第29話 おっさん、炎上する

 玲奈と沙耶がCランクに昇格して、数日後。


 今日は、玲奈の提案で、以前からリスナーから要望の多かった、俺の新人向けの指南動画を撮る事にした。


 二人にも程よく余裕が出て来たダンジョン五階層。


 どこか湿気がこもる通路の奥。俺達は部屋の入口の岩陰に身を隠した。


 玲奈と沙耶が肩を寄せ合いながら、ドローンを手に自撮りを開始する。


「皆、調子はどーお? 『フェアリー』のレイナよ」


「調子はどう? 『フェアリー』のサヤよ」


 いつもの挨拶が囁き声なのは、すぐ目の前の部屋にゴブリン共がいるからだ。


「今から、告知していたおっさんの動画の素材を撮るわよー。今日はその様子の配信だから、おっさんのNGシーンが見られるかもね?」


 玲奈のウィンクでコメント欄が湧き始める。


“待ってましたー”

“wktk”

“良いね”

“囁き声助かる”

“ASMRきちゃー!”

“イヤホン推奨”


 玲奈はその反応を楽しむ様に、小さく笑う。


「丁度、ゴブリンの群れが居る部屋の前に居るから、おっさんには群れとの戦闘のコツを見せてもらうわ」


 ドローンを部屋の中に向けてから、後ろに控えている俺に向ける。


 準備は良い? と彼女の視線に頷いて答えた。


「ってことで、おっさんお願いしまーす♪」


「はいよ」


 玲奈のハツラツとした声と共に俺は剣を抜いて、部屋に踏み込んだ。そして彼女の放り投げたドローンが着いてくる。


「それじゃ、ゴブリンの群れへの対処の一例を見せるぞ」


“オネシャス!”

“お願いします!”

“あい”

“お願いしゃす”

“しゃす!”


 部屋は大小の岩が転がっており、ゴブリンが四体。


「まずは、敵の数と特徴の把握は必須だ。今回は四体。斧が一、折れた剣一、棍棒一、素手一だな」


 そのゴブリン共は、俺の姿に醜い笑みを浮かべて騒ぎ出した。


「ゴブリンは臆病ではあるが、卑怯でもある。一体では逃げ腰になる事もあるが、群れを成すと気が大きくなりがちだ。相手が一人だったのなら、我先にと数を頼りに襲い掛かる事もあるから注意だ」


 言葉通りに四体が距離を詰めて来た。


「今は、画角の外に『フェアリー』の二人も居るが、俺とは少し距離があるから、このゴブリン達は先に俺を仕留めたいらしい」


 剣を構え、間合いを測る。


 最初に飛び掛かって来たのは斧持ちだ。


「こういう場合、強力なスキルなら簡単に打開も出来るだろうが、それ以外に出来る事として“手段を選ばずに数を減らす”のが良い」


 そのゴブリンに軽く剣を振り下すが咄嗟に出された斧の柄で止められる。


 直後に、つま先でゴブリンの腹を蹴り上げた。


「――グゲェ!?」


 そいつは息を詰まらせながら地面を転がり、動きを止めた。


「仮に攻撃を止まられたり、回避されたとしても間髪入れずに二撃目を入れる。蹴りでも何でも良い、仕留められなくても行動不能にさせる事が目的だ」


“攻撃止められたと思ったらわざとだったのね”

“もろ蹴り入った”


「ゲキャキャ!」


 背後から甲高い笑い声。


「そして常に、他のゴブリンにも意識を向けること。――ゴブリンはある意味親切だ」


 振り返ると、ゴブリンが棍棒を振りかぶっていた。


 それに剣を振るい、棍棒を弾き飛ばす。


「変異し妙に知恵の回る個体は別にして、こいつらは“人を襲う際、笑わずにはいられない”。それで接近が分かる」


“おっさん、あぶねぇ! ……そんな事無かった(´・ω・`)”

“そんな事無かった定期”

“確かに静かなゴブリン見た事ねぇや”

“ああ、そういえばそうだ!”

“新人は後ろから殴られる事が多いからな。頭でもやられたら不味い”

“当たり前だが、クソ大事な事”

“実戦的な知識だわ”


「それと、武器を持っている個体ならそれを弾いてやる事も有効だ。ゴブリンは武器を持つ事でも気が大きくなるが、それを奪ってやるとこうして、狼狽えてくれる」


 後退るゴブリンに俺は腰に差していた鉈を抜き、ゴブリンの頭に叩き込んだ。


「そして、予備武器の併用も選択肢の一つだ。ゴブリンは目に見えている武器には警戒するが、隠し持っている武器までは考慮出来ない。意識外からの一手になる」


”鉈!?”

”まあ、鉈も武器になる”

”刃が厚いから、下手な短剣よりも使いやすいかも”


 言いながら、残った二体に剣先を向けると、その場で怖気づいてしまったらしい。


“ヘイヘイ、ビビってる”

“ゴブリン、ビビってる”

“まあ、ビビるわな。俺もビビる”

“四対一で先に突っ込んだ仲間が淡々と処されたら、そりゃビビる”

“最低限の知能はあるもんな”


「ゴブリンは群れをつくるが、仲間意識などは無いと言われている。例え同胞がやられても、それを好機と見て冒険者の隙を攻めてくるか、敵わないと逃げる事が多い。――この二体はどうするべきか躊躇しているようだ」


“それは一番、ダメな反応だな(ゴブ目線)”

“二体目がやられた時点で逃げるべきだったか……”

“おっさんを見かけた段階で逃げるべきだったな”

“↑なんで、ゴブリン目線なんです?”

“ゴブゴブ!(なんだこのおっさん、超強ぇぞ!)”

“……ゴブリンさんがコメ欄に居る……”


 俺はそんなコメントをちらりと見て、苦笑する。


 だが直ぐに切り替えて、剣先で残る二体を牽制しながら、地面で悶えている最初の一体目に近づき、確実に処理した。


「ついでに言うと、手段の一つの例として、その場のリソースも使える事を頭に置いておくと役に立つぞ」


 ゴブリンの持っていた斧を拾い上げ、そのまま投げた。


「ゲ、キャ!?」


 折れた剣を持つゴブリンの頭に直撃し、数秒の痙攣後に身体が霧散する。


“なるほど、利用出来るものはなんでもか”

“物資は現地調達”

“なんだ、おっさん枝使わなくても斧投げられるのか(前動画参照)”

“ゴブリンが持っていたのは触りたくないなー”

“臭そうw”

“投げ武器は便利”


「確かに、ゴブリンの持っていた物に触れるのは抵抗があると思う。だが近接武器しか持たない冒険者の”手軽な飛び道具“としてみれば、有用ではあるな」


“生きるか死ぬかの状況だったら、嫌とか言ってられないよね”

“一般ピープルな冒険者がソロでゴブリンの群れに遭遇したら、その位しないと普通に死ねる”

“泥臭いけど、実際、Dランクは皆泥臭いもんよ”

“生き残る為のガチの術”


「さて、これで一対一。後は俺の個人チャンネルで上げた内容通りで良いが、大抵はこの場合――」


 言い終わる前に最後の素手のゴブリンは背を向けて逃げ出した。


“逃げるんだよォー!”

“一つだけ残った策だった”


「こうなるだろうな。ギルドは可能な限り討伐を推奨しているが、それは自身の状況で判断して欲しい。場合によっては、離脱し地上への帰還を優先するのも正しい判断だ。――無理をして死んでしまったら、意味がないからな」


 そう言ってから、《強化》で身体能力と剣を強化する。


 地面を蹴り、一瞬で逃げるゴブリンに追いつき斬り捨てた。


“トウマさんや、カメラが追えない速度で移動しないで下さい(´・ω・`)”

“地味で堅実な教え方する癖に、本人は普通に強ぇんだもんな”

“ドローンがおっさん探しちゃったぞwww”


「毎回同じようになるとは限らない。今回はすんなり行き過ぎたかな。ただ大事なのは『状況を正確に把握する事』『手段に拘らない事』だ」


“了解です”

“φ(..)メモメモ”

“了!”

“お疲れ様でした”

“乙―”

“一端、休憩かな?”



“こんなの参考にならないよ”


 労いのコメントが流れている中、その一言から空気が変わった。


“↑確かにおっさんの真似は出来ないよね”


“剣士が蹴るとか品が無い”

“ゴブリンの武器を使うなんて正気じゃない”


“なんだお前、さてはアンチだな?”

“お? なんか、今日はアンチが湧いてますな”

“『フェアリー』にもアンチが湧く日が来ようとは……”


 馴染みのリスナーがおどけてみせるが、そのアカウントは止まらない。


“ゴブリン相手に必死過ぎるよ”

“それに最後の動きが出来るんだったら、最初からすれば良い。それが出来ない時点で雑魚確定”

“今のが何が役に立つ訳?”

“段取りちゃんと組んでるの?”


 コメント欄は完全に荒れ始めてしまった。


“このアンチは初見さんなのかな?”

“概要欄見てから、コメどぞ”

“連続コメやめてもろて”

“マジレスすると、元傭兵冒険者の新人向けの動画撮影中な。本人はゴブリン位余裕だけど、新人でも出来る範囲の戦い方を見せてる訳。OK?”


 そして、新たなコメントに俺は息を呑んだ。


“そもそも、このおっさん、ギルドの指導員をクビになってるからな。そんな奴の話を聞く価値なんかない”


「……なに、コイツ」


「ブロックするわ」


 玲奈が低く呟き、沙耶は操作に入る。


 ドローンとペアリングしているスマホを操作して、そのコメント主をコメント欄から締め出した。


 それでも尚、コメント欄の流れは早いままだった。



 荒らしのコメントに煽られてか、俺を批判するコメントが増えていく。


“おっさんがクビってマ?”

“確かにこのおっさん、元指導員だ。クレームが多すぎてクビになってる”

“そういえば、同期で指導員ガチャ外れたって言ってた奴居たわw”

“俺、新人だけど担当の指導員が、『外れ指導員』が居たって言ってた。この人だったんだ”


 胸の奥が静かに重くなるのを感じる。


“トウマの何が外れな訳? 教え方上手いじゃん”

“持ってるスキルが地味。考え方が古臭い。研修期間中は一階層のマッピングを永遠させられるか、基本訓練しかさせない”

“他の指導員は大抵、5階層まで行かせて貰える”

“新人にいきなり五階層は危ないからだろ?”

“だから、普通の指導員なら五階層でも新人を守りながらの指導が余裕なんだよ。わかれカス”

“基本は大事っていうけど、才能あるヤツにまで基本を押し付けるのはどうかと思う。本人に適した指導がある筈なのに”

“教え子に合わせて指導出来ないとか無能じゃん”


 反論や罵倒が混ざり合う。


 そして最低なコメントまで出て来てしまった。


“噂じゃ、新人の女の冒険者に手を出しているらしいぜ”

“マジかよ。おっさんきも”

“きしょ”

“フェアリーの二人にも手出してるんじゃね?”

“んな訳ないだろ”

“今日のコメント欄バカばっかだな”

“寧ろフェアリーがパパ活してそう”

“レイナお金が好きだもんなw”

“おい。お前らもう黙れ”

“サヤ氏、コメ欄もう閉じて”

“配信やめよう。もう収拾つかんわ”


『フェアリー』のリスナー達が言い返しているが、それ以上の批判のコメントが流れて行く。


「ったく、好き放題言ってくれちゃって……。完全に炎上しちゃったじゃない」


「一度、配信を止めるわ」


 玲奈はうんざり気に溜息を溢し、沙耶も口惜しい様に眉を顰めた。


「皆、少し落ち着いてくれ」


 沙耶が操作に入る前に、俺は口を開いた。


「確かに俺は以前、ギルドの指導員をしていたが、会社の方針にそぐわずに解雇された。指導員として実力不足というのは事実だ」


 それでも、と。


「いかなる不貞行為はしていない。『フェアリー』の二人もその様な事実は断じてない。根拠のない憶測を広めるのは止めて欲しい」


 静かに、だが、はっきりと断言した。


 言い終わり、沙耶がスマホを操作して配信が停止された。


 ドローンが投影していたホログラム画面が消えて、周囲は静まり返る。


「――悪い。俺のせいで配信が台無しになっちまったな」


「バカね。おっさんは悪く無いでしょ」


「アンチが出てくるのも、このチャンネルが人気になった証拠よ」


 駆け寄ってくる二人に俺がそう言うと、玲奈は即座に言い返し沙耶も肩を竦ませる。


「さ、折角ダンジョンに来てるんだから撮影の続きするわよ! アンチが湧くならそれ以上にファンを増やせば良いんだから!」


 玲奈の明るい声と笑みに、少しだけ肩の力が抜ける。


 こうして俺達は改めて撮れ高を求めて、ダンジョン探索を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る