冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月
船田かう
第1話 冥婚の花嫁は行き遅れ貧乏令嬢
「モニカ、“英雄リュシオン”殿を知っているか?」
執務室に私を呼んだ父が、改まった様子でそう訊いてきたので、私は素直に頷いた。
「お名前を耳にしたことくらいはあります。国中の戦場を渡り歩いて、魔族の群れを殲滅して回っている大魔法使いですよね。その英雄様が、どうかしたのですか?」
家に籠もりきりの私のもとにさえ、その名が轟くこの国の英雄だ。
そんな雲の上の英雄の話を、この辺鄙な田舎の貧乏子爵である父が話題にするなんて、どういう風の吹き回しだろうか。
訝しんでいると、父は驚きの情報を口にした。
「その英雄殿が、魔族との戦いで、つい先日亡くなったらしい」
「え、そうなのですか……それは、痛ましいことですね……」
いくら最強の英雄と持て囃されても、所詮は人間。
戦いに身を投じていれば、いつかはそうなる日も来るだろう。
月並みな悔やみの言葉を述べた私に、父はやけに身構えた様子で、話を続けようとした。
「それで、モニカ。相談なのだが……その……」
「なんですか? はっきり仰ってください」
一旦言い淀んだ父を促してやる。
腹を決めた父が私に言ったのは、英雄の死よりも更に上の衝撃をもたらす提案だった。
「その、死んだ英雄殿と、“冥婚”してくれないだろうか?」
冥婚。
弔いの一形式で、死者の魂を慰めるため、生きた女性を妻として当てがうという古くからの風習だ。
時代も変わり、最近は廃れてきて珍しくなったが、それでも今回のように、行いたがる遺族もまだいるようだ。
「どうして私が……」
確かに私は二十四歳の行き遅れだが、いくらなんでも死者と結婚しろなどあんまりだ。
ふつふつと沸く怒りを抑えて父に問うと、父は私から目を逸らし、蚊が鳴くような声で呟いた。
「……金が……」
「え?」
「金が、入るのだ。謝礼に」
確か、英雄リュシオンは、宝石鉱山で莫大な富を得ているジェイム伯爵家の嫡男だったはずだ。
続けて父が口にした金額を聞いて、私の頭の中に、瞬時に算盤が現れる。
今年も不作だった領収の補填費。
家族の食い扶持。弟たちの学費。
そして可愛い妹の嫁入り費用。
謝礼金がもらえれば、例年に増して頭の痛かった今年はなんとか乗り切れる!
私は身を乗り出して、父に縋り付いた。
「行きます! 冥婚でもなんでも行ってきます! 行かせてください!」
「すまん……すまんモニカ……!」
泣きながら謝って抱きしめてくる父をよしよしと撫でて宥めながら、私は顔がニヤけるのを取り繕うのに必死だった。
◇ ◇ ◇
我がオルトス子爵家は、はっきり言って貧乏だ。
ほとんど外から人が来ない、辺境の小さな田舎領。
目立った特産品も資源もなく、主な産業は小麦くらい。小麦なんて国中どこでも育つ。
なのに気候が不安定な土地で、しょっちゅう不作に見舞われる。
そんな土地で、先祖代々細々と頑張ってきているのが、私の一族だ。
不作の年の補填費用は、もちろん我が家の家計から出すしかない。
王家からろくな俸禄も援助も貰えていないが、領民を飢えさせるわけにはいかない。
おかげで、家計は毎年火の車だった。
さらに家計を圧迫しているのが、我が家の子沢山だ。
両親はなかなか男児に恵まれず、長女の私の下に、少し離れて次女と三女。
その次にようやく男児が生まれたのだが、それがなんと双子だった。
合計五人きょうだいだ。
しかも不運なことに、双子のお産で大きな負担を受けた母が身体を壊し、思うように動けなくなってしまう。
その三年後、とうとう風邪を拗らせて亡くなってしまった。
貴族とは名ばかりで、領民たちとほぼ変わらない質素な暮らしをしていた我が家。
それなのに貴族の義務や付き合いで出さなければならない出費もあり、生活はギリギリ。
もちろん育児係など雇う余裕はなかった。
当時私は十五歳。嫁ぎ先を探さなくてはならない年齢だったが、残された幼いきょうだいたちの面倒を見なければならず、それどころではなくなってしまった。
私はそのままズルズルと、育児と家事と父の仕事の補佐に明け暮れて、気が付いたら二十四歳の行き遅れ令嬢となっていた、というわけだ。
最近はみんな成長して手がかからなくなってきたからいいものの、今度はお金が掛かるようになってきた。
特に、末っ子双子のどちらかには跡取りになってもらうため、最低限でも王都の上級学校で勉強してきてもらわないといけない。これも貴族の義務だ。
しかしこの弟たちは、双子のくせに性格も資質も正反対だった。
一人は建築や土木の分野に関心が強く、それらの知識を学べる王立学園を志望。もう一人は魔力が多くて魔道具に興味があるので、魔法学院に入りたがっている。
姉としても、希望通りにしたほうが上手くいくだろうというのはわかっている。
ただ、王立学園は中心街にあり、魔法学院は広い王都の外れにあって全寮制。
ああ、同じ学校だったら下宿を同室にしたり、学用品を共有させて学費を浮かせられたのに……。
さらに喫緊の問題が、次女の婚約だ。
花も恥じらう十七歳、可愛らしい妹は、幼い頃より親しかった商家の跡取り息子から、先日プロポーズを受けた。
我が領地の小麦流通を一手に担う大商家の息子だ。
大商家とは言え、領地の商家自体が片手で数えるほどしかなく、ここしか王都まで流通できる商家がないだけだが。
我が領民の清貧さは、領主含めてどこも大して変わらない。
息子本人は誠実で真面目な好青年で、妹を心から愛してくれている。
きっと彼女を幸せにしてくれるだろう。
そんな妹のおめでたい門出に、宝石どころか花嫁衣装すら用意してやれるか怪しい家計状況だったのだ。
そこへ降って湧いた、“冥婚”の話。
今時、実施されること自体珍しくなった風習。
しかし昔は広く行われていた名残で、しっかりとした法的拘束力がある。
死者との結婚という、ごっこ遊びのような話だが、法的には正式な婚姻として扱われる重い儀式なのだ。
その本来の目的はこうだ。
未婚のまま……つまり、当時の感覚で半人前のまま死んでしまった嫡男を法的に結婚させてやり、一時的に当主の座を継いだことにしてやる。
そうやって、〇〇代目当主、という名を家系図に残してやるのだ。
冥婚相手は基本的に、未亡人とか、私のような行き遅れとか、事情があってまともな結婚が望めない女性から選ばれる。
葬儀から服喪期間となる一ヶ月の間、依頼した遺族に寄り添って、共に死者を弔ってやるのが主な役割だ。
冥婚に応じても、実際にその家に嫁入りできるわけではない。
そもそも相手は死んでいるし。
弔いの期間が終われば“離縁”となり、死者との婚姻関係は解消される。
つまり、冥婚に応じた女性は離婚歴がついてしまうため、ますますまともな結婚からは遠ざかってしまうというわけだ。
その代償として、遺族は莫大な謝礼を出すことが慣例だ。
今回私が引き受けた冥婚は、現地で未だ魔族との交戦状態が続いており、他に手を挙げる女性がなかなか現れなかった。
英雄リュシオンの父親であるジェイム伯爵が、たまたま王立学園時代の一年間だけ私の父と同級生で。
特段交流はなかったものの、お互いの顔と名前と人柄くらいは知っている間柄で。
さらにちょうど良く行き遅れの娘がいて、そのうえ金に困っているのを知って、急遽打診してきたものだった。
渡りに船とはこのことだ。
私はきっと、この時のために行き遅れていたに違いない。
私は意気揚々と荷造りをして、期間限定の“妻”として英雄を弔うべく、伯爵領へと旅立った。
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