 しばらくの間、フェルが言葉を失う。

 ミーシャの表情で、フェルには分かってしまった。


「……俺じゃないんだ、ミーシャがずっと一緒にいたい人は」


 ミーシャの瞳が潤んでいる。フェルは、ミーシャの頬を撫でた。

 二人とも、次の言葉がなかなか出てこない。


 突然、フェルが立ち上がると、空に向かって叫んだ。


「あーあ、フラれたぁーーー!」


「ちょ……ちょっとフェル!」


 慌てて、ミーシャも立ち上がる。

 フェルが、いたずらな笑顔を向けた。


「でもさ、俺よくやったと思わない?ミーシャの初恋も、ファーストキスの相手も、一生俺だもんね!」


 耳まで赤くなったミーシャを、フェルが親友のハグで抱きしめた。


「ミーシャ、それぞれの場所で、頑張ろうね!」


「うん、元気でね、フェル」


 ミーシャ18歳、フェル19歳─春の日差しの中、二人は別れた。




 その日の夜、ルクスはめずらしくミーシャと一緒に食事できる時間に帰ってきた。

 自室で上着を脱いだところに、ミーシャが入ってきた。


「師匠、疲れてるところゴメン。今、少し話せる?」


「構わないが……」


 ミーシャがベッドの縁に腰掛けるので、ルクスもその隣に座った。

 あの日、湖畔の町まで追っていったのに、ルクスはまだミーシャに自分の気持ちを伝えていなかった。


 あの場で、自分の気持ちをぶつけてしまうこともできた。

 でも、フェルとミーシャの姿を見ていたら、それはひどく幼稚な方法に思えた。


 これから二人がどんな形で将来を決めるのか─その結論を待ってからでもいいと思ったのだ。

 自分の気持ちが叶うかより、ミーシャが決めたことを大事にしたいと、ルクスは思っていた。


「師匠、あたし決めたよ。東部に戻る」


「そうか……魔弾の射手あいつも一緒か?」


 ミーシャからは意外な答えが返ってきた。


「フェルは行かない。バディは解消するし、婚約もしない」


「いいのか、それで。好きだったんじゃないのか?」


「フェルのことは、大好きだよ!」


 ルクスの胸には、刺さる一言だった。

 でも、次のミーシャの言葉は、それ以上にルクスの胸を揺さぶった。


「でも、あたしの『特別な大好き』は、師匠だから!」


 ミーシャの虹色の瞳に、迷いはない。 


「師匠があたしに天気魔法を授けてくれたから、故郷の島がなくなっちゃっても、家族がいなくなっても、あたしはこの国で、たくさん素敵なことがあったの」


 これは、現実か─?ルクスは、ミーシャの言葉をまだ飲み込めない。

 

「3年前の誓いは、まだ有効だから。あたしは絶対師匠を一人にしない。都と東部で、どんなに離れてても、あたしはこれから先も、師匠と一緒に生きていきたい!」


 ミーシャの両手が、ルクスの頬を包む。

 グイッと顔を引き寄せられて、ルクスはミーシャから拙いキスをされていた。


 ルクスは、両頬に添えられたミーシャの手を取って、自分の手の中にやさしく握った。


「大人になったな……逃げ回っていた己が情けない」


 自分の告白への肯定でも否定でもない、ルクスの言葉に、ミーシャは少しじれったそうな表情を浮かべる。


 今度は、ルクスがミーシャの頬を両手で包んだ。

 ルクスの口から、今まで堰き止めていた思いが溢れ出す。


「ミーシャ、お前は嵐だ。いつだって私の心を、掻き乱す。昔から私は、お前のこととなると、まるで歯止めが利かない。でも……この虹色の瞳が、いとも簡単に、私の心を晴らすんだ」


 ミーシャの瞳が真っすぐに自分を見つめているというのに、まだ覚悟が決まらない。照れ隠しに、ルクスは少し目を伏せた。


「今さら気づいた私を、笑ってくれ。私は、昔も今も、ずっとお前に恋している─」


 ミーシャの虹色の瞳から、大粒の涙があふれたのに気づいて、ルクスは動揺した。慌てて、ミーシャの頬を拭う。

 今度こそルクスは、ミーシャの瞳を真っすぐ見つめ返した。


「今度は、私に3年くれ。お前を追いかける準備をするから」


 やっとミーシャが笑顔になる。ギュッとルクスを抱きしめて、ミーシャは小さく何度も何度も頷いた。




 それからのルクスは、忙しかった。


「海洋研究所?」


 ルクスの上司である国立気象研究所所長が、聞き返す。


「はい、東部気象台の管轄に、新しい研究所を設立したいんです」


「それは、近年の君の仮説『海面温度の上昇による台風の巨大化』を裏付けるために、現地で実証研究をしたいということかね?」


 ルクスは頷く。


「実は、海面温度の上昇は、台風に限らず、この国の気象全体に影響を及ぼしているのではないかと。世界の海の拡大の謎にも迫る、重要な研究になると考えています」


 うむ……と考え込んだ所長に、さらにルクスは続ける。


「今はまだ海面温度を正確且つ継続的に測定する方法が、確立されていません。立体天気図では取得できないデータです。現地で試行錯誤しながら、測定法から研究開発してみたいのです」


 ルクスの口ぶりから、決心が固そうなことは、長年の付き合いで分かる。所長は、一つ小さくため息をついてから聞いた。


「何年後をめどに進める予定なんだね?」


「3年後に開設します」


 ルクスの言葉に、所長は少し驚いたようだった。


「なかなかタイトだね。君にはまだ取り組んでほしい研究テーマもたくさんあったんだが……」


「それなら、私が優秀な研究者を紹介します。この日のために、後進を育ててきたのですから」


「それは心強いね。君の推薦なら、安心だ」


 所長が目を細めたのを見て、ルクスは所長室のドアの外へ向けて、声を掛けた。


「……だそうだ。入りなさい!」


「は、はいぃ!」


 裏返った声で返事したその男は、所長に向かって、勢いよく頭を下げた。


「金糸の賢者様の研究は、私、ジョシュア・テールが、誠心誠意引き継がせていただきますぅーーー!!!」


 所長が呆気に取られる中、ルクスはニヤリと笑った。


「とうとう万年助手卒業だな!」


 ジョシュアの主任研究員採用が決まった瞬間だった。



 その日、リリー・ローレン大統領はご機嫌だった。


「アナタからお誘いなんて、うれしいわね、ルクス!」


 向かいの席で、ウキウキと大統領がランチのメニューを選んでいる。

 いつもは平日にルクスが呼び出されるのが定番だったが、今日は大統領の完全オフの日に、ルクスがランチをごちそうするという、今までなかったパターンだった。

 注文したビーフシチューオムライスを待ちながら、大統領が尋ねる。


「それで、折りいって話というのは、何かしら?」


 ルクスの目が光る。


「率直に言って……恋バナです」


「話を聞こうじゃないの」


 大統領の目が真剣になった。

 ルクスが話を始めると、大統領は面食らった様子だったが、すぐに退屈そうに、運ばれてきたオムライスをつつき始めた。たっぷり30分ルクスが熱弁を振るい終わった頃には、大統領はオムライスを完食していた。


「……というわけで、海洋研究所にご寄付を賜りたいのです」


 そう言って、ルクスが微笑むと、大統領が青ざめる。


「これのどこが恋バナ……っていうか、新手の詐欺!?」


 不親切な説明だったことは認め、ルクスが咳払いをして言った。


「実は、愛する人を追って、東部沿岸地方へ、3年後に移住することに決めたのです。それで、東部で研究を続ける段取りをつけようと」


「…………」


 たっぷり10秒、間があってから、大統領が叫んだ。


「なんですってーーーーー!!?」


「大統領閣下、公衆の面前ですよ!」


 ルクスが慌てる。


「愛する人って!!?今すぐ詳しく説明なさい!!!」


 大統領は、ルクスの胸ぐらをつかんで揺すった。

 1時間後、根掘り葉掘り進んだ大統領の恋愛事情聴取が終わった。


「やっぱりワタクシの目に狂いはなかったのねぇ!」


 大統領が得意げに言う。


「あのお弟子さんの晩餐会の夜、アナタったら、控えめに言って、嫉妬心むき出しだったじゃない?あんな態度、アナタが今までお付き合いしてきたお嬢さんたちには、絶対取らなかったわ。本音の自分を出さずにはいられなかったってことよ!」


「あれは……自分の未熟さだったと」


 ルクスの顔が赤い。


「いいじゃない!人は本気の恋をして、成長していくものよ」

 

 しかし、そこで大統領の表情が、スンとなくなった。


「……で、そこから寄付に、話が繋がらないのだけど?」


「大統領閣下がおっしゃっていたので。私の恋愛ウォッチが唯一の趣味だと」


「たしかに言ったわ?」


「そんなに無趣味なら、さぞかし個人資産がおありかと思いまして。どうせなら、私の恋に投資なさってはと考えました」


 甘い笑顔で言ってのけたルクスに、大統領は言った。


「ルクス、アナタって、ワタクシ好みの美青年には違いないけど、男性としては、わりとクズよね……」


 ルクスは、否定しなかった。


「まぁ、真面目な話、基礎研究なので、ちょっと予算取りで苦労してましてね。場合によっては、民間の寄付を募れるような形態にしようかと」


 ルクスがため息をつく。


「アナタってそういうところは真面目よね。ワタクシの権力を頼れば、研究所の一つや二つ、すぐに建つのに」


「大統領閣下、サラリと職権濫用をご提案なさるのは、いかがなものかと……」


 大統領は、感慨深げだ。


「それにしても、エリート街道まっしぐらのアナタが、愛する人のために、都を離れるなんてねぇ。こんな結末は、全く予想していなくてよ!」


 ルクスが、穏やかな笑顔を見せた。


「地位も名誉も金も、ミーシャの前では、何の意味も持ちませんから。あの子と共に生きるためなら、私は何だってできる……って、大統領閣下!!?」


 号泣する大統領に、ルクスはそっと自分のハンカチを差し出したのだった。




 東部沿岸防護隊に戻ったミーシャには、意外なニュースが待っていた。


「今年は、魔法学院アカデミーから新人が1名入るぞ!」


 ジル隊長の発表に、みんな浮き立っていた。先輩隊員が尋ねる。


「また首席か次席ですか!?」


「いや……下から数えて、4番目の成績だそうだ」


「…………」


 一同が微妙な空気になるのを、ジル隊長が必死にフォローする。


「しかしだな!ミーシャを慕って、この東部沿岸防護隊を志願したそうだ。熱意があれば、筋肉は育つ!」


 アルマがミーシャに尋ねる。


「ミーシャ、知ってる奴なのか?」


「全然。あたし、フェル以外、魔法学院アカデミーに友だちいなかったし」


「へぇ、密かに憧れてた後輩とかなのかねぇ?」


 二人は小首を傾げた。


 着任初日、肩が凝りそうな天気魔法師団の制服で、新人は挨拶した。


「デン・フリッツです。本日より、よろしくお願いします!」


 車座に座った屈強な先輩隊員たちから、拍手が湧き、歓迎と激励の言葉が飛ぶ。

 挨拶を終えたが早いか、デンがズンズンとミーシャのほうへ迫ってきた。

 何事かと周りがザワついたのは杞憂で、デンはミーシャに深々と頭を下げて言った。


「自分、銀糸の雷花らいか様の魔法に、ずっと憧れてきました!自分のこと、覚えてらっしゃいますか!?」


「……?誰?」


 ミーシャには、全く心当たりがない。


「あの、あなたは飛び級で卒業されましたけど、魔法学院アカデミー入学同期です。昔、雷競争をした……あなたの称号の元になった騒動の……」


「…………」


 皆が答えを待つ中、ミーシャはたっぷり考え込んだが、答えはシンプルだった。


「ゴメン。全っっっ然記憶にない」


「えーーーー!!?」


 デンは、がっくり肩を落とした。

 ジル隊長は、密かにデンに同情して言った。


「ミーシャ、面倒見てやれ。フェルが抜けて、お前バディいないだろう。後輩ができてよかったな!」


 ミーシャは、文句こそ口にしないが、明らかに不満顔だ。そっけなくデンに言った。


「まず、身体鍛えて。朝練は、絶対参加!」


「はいっ!」


「あたし、最強だから。足引っ張らないように、食らいついてきて!!」


「はいっ!!」


 マッスル隊員たちは、ミーシャの自然すぎる強制勧誘に、深く感謝したという。



 *  *  *



 ルクスは、海洋研究所の開設準備のために、都と東部を奔走し、ミーシャは、東部沿岸防護隊の任務に邁進する日々。

 約束の3年は、あっという間に過ぎた。

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