三 粘膜による不可逆的な連帯

 私たちが管理者の脅迫によって沈黙を強いられてから三日が経過した金曜日の午後、その破局は、予感された通り、粘着質で不可避なものとして、私たちの日常を破壊しにやってきた。

 全校集会のために全校生徒が体育館に押し込められていた時、校長の退屈で空疎な訓辞が、マイクの不快なハウリングとともに生徒たちの頭上に降り注いでいた。その時、突如として、体育館の床下から、地鳴りのような重低音が響き渡った。それは物理的な地震の振動ではなく、巨大な獣が地下の檻の中で身じろぎをしたかのような、有機的な脈動であり、私たちの足裏を通して骨格へと直接伝わってくる不快な震動であった。

「なんだ、おい」

「停電か?」

 館内の照明が一斉に明滅し、不安のさざ波が生徒たちの間に広がる中、私はステージ脇に立っていた教師Bの姿を目で追った。彼は青ざめた顔で、どこかへ無線連絡を取ろうとしていたが、その表情には明らかに狼狽の色が浮かんでいた。彼が信奉していた管理システムが機能不全に陥り、制御不能な事態が発生していることは明白だった。管理者の仮面が剥がれ落ち、ただの無力で滑稽な中年男の顔が露呈していたのである。

 次の瞬間、体育館の四方の壁にある換気口という換気口から、あの「黒い粘液」が一斉に噴出した。

 それはダムが決壊した濁流のように、あるいは巨大な内臓が破裂して溢れ出した汚物のように、瞬く間にステージを飲み込み、悲鳴を上げて逃げ惑う生徒たちの足元へと殺到した。黒い液体は、まるで意志を持っているかのように床を這い回り、生徒たちの靴や靴下を汚染しながら、体育館という巨大な箱を、消化液で満たされた胃袋へと変貌させていった。

「逃げろ! 外へ出ろ!」

 誰かの絶叫を合図に、パニックが連鎖的に発生した。しかし、出口へと殺到した生徒たちは、絶望的な光景を目撃することになった。体育館の重い鉄製の扉は、黒い粘液によって隙間なく埋め尽くされ、完全に癒着し、封鎖されていたのだ。私たちは、この逃げ場のない密室に閉じ込められ、これから始まるおぞましい儀式の参列者として拘束されたのである。

「クソッ、あいつら、制御に失敗しやがったんだ」

 Kが私の腕を強く掴み、混乱する人波をかき分けて壁際へと誘導した。「ここは危険だ。奴の狙いは無差別じゃない。コアがあるはずだ。そこへ向かっている」

 Kの冷徹な推測は正しかった。黒い濁流は、逃げ惑う生徒たちを無差別に捕食するというよりは、ある一点を目指して渦を巻き、凝集し始めていた。そして、その渦の中心から、ひとつの異形が、音もなくせり上がってきた。

 それは、捻じ曲がった鉄骨と、黒く変色した肉塊が融合したような、醜悪極まりない塔であった。そして、その塔の頂点に、まるではりつけにされた聖女のように、あるいは蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように、制服姿の少女が埋め込まれていた。

 Sだった。

 彼女は三日前から学校を欠席していたが、まさかこのような形で再会することになろうとは。彼女は気を失っているのか、ぐたりと頭を垂れていたが、その身体からは無数の黒い管が血管のように伸び、体育館全体を覆う粘液へと接続されていた。彼女はこの怪異の生贄であると同時に、生徒たちの負の感情を吸収し、それを増幅させる触媒として機能させられていたのだ。

 Bが、もはや役に立たない警棒を振り回しながら、その肉の塔へ近づこうとしていた。

「離れろ! それは学校の備品だ! 生徒が触れていいものではない!」

 彼は錯乱していた。この期に及んでまだ、自分の管理下にある「備品」としての怪異を守ろうとしていたのだ。しかし、怪異はもはや主人の命令を聞く忠実な番犬ではなかった。黒い触手が鞭のようにしなり、Bの巨体を軽々と弾き飛ばした。Bはボールのように空を飛び、壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。権力の象徴が、圧倒的な暴力の前に無惨に敗北した瞬間だった。

「私が行く」

 私はKに告げた。自分でも驚くほど冷静な声だった。

 恐怖がないわけではない。しかし、あの塔に囚われたSの姿——辱められ、さらし者にされている彼女の姿——が、私の内にある奇妙な倫理観、あるいは倒錯した使命感に火をつけていた。このまま彼女を見捨てることは、私自身がこの腐敗した学校制度の一部であることを認めることと同義であるように思えたのだ。それに何より、私の本能が、あの肉感的な塔の頂上にいるSに近づくことを、強烈に渇望していたのである。

「正気か? あんなものに触れたら、精神ごと持って行かれるぞ」

「あいつは、僕たちを呼んでいたんだ。だから、僕たちしか近づけない」

 私はKの制止を振り切り、黒い粘液の海へと足を踏み入れた。

 足首まで浸かるその液体は、生温かい汚水のような不快な温度を持っており、私の靴の中へとじわりと浸潤してきた。それは単なる液体ではなく、無数の生徒たちが排泄した鬱屈したリビドー、嫉妬、欲望、絶望の集合体であり、その中を歩くことは、他人の吐瀉物の海を泳ぐような生理的な拒絶感を伴っていた。私は吐き気をこらえ、粘りつく足取りで、Sのいる塔へと一歩ずつ近づいていった。

 塔の頂上に埋め込まれたSの姿が、私の視野の中で急速に拡大された。

 以前、私は彼女を「か弱い被害者」として認識していた。しかし、間近で見る彼女の肉体は、そのような感傷的な解釈を拒絶する、圧倒的な物質感を持って私に迫ってきた。

 彼女の制服は無惨に引き裂かれ、そこから露わになった太ももや二の腕は、奇妙に白く、そして病的に肥大しているように見えた。彼女の皮膚は、怪異から供給される栄養過多なエネルギーによってパンパンに張り詰め、大量の脂汗と粘液で濡れそぼっていた。

 その身体からは、恐怖の臭いと混じり合った、発情期の獣のような甘く腐った芳香が立ち上っていた。それは、私という未熟なオスを威圧し、窒息させるほどの「メスとしての圧力」に他ならなかった。彼女はそこで苦しんでいると同時に、この奇怪な怪異のエネルギー源として、ある種の法悦に浸っているようにも見えたのだ。彼女はもはや被害者ではなく、この不浄な空間の女王として君臨していた。

「S、聞こえるか」

 私が声をかけると、彼女は重たい瞼を持ち上げた。その瞳は混濁し、焦点が定まっていなかったが、私を認めると、その口元がだらしなく、淫蕩いんとうに歪んだ。

「……来てくれたの? あなたも、混ざりたいの?」

 その言葉は、助けを求める悲鳴ではなく、泥沼への誘惑だった。

 私は恐怖に震えながらも、彼女のその圧倒的な肉感——不潔でありながら、抗いがたい引力を持つ肉塊——に手を伸ばさざるを得なかった。理性が警鐘を鳴らし、Kの叫び声が遠くで聞こえていたが、私の本能は、彼女のその「濡れた皮膚」に触れることを、喉が焼けるほど渇望していたのである。私は、自分自身が汚されることを望んでいたのだ。

 私の震える指先が、Sの二の腕に触れた瞬間だった。

 バチリ、という静電気のような音が脳髄に響き、次の瞬間、彼女の毛穴という毛穴から滲み出していた黒い粘液が、まるで飢えた生き物のように私の指へと絡みつき、皮膚の内部へと侵入してきた。

 激痛が走った。それは血管に焼けた鉛を流し込まれるような熱さと、脊髄を直接愛撫されるようなおぞましい快感がない交ぜになった感覚だった。私の細胞の一つ一つが、暴力的に書き換えられていく音が聞こえるようだった。

「ああ、入ってきた……」

 Sが恍惚とした声で漏らした。その声は、性行為の絶頂にある者の喘ぎ声のように、湿り気を帯びていた。

 私は理解した。これは救出劇ではない。これは「感染」の儀式なのだ。彼女が抱え込んでいた、この学校という巨大な密室が生んだ「呪い」が、接触を通じて私という新たな宿主へと分有されたのである。

 私の腕は瞬く間に黒く変色し、皮膚の下で異質な何かが脈動を始めた。

 背後でKが絶叫するのが聞こえた。「触るな! 離れろ! お前まで終わってしまうぞ!」

 しかし、もう遅かった。私とSの間には、粘着質の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、私たちは物理的にも精神的にも、切り離すことのできない一つの「汚れた有機体」として接続されてしまったのである。私は人間であることを辞め、彼女と共に堕ちていくことを選んだのだ。

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