**『激怒(ゲキオコ)バッティングセンター!』**

志乃原七海

第1話:お客様、バットをお持ちください。乱闘(ショー)の時間です。」**



### タイトル:『激怒(ゲキオコ)バッティングセンター』


「ああ、暇だなあ……」


俺はあくびを噛み殺しながら、繁華街の雑踏を当てもなく歩いていた。

週末の夜だというのに予定はない。かといって家に帰って寝るのも惜しい。そんな宙ぶらりんな気分で路地裏へ迷い込んだ時だった。


チカチカと瞬く、やたらとケバケバしいピンクと紫のネオン看板が目に飛び込んできた。


『大人のバッティングセンター ~秘密の花園~』


「はあ? バッティングセンター?」


どう見ても風俗店だろ、これ。

看板の周りにはハートマークが散りばめられているが、中央には確かに野球のボールとバットの絵が描かれている。


「……まあ、いいや。ちょっと入ってみるか」


怖いもの見たさと退屈しのぎが半々。俺は重たい防音ドアを押し開けた。


店内に入ると、予想に反してそこは「普通」だった。

緑色のネット、ゴムの焦げた匂い、そしてマウンド。これぞバッティングセンターという風景だ。ただし、照明だけが妙にムーディーな薄暗さだったが。


「いらっしゃいませー。一番打席へどうぞー」


スピーカーから機械的な案内が聞こえる。俺は首を傾げつつ、バットを手に取り打席に立った。

すると、ウィーンという音と共にマウンドの床が開き、ピッチングマシン……ではなく、生身の人間が現れた。


ピンストライプのユニフォームを着た、ガタイのいい男だ。帽子を目深に被り、表情は見えない。


「お、リアルピッチャーか。凝ってるな」


俺はバットを構え、集中した。

さあ来い、ど真ん中のストレートをスタンドまで運んでやる。


ピッチャーが振りかぶる。フォームは綺麗だ。

リリース。

白い球が俺に向かって一直線に伸びてくる――って、おい!


**ヒュンッ!!**


剛速球が俺の顔面のすぐ横を通過し、バックネットに突き刺さった。


「……は?」


ビーンボールだ。それも、殺意を感じるレベルの。


「おい! 危ねーじゃねーかよ!」


俺が怒鳴ると、ピッチャーはマウンド上で仁王立ちし、ニヤリと笑った(ように見えた)。

謝る気配はゼロ。むしろ「避けてんじゃねえよ」と言わんばかりの態度だ。


「よし、やる気か? ああん!?」


カッとなった俺は、手にした金属バットをマウンドに向かって放り投げた。

ガシャン! と乾いた音が響く。


すると、ピッチャーが豹変した。


「なにコラ! テメェ、やったなコラ!!」


「うわ、喋った!?」


男は猛烈な勢いでマウンドを駆け下りてくると、嵌めていたグローブを引っこ抜き、俺の顔めがけて投げつけてきた。


バシッ!


「痛っ……! 上等だコラァ! 表出ろや!!」

「おうやるんか! ここが墓場じゃボケェ!」


二人の距離が縮まり、今にも胸ぐらを掴み合って殴り合いが始まろうとした、その瞬間。


パァン、パァン、パァン。


軽快な拍手の音が響き渡った。


「はーい、そこまで♡ カ・ン・ペ・キでしたぁ!」


「え?」


店の奥から現れたのは、際どいバニーガールの衣装に身を包んだ、とびきり可愛いお姉さんだった。

彼女は満面の笑みで俺たちの間に割って入ると、ピッチャーの男にタオルを渡し、俺の手を優しく握った。


「お客様、素晴らしい『ブチ切れ』でしたよ! 血管の浮き具合、最高!」


「は……? いや、こいつがいきなりデッドボールを……」


「ふふふ、驚きました?」


お姉さんは俺の耳元に顔を寄せ、甘い吐息混じりに囁いた。


「ここはね、普段社会で抑圧されて怒れなくなっている殿方のための、『ストレス発散・激怒(ゲキオコ)専門店』なんです」


「……激怒専門店?」


「そう。いきなり理不尽な暴力を振るわれることで、強制的に『怒り』のスイッチを入れる。そして乱闘寸前の極限状態でアドレナリンをドバドバ出して、日常では味わえないエクスタシーを感じてもらう……そういう新しい風俗なんですよ♡」


俺は呆気にとられ、目の前のピッチャーを見た。

さっきまで鬼の形相だった男は、今は「お疲れっしたー」と爽やかにスポーツドリンクを飲んでいる。


「ど、どうでした? スカッとしたでしょう?」


お姉さんが上目遣いで俺を見る。

確かに、バットを投げつけて怒鳴り散らした瞬間、頭の中が真っ白になって、妙な快感があったような……気もする。


「……まあ、確かに。心臓バクバクいってるわ」


「でしょう? これが『怒りのエクスタシー』です。次回は『審判買収コース』なんてのもありますから、ぜひまた来てくださいね♡」


俺は苦笑いしながら、投げ捨てたバットを拾った。

なるほど、世の中にはいろんな需要があるもんだ。


「じゃあ、延長でもう一打席頼むわ。次は乱闘まで行こうぜ」


「お客様、その意気です♡」


俺は再びバットを構え、ピッチャーを睨みつけた。

ネオンの海で、俺たちの奇妙なプレイボールが再び宣告された。




(風俗店の認可は未だ申請中で、たぶんおりない)を踏まえて、この**「激怒バッティングセンター」**という謎の施設の背景と、なぜ認可がおりないのかを解説・考察します。


***


### 解説・考察:『激怒バッティングセンター』の裏事情


**1. 業態区分の迷走**

この店、風俗営業許可(デリヘルやヘルス等の届出)を出しているようですが、警察の担当者は書類を見て頭を抱えているはずです。

「サービスの主たる内容が『ビーンボールを投げて客を激怒させ、乱闘寸前まで追い込むこと』……?」

これは風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)のどの区分にも当てはまりません。強いて言うなら**「特殊マゾヒズム体験」**としてゴリ押ししているのでしょうが、提供しているのが「性的サービス」ではなく、単なる**「傷害未遂と暴行」**であるため、認可がおりる確率は限りなくゼロです。


**2. 安全管理上の致命的な欠陥**

普通のバッティングセンターでさえ安全管理は厳しいのに、この店は**「店員(ピッチャー)が客に向けて硬球を投げる」**ことをマニュアル化しています。

さらに客側も金属バットを投げ返しており、労働安全衛生法および人命軽視も甚だしいです。「エクスタシーを感じる前に死人が出る」という理由で却下されるでしょう。


**3. 謎のお姉さんの立ち位置**

この「かわいいお姉さん」は、おそらくこの店の経営者か、あるいは苦肉の策で配置された「風俗店としてのカモフラージュ要員」です。

彼女が最後に出てきて手を握ったり甘い言葉をかけたりすることで、無理やり「これは風俗です! 接待です!」と言い張るつもりですが、やっていることの9割が野球(乱闘)なので、警察署の生活安全課によるガサ入れは時間の問題です。


**4. 今後の展開予想**

* **認可:** おりない(確実)。

* **営業停止処分:** 近日中に執行。

* **客(主人公):** 認可がおりていない違法店舗とは知らず、「審判買収コース」で誤審を連発され、本気で暴れて器物破損で捕まるリスクあり。


**総評**

「暇だから」と入った主人公ですが、ある意味で**「日本一スリリングな(いつ摘発されるかわからない)闇のエンターテインメント」**を体験できたと言えます。

ネオンがケバケバしいのは、その違法性を隠すための目くらましだったのかもしれませんね(笑)。

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