第三章 恋の嵐

第14話 嵐の晩餐会!

 ミーシャが都に戻った夜、バリー団長の家には、久しぶりに団欒の時間が流れていた。


「まぁまぁ、ミーシャ、見違えたわ!すっかりきれいなお嬢さんになっちゃって」


 エレノア夫人が感慨深く言うと、バリー団長も頷く。


「いやー、あのチビのミーシャがなぁ!」


 ミーシャが口を尖らせる。


「二人とも、あたしもう大人だよ!」


 ミーシャの言葉に、それなんだが……とバリー団長は切り出した。


「大人になったら、後見人はいらないんだ。元難民と言っても、お前は今や天気魔法師団に所属する、立派な国家公務員だしな。でも、後見人じゃなくなったって、ここはずっとお前とルクスの家だ。いつでも頼りなさい」


「バリー団長、大好きー!」


 そう言って抱きついたミーシャを見て、ルクスとエレノア夫人は、顔を見合わせて笑った。

 見た目は大人になっても、こういうところは、子どもの頃から全然変わらない。


 エレノア夫人が、キッチンから次々に湯気の立つ料理を運ぶ。大好物のローストチキンに、ミーシャは今にもよだれを垂らしそうな勢いで、目を輝かせた。


「あたしも、ワイン!」


 ミーシャの言葉に、ルクスたちはちょっと驚く。


「そうか、お前も酒が飲めるようになったんだなぁ」


 バリー団長が目を細める。

 四人は再会を祝して、グラスを合わせた。


「バリー団長、来月からの配属先は、バリー団長と相談して決めろって言われてるんだけど……」


「仕事の話は、職場で話せばいい。褒賞授与式が済んでからにしよう」


「聞いてないぞ。これから3年は首都にいるんじゃないのか!?」


 ルクスがちょっと焦った様子で、口を挟む。


「あ、師匠ごめん。今回は褒賞授与式のために帰ってきただけで、先のことは何も決まってないの」


「そうなのか……」


 分かりやすく肩を落としたルクスに、エレノア夫人は言った。


「ルクス、あなたもそろそろ弟子離れしなさい!ミーシャは、褒賞まで授与されるお国が誇る天気魔法使いなのよ。あなたのお世話係じゃないんだから」


「ミーシャは、自分がしたいことをしたらいい!よく考えて、自分の気持ちに正直に決めなさい」


 バリー団長のアドバイスに、ミーシャは笑顔で頷いた。

 ところで……と、エレノア夫人が話題を変える。


「ミーシャ、あなた、褒賞授与式のドレスは選んだの?」


 ミーシャがキョトンとする。


「ドレス?天気魔法師団の制服じゃダメなの?エレノア夫人が注文してくれたやつ」


 バリー団長が説明する。


「褒賞授与式の式典は制服でいいんだが、その後の晩餐会は、女性はドレスなんだよ」


「でも、あたし、ドレスなんて持ってないよ」


「買えばいいだろう。私が祝いに贈ろう。明日、街に買いに出るぞ」


 ルクスの提案に、ミーシャは無邪気に喜んだ。


「師匠とお買いもの?やったー!」


「エスコートは、もう誰かに頼んだのか?」


 バリー団長が尋ねると、ミーシャがとくに何も考えていない様子で答える。


「え?フェルと一緒に出るなら、フェルじゃダメなの?」


 とたんに、ルクスがピリッとした表情になった。


「エスコートは、私だろう。当然だ。お前の師匠なんだからな」


 ルクスの言葉に、バリー団長とエレノア夫人が顔を見合わせる。


「それとも、お前は私の贈ったドレスで、別の男のエスコートを受ける気か?」


 機嫌が悪くなったルクスに、ミーシャは戸惑った表情を浮かべる。

 それに気づき、少しバツの悪くなったルクスは、視線を逸らした。

 エレノア夫人が、ちょっと呆れたように、バリー団長に囁く。


「ルクスったら、師匠を通り越して、まるで恋人気取りね……」


 二人は、小さくため息をついた。



 翌日、ルクスとミーシャは、都の高級店街のブティックを訪れていた。


「金糸の賢者様、いつもご贔屓いただいて、ありがとうございます!」


 店主のマダムが、愛想良く出迎える。

 早速ドレスの試着が始まった。


「まぁまぁまぁ!東部帰りの天気魔法使い様と聞いて、屈強な方を想像してましたのに、きれいなお嬢さん!スタイルが良くていらっしゃるから、何でもお似合いだわ〜!」


 たしかに、とルクスは頷いた。

 東部の任務で鍛えられたミーシャのしなやかで引き締まった身体に、細い腰、長い手足は、ドレス映えする美しさだった。


「何かお好みはあります?」


 店主に聞かれたが、ミーシャには何も答えられることがない。


「あたし、全然分かんなくて……」


 ルクスが矢継ぎ早に、指示を出す。


「身体のラインがきれいに出るデザインがいい。ミーシャの魅力が引き立つ。ゴチャゴチャした装飾はいらない。胸元は必要以上に見せないように。逆に、背中は少し大胆に開けてはどうだ?」


 店主は、俄然乗り気だ。


「さすが、金糸の賢者様!センスが良い。分かってらっしゃるわ!」


 ルクスは、テーブルに広げられた何枚もの布の中から、夜空のような藍色のグラデーションが美しい生地を手に取った。


「この生地はいいな。マーメイドラインに仕立てられるか?控えめにラインストーンをあしらってもいいな」


 店主の女性が、少し声のトーンを落として、ルクスに尋ねる。


「こちら、最高級の生地となっておりますけど……ご予算は?」


「予算はない。が、3日で仕上げてくれ」


「か、かしこまりましたー!」


 ミーシャが一言も口を挟む間もなく、ブティックでの買い物は終わった。



 ルクスとミーシャが高級店街を後にしようと歩いていたところ、ルクスがふとアクセサリー店の前で足を止めた。

 そのままミーシャを店の外に待たせ、中に入っていく。

 ルクスは、すぐに小さな包みを持って、戻ってきた。


「帰ろう」


 ルクスが柔らかく微笑んで、ミーシャの手を引いた。



「違います!そこで一礼して、また進む!」


 褒賞授与式当日の朝、式典のリハーサルで、ミーシャとフェルに、大統領府職員から檄が飛ぶ。

 ただでさえ、慣れない天気魔法師団の制服に身を包み、緊張している二人の顔には、不安しかない。


「あら、大分固いわね」


 後ろから声を掛けられて、ミーシャとフェルは振り返った。

 上品な深い青色のスーツに身を包んだ女性が立っていた。


「今日はアナタたちが主役なんだから、そんなに緊張しないで!進むタイミングは、ワタクシが指示するわ。礼のタイミングは、大統領府うちの職員に合わせればいいから」


「あの、あなたは……?」


 フェルの問いに、茶目っ気たっぷりにウィンクして、そのちょっとふくよかな婦人は答えた。


「ワタクシ?通りすがりの大統領。恋バナが大好きな56歳、独身よ!」



 褒賞授与式本番は、その日の午後から、政府要人が勢揃いして、厳かな雰囲気の中始まった。


「二人とも、前へ」


 正面の壇上に立つ大統領が、花道に立つミーシャとフェルに声を掛ける。

 天気魔法師団の制服に身を包み、姿勢を正した二人は、歩幅を揃えて、リリー・ローレン大統領のすぐ前まで進み出て、一礼した。


「天気魔法師団、東部沿岸防護隊所属、『魔弾の射手しゃしゅ』フェル・クスト!」


「はい!」


 大統領が、賛辞を贈る。


 「優れた作戦立案と大胆な実行力により、わが国の危機を救った功績を、ここに讃えます」


 フェルが一礼すると、会場は拍手に包まれた。


「同じく『銀糸の雷花らいか』ミーシャ・カグラ!」


「はい!」


「己の魔力を尽くし、災害現場で勇敢に戦い、命がけで国民を救ったこと、同じ女性として、大変誇らしく思います」


 ミーシャに向ける大統領の眼差しは、やさしかった。


「これからもアナタがたが、このメフト共和国と国民のため、一層力を尽くすことを願います!」


 大統領の言葉に、会場から惜しみない拍手が送られた。


 式典後、ミーシャとフェルは、大統領に導かれて、広場に面した大統領府のバルコニーに向かった。

 バルコニーの下には、ミーシャとフェルが想像もしていなかった景色が広がっていた。

 小さな国旗を振るたくさんの人々から、歓声が上がっている。


「さ、手を振ってあげて!みんな喜ぶわ」


 大統領に促されて、フェルとミーシャがおずおずと手を振ると、歓声は一層盛り上がり、祝福や感謝の声が至るところから上がった。


 ミーシャは、それを不思議な気持ちで見ていた。自分の働きを讃えてくれる人たちに囲まれて、初めて自分が災害難民ではなく、この国の一員として認められた気がして、ミーシャは胸が熱くなった。


 次の瞬間、ミーシャとフェルは、目を見張った。広場の群衆の後ろの方から、一筋の金色の光が空を駆け上ったのだ。


「金の糸……師匠!?」


 上空で、雲間に金色の光が広がったかと思うと、空を覆っていた薄雲が嘘のように晴れ、広場の上に爽やかな青空が広がった。

 広場の奥で、控えめに手を振ったルクスに、ミーシャは身を乗り出して、力いっぱい手を振り返した。



 晩餐会のミーシャの身支度は、ドレスの着付けはもちろん、細部までエレノア夫人が整えてくれた。

 授与式ではシンプルに一つに結んでいた長い黒髪を、ゆるりとアップに結い上げる。

 わたしのお古で悪いけど……と言って、エレノア夫人は、真珠をあしらった銀色の髪飾りを挿してくれた。


「ミーシャには、薄化粧で十分ね」


 そう言って、エレノア夫人は、軽くおしろいを叩く。

 ほんのり色づいた頬、控えめにきらめく目元、つややかに彩られた唇。


「なんかわたしじゃないみたい……」


 鏡を見て、ミーシャは不思議そうにつぶやいた。

 ちょうど身支度が整った頃、控室のドアがノックされる。


「ミーシャ、私だ」


「ルクス、仕上がってるわよ」


 エレノア夫人が答えた。

 部屋に入ったルクスは、ミーシャの姿に目を見張った。

 言葉も出ないルクスに、エレノア夫人は満足そうに胸を張った。


「師匠、変かな……?」


 自信なさげなミーシャに、ルクスは甘い笑顔を向けた。


「立派なレディだ」


 濃紺のフォーマルスーツの胸ポケットから、ルクスは小さな包みを取り出し、ミーシャの手に渡した。


「開けていいの?」


 ルクスが頷く。


 包みからは、繊細な彫刻を施した、銀色の華奢なバングルが出てきた。

 ルクスがミーシャの細い手首に、バングルをはめる。手首できらめくバングルに、ミーシャはしばらく見惚れていた。

 ふとエレノア夫人が気づく。


「あら、ルクス。これはおそろいなの?」


 ルクスの手首には、同じデザインの金色のバングルが光っていた。


「師匠とおそろい、うれしい……!」


 頬を赤らめて、ミーシャは大事そうに手首のバングルを握った。


「そろそろ時間だ!」


 腕を組み、ルクスに導かれて、ミーシャは晩餐会の会場へと踏み出した。



 昨年褒賞授与の「金糸の賢者」ルクスと、今年の晩餐会の主役「銀糸の雷花」ミーシャが、揃って入場したことは、周囲から大きな注目を浴びた。


「師弟とも、輝くような美しさですこと!」


「銀糸の雷花様は、褒賞授与式での凛々しい制服姿とは全く印象が違いますな。まるで夜空に浮かぶ月のような美しさだ!」


 周りで次々に囁かれる称賛の声は、ルクスの耳にも届いていた。



「師匠、師匠!これ、なにっ?めちゃくちゃおいしい!!」


 上品な盛り付けの前菜を、一気に平らげて、ミーシャがルクスに話しかける。


「ミーシャ、大口を開けて食べるんじゃない。もっとゆっくり優雅に……」


 晩餐会が始まると、中身は食い意地の張った子どもと変わらないミーシャに、周りは微笑ましい視線を送った。

 向かいに座った防災省長官夫妻も、笑顔だ。


「東部の天気魔法使い殿は、称号とは違って、ずいぶんかわいらしいお方だ」


 長官が笑えば、夫人も応じる。


「任官してたった3年での褒賞授与は、金糸の賢者殿も、師として鼻が高いでしょう」


「恐れ入ります。まだまだ未熟者で……」


 ルクスは、苦笑して返した。


「昨年の金糸の賢者殿の受賞に続いて、銀糸の雷花殿の受賞─糸の一門は、黄金期と言えるのではないですか?」


「そう言っていただけると、光栄です」


 ルクスは丁重に頭を下げた。


「しかし、実力もさることながら、このお美しさでは、屈強な男性ばかりの東部沿岸防護隊で、何かとご心配が尽きなかったでしょう!」


 朗らかに笑って、軽口を叩く長官に、ルクスは内心イラッとした。


「悪い虫が付かないかと、私も気を揉んでおりました」


 貼り付いたような笑顔のルクスに気づき、長官夫人は隣から軽く夫をたしなめた。

 フルコースの食事も終わり、宴も酣となったところで、ルクスとミーシャは、大統領に退出の挨拶をして、会場の出口へと、腕を組んで歩いていた。


 すると、晩餐会中は話をする機会のなかったフェルが、ルクスとミーシャの前に進み出た。シルバーグレーのスーツ姿のフェルは、いつもの人懐こさより、凛々しさが勝っていた。

 フェルがミーシャに目配せをすると、ミーシャがハッとした顔をする。


 フェルは跪くと、真っすぐにルクスの目を見つめて、迷いのない口調で言い切った。


「金糸の賢者様に、お願いがあります。私、『魔弾の射手』フェル・クストと、あなたの弟子の婚約をお許しください!」


 周りから、歓声が上がる。


「若いお二人は、恋人同士だったのか?」


「魔弾と糸、ライバルの一門の垣根を超えた恋……なんてロマンチックなのかしら!」



 数秒間があって、フッとルクスが口の端を上げて笑った。


「魔弾の射手殿、それは無粋というものだ。今夜は二人で余韻に浸りたい。その件は、別の機会にしてくれないか。の間に、割って入れるものならば、だが」


 次の瞬間、ミーシャが小さく「わっ!」と声を上げた。ルクスがミーシャを抱き上げたのだ。


「失礼する!」


 跪いたままのフェルの横を通り、抱き上げたミーシャの長いドレスの裾をたなびかせて、ルクスは会場をあとにした。


 この恋の鞘当てに、ギャラリーは大いに盛り上がった。

 会場の奥から一部始終を見守っていた大統領は、小さくつぶやいた。


「ふふっ、ルクス、いい傾向ね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る