第4話「初任務!揺れる心と新たな影」

翌朝、ボランティア部の部室には、普段よりも張り詰めた空気が漂っていた。


初めての“正式任務”を迎えるとわは、扉を開ける手から緊張が伝わってくる。


日向はいつも通りにこやかな笑顔で、書類をまとめながら声をかける。


「おはよ、とわちゃん! 今日から本格デビューだね!」


明るい声色とは対照的に、ちらりとこちらを伺うその瞳には、

“絶対に失敗させたくない”という強い思いが宿っていた。


その横で、美咲は静かに刀の手入れをしている。

刃を布で磨く所作は研ぎ澄まされており、まるで職人のようだ。


(すごい……この集中力……)


とわは圧倒され、緊張で喉が渇く。


いせなは白衣風のコートを羽織り、サポート用品を黙々と準備していた。

だが俯いた表情には、不安が隠しきれない。


(変身できない私……本当に足を引っ張らないかな……)


そのとき、部室の扉が静かに開いた。


白髪のロングヘア。

深緑の軍服のようなコート。

左目は赤、右目は青——鮮やかなオッドアイが印象的な女性。


学院の“特別外部顧問”、

影退治専門のエージェント・不死目フシメ顧問だ。


「天羽 乙愛君も揃っているわね入部してくれてありがとう、会えてとてもうれしいよ。私は顧問の不死目だ、これから今日の任務を説明する」


不死目はタブレットを投影し、商店街の画像を映し出した。


「街外れの商店街で、“感情誘発型”の影が異常を引き起こしている。

これは強い欲望を抱えた人間を利用し、闇を肥大化させる危険な個体よ」


彼女が机に置いたのは、赤く輝く小さな宝石。


「“欲望誘導結晶”。

常人がこれに触れるだけで、人の欲望を引きずり出して増幅させる。

影はこれを媒介に、暴走者を生み出しているわ」


部室の空気がさらに緊張に包まれる。


不死目は最後に、とわへまっすぐ視線を向けた。


「天羽とわ。初任務だが、君の力はエース級だ。

自信を持ちなさい。……あなたならできる」


その言葉は、緊張を押しのけるようにとわの胸へ響いた。


現地へ向かう道中、とわは何度も手を握りしめた。


日向が軽く背中を叩く。


「大丈夫! あたしたちがついてるから!」


美咲は前を向いたまま言う。


「……心配いらない。とわは強い」


その声には、信頼が確かに込められていた。


ただ一人、いせなだけは表情を曇らせていた。


(私だけ……変身できない……みんなの足を引っ張るだけ……)


そんな不安が胸を締めつける。


商店街に到着すると、惨状は一目でわかった。


建物はあちこち破壊され、地面には焦げ跡。

その中央に、黒い霧をまとった影の怪物がうごめいている。


そのすぐ傍らには、少年の姿をした謎の存在——

人間ではない何かが立っていた。


「もっとさ……感情のままに生きようよ」


少年は宝石を掲げる。

宝石が光った瞬間、周囲の人々が目を赤く染めて暴れだした。


「だって、人間の本当の姿は“欲望”なんだから」


その無邪気な笑みに、とわは背筋が震えた。

(わからないことは沢山あるけど、彼は何か私たちとは根本的に違う)


暴走する市民の群れの中で、泣き叫ぶ子どもがいた。


「危ない!」


とわは迷わず駆け出す。

だが影が壁のように群れを作り、とわを囲む。


(まずい……!)


いせなはその場で震えた。


(助けたい……動かなきゃ……でも……!

私じゃ、変身できない……!)


「お願い……動いて……! 私だって、守りたいのに……!」


しかし体は一歩も動かない。


その瞬間、美咲が影へ踏み込む。


「下がって」


炎が吹き上がり——

一歩目で三体。二歩目で七体。

合計十体を、一瞬で斬り裂いた。


斬撃の軌跡に紫の炎が揺らめき、影は灰となって消える。


日向が苦笑した。


「相変わらず……強すぎでしょ」


とわは驚嘆の息を漏らす。


一方で、いせなは拳を握りしめる。


(また……私だけ……)

(いせなには難しかったか)

過去に言われた言葉がいせなを縛り付ける


美咲が刀をゆっくり抜き放つと、

足元から紫炎が立ち上がった。


「——我に力を」


炎が渦を巻き、和柄の戦闘着が身体に装着されていく。

短い袖、引き締まった帯。髪は炎に照らされ揺れ紫に変わる、

瞳は一瞬だけ赤に変わる。


刀を振ると、炎が弧を描いて爆ぜる。


続いて水流の光が湧き、足元から水柱が上がる。


「今日も派手にいくよ!」


水が衣服となり、黒を基調とした海賊スタイルが形成。

ジャケットが舞い、ブーツが固定され、

神がオレンジに変化し最後に眼帯が片目を覆う。


頭上から落ちた水しぶきがサーベルに変わる。


「よっしゃ、暴れるよ!」


影たちが分裂し包囲してくる。


美咲は一瞬だけ息を吸い、

次の瞬間、四方八方へ走る斬撃。


影が分裂すれば、同時に全部斬る。

切り口から紫炎が吹き上がり、その場で灰化する。


少年魔族が目を見張った。


「鬼……? なんで人間の側に……?」


日向は水の刃で影を切り裂きながら笑う。


「うちのエースをナメないでよ!」


とわは後方で弓を構え、暴走した市民だけを

光矢で“ピンポイント浄化”。


光に包まれた人々は正気に戻り、地面に崩れ落ちた。


天使の力——

その“浄化の純度”が今回の鍵だった。


少年魔族は状況を見て、宝石を握ったままふっと消える。


「また遊ぼうね、人間たち」


影が完全に消えたころ、空は夕焼けに染まっていた。


とわは深く息を吐き、微笑む。


「……初任務、終わったんだ」


日向は笑顔で頭を撫でる。


「最高のデビューだったよ、とわちゃん!」


美咲もうっすらと口元を緩めた。


「役割を理解して動けていた。……悪くない」


しかし、いせなだけは沈んだ目で地面を見つめていた。


「……みんな、すごいよね。

私だけ……“資格があるだけの人”みたい」


とわが近づこうとすると、いせなはぎこちなく笑う。


「ごめん、今日は……帰るね」


その背中は、小さく震えていた。


(いせなちゃん……)


夕焼けの中、仲間の成長と、心の距離が揺れ始めていた。

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