第24話 自恃テリトリー3




 ともあれ、そういう経緯で、九人。

 S沢KNに指定された学校まで、行くことになったわけだ。


「せっかくだから、なにか面白い話、聞かせてよ。不方くん」


 最近ネタがなくて、と希那子は言う。


 隣町までは電車で数駅だが、こっちも向こうも最寄り駅には各駅停車しか停まらないため、駅のホームで、長めの待ち時間があった。

 その間に、希那子がそのようなことを言い出したのである。


 彼女はしょっちゅうオカルト話や、ネタ集めをしているけれど、たまに真実に近いことを、そのままゲームで書いたり、えげつない方向に脚色したりするので、最近ではネタを提供する人もめっきり減っているらしい。

 笑魔を見ているだけで満足なのか、希那子の見た目が明らかにオタク系っぽいせいかは分からないけれど、彼女が笑魔の隣にいて、話をしていても、イケメン大好き女子たちは、そこまで気にしていないようだ。


 笑魔はちょっとだけ口を曲げた。


「俺も集めているところだからな……」

「一つでいいからさ」

「そうだな……」


 で、笑魔が話し始めた話は、思いがけず、未遊にとっても初耳の話だった。


「もしかしたら、これからの人生で役に立つかもしれない話だ」


 そんな前置きとともに、彼は話しを始めた。


 以下、笑魔と、相槌を打ってるのは、主に言い出しっぺの、希那子の会話である。



「ガラスに手形をつける幽霊の話って、あるだろう?」


「うん、よくある怪談話だよね。気がついたら、車の後ろのガラスに手形がいっぱい、みたいなの」


「幽霊とかって飛んで移動したり、物体をすり抜けるイメージあるのに、どうして手形を残すんだろうって疑問に思ったことはないか?」


「え? そんなの、考えたことなかったな……」


「そう疑問を抱いた、とある大学教授が、曰くのあるトンネルで、実際、わざと霊を煽って怒らせ、『つけて』 来てみたらしいんだ」


「うーん……やっぱり、恐怖を煽るため、とかじゃないのかな? 怖がらせてやろう、みたいな」


「そもそも怪異の方には、不特定多数の人間を怖がらせて、どんなメリットがあるのかって話になる。例えば、誰かに復讐したいとか、未練があるとか、そこにいる理由は色々あるだろうが、向こうからしてみれば、皆を怖がらせてやろう、とか、驚かしてやろうとか、そういう理由はないはずだ。結果としてそうなっているだけで。アトラクションでも、動画を撮るわけでもないんだからな」


「恐怖する人間が好き、とか、そういうのはないのかな?」


「実在の変質者でなら、いそうだな……」


「あ。人間が恐怖するってことが、極上ご飯になるとかは? 恐怖が自分の存在を保つためのエネルギーになる、なーんて、こじつけ感がスゴすぎかな……。不方くんは答え、知ってるの?」


「俺は怪異になったことがないので、実際のところは分からないが、まあ恐怖で徐々に侵食すると、取り憑いて引っ張っていきやすいって可能性はあるかと思う。誰かを引っ張っていきたい理由は、恐らくそれぞれあるのだろう。だが、べつにガラスに手形を残す必要はないと思う。ガラスに触れられるなら、他にいくらだって怖がらせる手立てがあると思うからだ」


「じゃあさ、わざとつけてるんじゃなく、ガラスだけは頑張っても通れないんじゃない?だから手形がつくんだよ」


「通れないってことは、触れられるってことだ。さっきも言った通り、そんなことができるなら直接、生きている人間を殺すことだって可能だろう。ガラスはじゅうぶん凶器になるからな」


「ん~……その大学教授は、なんて?」


「教授は、それが、テリトリーの問題じゃないか、と考えた」


「テリトリー?」


「例えば人間は、自分の家や車の中を、自分のテリトリーだと思い、リラックスするだろう。そういう場所に怪異は近づけないのでは、と仮説を立てたわけだ」


「ううん?」


「パーソナルスペース的なやつだよ。それを、自分の家で考えてみれば分かる。同じ虫でも、同じ人でも、同じモノでも、家の外と中にあるのでは、持つ感情が変わるだろう? 家の中はゴミ一つなくキレイにしている人でも、道に落ちている空き缶は気にならない、とか、生き物を大切にしている人でも、部屋の中に入ってきた虫は絶対殺す、とか……それは、そこが自分のテリトリーだと思っているからだ」


「ああ、まあね。皆そういうところ、あると思うけど……」


「自分のテリトリーだと思っている場所に、怪異は近づけないんじゃないか。そういう場所に対し、近づけないから結果、手形が残るんじゃないかって実験を、教授は自らやってみたんだ」


「ああーなるほどね」


「普通の人間なら、怪異に付き纏われれば恐怖し、テリトリーをどんどん侵食されてしまうが、教授は絶対的な自信を持って、怪異と根比べをしよう、と考えたわけだな」


「そんなこと、できるのかな? 無事なの? その人」


「その間、仕事は在宅で、食事は届けてくれるサービスを利用し、そもそもインドア派だったから、まったく問題ない、と言っていた。俺が話を聞きに行った時は、窓ガラスにベタベタ手形はあったけれど、問題は運動不足だけ、と笑っていたよ。つまり、彼の仮説は正しかったらしい。彼はそこに、自恃テリトリーと名前をつけていた」


「まったく、はウソそう。なにがあっても外に出れないのって、結構辛いと思うけどなあ」


「いや、昼間に短時間なら、もう出歩いているらしい」


「え、いいんだ。怪異的には」


「このことから、怪異も時間の流れを感じ、認識しているのではないか、と言っていた。我々と同じように、時間を置くことで、怒りや嘆きが薄れていくならば、我々と同じ時間の制限を受けるものなのかもしれない、と考えているようだ。もちろん、我々のような外部にふれる生活をしているわけじゃないので、時間経過による変化は微々たるものになると思うが……と。うん。そのようなことを言っていたはずだ。たぶんな」


「うんん? 難しい話になってくるね。でも、テリトリーの話は、ちょっと面白そう!」


「祓い師なんかは、なにかに襲われた時、事前に準備ができてなくても、自分の周りに円を描いて、そこを自分のテリトリーだと思い込むことで敵を寄せつけなかった、なんて、古い文献に書いてあるのを読んだことがある。陰陽師でも、鬼から見えなくなる術として、自分の周りにテリトリーを作り、隠れた、なんて表現されていることがあるし……」


「へぇえ、そうなんだ! でもそういう人たちは、隠れるより戦ってくれたほうが格好いい気がするけど」


「だが、面白い話だろ。これからの人生で役に立つかもしれない。お酢で水アカやトイレの黄ばみが落とせる、並に役立つ情報だ」


「え?」


「クエン酸より即効性があるんだぞ」


「……」



 笑魔は上手いことを言ったつもりなのか、楽しげに歯を見せ笑ったけれど、なんとなく二人の会話に耳だけ向けていた周囲には微妙な空気が流れた。


 イケメン大好き女子たちだけは、なんだか嬉しそうな顔をしているように見えたけれど、なにが彼女たちを喜ばせたのかはわからない。


(改めてみると、変わったメンバーだなあ)


 未遊は周囲を見回し、つい微笑む。

 普段は絶対、一緒に行動しないだろう組み合わせだ。

 周囲には、友達に見えているんだろうか。


(楽しみだなあ)


 S沢KNの話も楽しみだし。なんて言うと、不謹慎かもしれないけれど。


 でも、楽しみだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る