第32話 『フェアリー』の宣戦布告

「今度はこっちから仕掛けて、つまんない噂なんてひっくりかえしてやるんだから!」

 

 玲奈はそう言って、不敵に笑う。


「こっちから仕掛けるって、どうするんだ?」


 問いかけると、玲奈は胸を張る。


「そりゃ、動画で宣戦布告してやるのよ! そんで真正面からぶっ飛ばす!」

 

 勢いだけはいつも通りだ。


「玲奈らしいわね」


 隣で脚を組んでいた沙耶が、呆れ半分に微笑んだ。


「それで、どこにどう呼び出すつもりなの?」


 そして、沙耶の現実的な問いに、玲奈の表情が一瞬だけ引き攣る。


「そ、そりゃ……まあ、ダンジョンのテキトーな所……とか?」


 途端に、配信画面のコメント欄がざわついた。


“考えなしジャマイカ”

“勢いだけは良いよね”

“計画性って言葉知ってる?”


「――」


 言葉に詰まった玲奈が、ちらりとこちらを見る。


 助けを求めるような視線だ。


「まじか……」


 思わず本音が漏れ、小さく溜息をつく。


「敢えて言うが、此処まではっきりした証拠がある以上、ギルドに報告すれば最低でも冒険者ライセンスの長期停止や降格処分は確定だ。わざわざ自分達で動く必要は無いぞ?」


 冷静に事実を告げると、玲奈は不満そうに唇を尖らせた。


「でもそれじゃ、ちょっとネットニュースになってお終いでしょ? 汚名返上にならないじゃない」


 どこか拗ねた様な、感情的な反論。


 復讐心から来るものかと思ったが、それを沙耶が静かに否定する。


「玲奈は先生への世間の誤解を解きたいのよ」


 沙耶の視線が、俺に向けられた。


「いや、別にそういう訳じゃないからね! あくまで、『フェアリー』の評価よ!」


 慌てて否定する玲奈に、沙耶は首を傾げる。


「動画へのコメントの文句も、殆ど先生の事に対してだったのに?」


「はあ!? そ、そんな事無かったでしょ……! ――無かったわよ!?」


 玲奈は俺と視線が合うと、より強く主張した。

 その必死さが、リスナー達を喜ばせる。


“レイナはツンデレさんだからな”

“安定のレイナ”

“おっさんと絡んでから、デレの頻度が上がったよね”

“ツンデレイナ”

“↑誰が上手い事言えとw”


「誰がツンデレイナよ! 変な概念産み出さないでくれる!?」


 画面に向かって叫ぶ玲奈に、コメント欄はさらに加速した。


“w”

“草www”

 

 そのやり取りに、思わず小さな笑いが零れた。

 

 しかし、笑ってばかりもいられない。

 

 玲奈の言う通り、『フェアリー』に向けられた批判は、たとえ今回の主犯が処分されたとしても、簡単には消えないだろう。

 

 誤解を完全に解くには、相当なインパクトが必要だ。

 

 それこそ、当事者である俺達自身の手で、犯人を捕まえる瞬間を生で配信するほどの。

 

 直接対決にはリスクがある。

 

 だが、あの男達のように、玲奈や沙耶をいつまでも情欲にまみれた視線に晒しておく訳にはいかない。


「わかった、任された手前だ。リーダーがそう言うなら、作戦を立てよう」


 覚悟を決めてそう言うと、玲奈の顔がぱっと明るくなる。


「さっすが、おっさん。頼りになるぅー♪」


 ご機嫌そうに玲奈は笑う。


“パーティリーダー変わってもらったら(´・ω・`)”

“それは良いかも”

“俺らも安心”

“おっさんリーダーの『フェアリー(妖精)』かー”

“改名?”


「おい、コラ。変わんないわよ!」


 コメントを見た玲奈が、眉を吊り上げて即座に否定する。


「そのつもりは無いよ。玲奈がリーダーだからこのパーティに入ったんだからな」


 軽く笑いながら告げると、玲奈は一瞬言葉を失った。


「ああ、そう……?」


 照れを隠すように視線を逸らすその仕草に、沙耶が静かに口を挟む。


「それはそれで、なんだか妬けてしまうわね」


 柔らかな微笑みだった。


 この空気は嫌いじゃない。


 いつまでも談笑していたい気持ちはある。


 だが、こちらから仕掛ける以上、準備は必要不可欠だ。


「それじゃ、まずは『ワイルドウルフ』の情報収集からだな」


 そう締めくくると、二人は真剣な表情で頷いた。





『ワイルドウルフ』がたまり場としているカラオケ店。


 その一部屋で彼等は『フェアリー』の動画が炎上しているのを愉快そうに見ていた。


 彼女達に復讐を決めて以来、楽しくてたまらない。


『フェアリー』が上げた動画には最新の物も過去の物もコメント欄は荒れている。


 SNSも荒唐無稽な噂が飛び交っていた。


 メンバー限定の配信を重ね、リスナー達を煽ったかいがある。


 確かに、リスナーの多くは離れて行った。


 だが『ワイルドウルフ』以外にも『フェアリー』の人気を面白く思わない連中は多いらしい。


 特に、あのおっさんの指導を受けていた冒険者達は、そのおっさんが今や自分よりも注目を集める配信者になっているのだから、少し声をかけるだけで集まり、焚きつけるのは簡単だった。


「はは、いい気味だぜ!」


 赤城拓海が、ソファに深く腰掛けたまま声を上げる。


 スマホの画面に映る荒れ果てた彼女達の動画のコメント欄を見て、自然と口元が吊り上がった。


「今頃、あいつらビビってるんじゃねぇの?」


 浅田昴も嘲笑いながらスマホを弄る。


 自分達が仕掛けた騒動が順調に広がっている事が面白い。


「まだ、俺達が発端だってバレてないみたいだ。このままなら大丈夫そうだ」


 黒崎渚は安堵する。


 どこか不安気でもあるものの、炎上を楽しんでいた。


 だが、まだまだ序の口だ。


 もっと屈辱を、恐怖を味わって貰う。


 そして、とことん追い詰めてから最後は直接、この手で蹂躙し凌辱してやる。


 もう今までの様にいかないのなら、我慢なんて馬鹿らしい。


「今度はどうしてやろうか?」


 拓海が楽しげに問いかける。


「家までつけてみるか?」


 昴が軽い調子で笑った。


「それ、誰かがギルドで待ち伏せでもするの?」


 渚は半ば呆れた様にグラスを手に取る。


「そりゃ、お前だろ」


 拓海は即答した。


「そういう根暗なの得意じゃないか」


 昴が追い打ちをかける。


「ひどいなー。そういうのが出来るスキルってだけだよ」


 渚は苦笑しながらも否定はしなかった。


 最低な談笑で閉鎖的な空間の空気が和む。


「ついでに着替えでも盗撮してやれよ。変態共には高く売れるぜ」


 拓海が笑いながら、敵情視察と動画サイトの『フェアリー』のチャンネルを開く。


 この数日は、一度メンバーシップ限定の生配信をした位だったが、新たな短い動画が投稿されていた。


「何したって、もうお前らもお終いだってーの」


 他人の破滅を楽しむ歪んだ笑みを浮かべたまま拓海は動画を再生する。


 大方、必死になって噂は誤解です、と弁解するのかと思っていた。


 しかし、ソファに座る三人の毅然とした表情に、その笑みが消えた。


『今、私達『フェアリー』の噂が広まっているけど、それは全部、事実無根。どこかのバカな陰湿な嫌がらせよ』


 神崎玲奈が迷いのない口調で断言する。


 その声には、はっきりとした自信と怒りが込められていた。


『そして、そのどこかのバカっていうのはアンタ達の事よ。アンタ達の思い通りなんてさせないわ! コッチは証拠もあるんだから!』


 玲奈はそう言い切り、カメラに向けて指を突き付ける。


 拓海はその指先が自分に向けられている様な気がして、思わず身を強張らせた。


 まるで銃口を向けられている様な気さえする。


『このまま直ぐにギルドに通報してやっても良いんだけど、それじゃコッチの気が収まらないからアンタ達にチャンスをあげる。――直接対決よ!』


 彼女は挑発する様に。


『明日の昼。ダンジョン一階層の“この場所”で待っていてあげる。私達に陰湿な嫌がらせして楽しむ位なら正々堂々、勝負した方が撮れ高出来るじゃない? もし、そっちが勝ったらアンタらの好きにさせてあげるわ』


 見せた地図には、赤い線で示されたルートの先の部屋が丸で囲われていた。


『――逃げんじゃないわよ。好き勝手してくれた落とし前、つけてもらうから』


 勝ち誇った様な玲奈の表情を最後に動画は終了した。


「……なんだこれ――?」


 昴が呆然と呟く。


「本当にバレてるのか……? だったら不味いって……!」


 渚の声には明らかな動揺が滲んでいた。


「なんでバレんだよ! 配信したのだってメン限だろうがよ!」


「そ、そりゃ……。メンバーに向こうのリスナーが居たり、こっちのリスナーが裏切ったりすれば……」


 苛立ちに声を荒げる昴に渚は、思いついたことを答えた。


 つい先程まで、そんな心配なんてしていなかったが、一度思い当れば情報が洩れる可能性は幾らでもある事に気付く。


「っても、どうせハッタリなんじゃねぇの……!」


 昴は吐き捨てるが、その表情は硬いままだった。


 動画の収益化が停止され、人気も落ち、全てがどうでも良いと半ば自暴自棄になっていたが、悪事がバレたとなると想像以上の恐怖感だった。


「はは――ははは!」


 狼狽える二人に、拓海は大声で笑い出す。


「なにビビってんだよ。丁度良いじゃねぇか――!」


 拳を握り、余裕を装ったその声が、部屋に響く。


「その証拠が本当か嘘なんてどっちでも良い。向こうから誘って来たんだ、乗ってやろうぜ」


 拓海は好機を見出したようだった。


「イメージ回復の為に、生配信で俺らを晒したいんだろ? だったら、アイツらの配信前にドローンをぶっ壊してやれば良いんだよ」


 不敵に笑う拓海に、二人の表情から次第に強張りが消えていく。


「そうだよな。それにアイツらは最近、Cランクに上がったばっかりの女二人と、万年Cランクの外れ元指導員だ」


「俺達が負ける訳ない、よな?」


 昴と渚は自身に言い聞かせる様に頷いた。


「あたりまえだろ? あいつらの訓練動画見てみろって、基本ばっかで別に大した事はねぇ。実力なんてたかが知れるんだよ」


 拓海は鼻で笑い、断言する。


「それに俺達は敢えてCランクで止めているだけだぜ? 余裕だよ余裕」


 その言葉で、三人とも自信が戻る。


 確かに、『ワイルドウルフ』はCランクに昇格してから随分と経つ。


 本来なら、Bランク昇格も視野に入ってくる歴だ。


 だが、Bランクともなれば、ギルドの管理も厳しくなり、ダンジョン調査などの推薦依頼が来る事もある。そんなのは願い下げだった。


 同じCランクでも格が違うのだ、と勝ちを確信する。


 なにせ、斗真は《強化》なんて地味なスキルの地味なおっさん。


 玲奈のショットガンは強力だが、姿が見えなければ当てられる訳がないし、接近してしまえば組み伏せるのは簡単だ。


 沙耶もスピードが脅威だが、力の押し合いは苦手だ。


 負ける要素は見つからない。


 訓練動画なんかを公開して、実力の底を晒すなんて愚かだった。


「さて、明日はダンジョンで“お楽しみだ”。備えておけよ?」


 拓海達は、戦いの後を想像して下卑た笑みを浮かべていた。

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