第4話「制御不能」

「全部、僕が仕組んだんだよ」


啓太の声が、暗いオフィスに響いた。


私は動けなかった。


目の前にいる桐島涼と、背後に立つ啓太。


二人とも、笑っていた。


「真央、驚いた?」


啓太は一歩近づいた。


「三年前から、僕はこの復讐を計画してた」


私の膝が、震えた。


瑞希が口を開いた。


「白川さん、あなたも……?」


啓太は瑞希を見た。


「ああ、篠原さんも利用させてもらった。君の復讐心は、僕の計画に都合が良かったからね」


瑞希は蒼白になった。


「利用……?」


「そう。僕は最初から君に近づいた。君が真央を恨んでることを知って、君を誘導したんだ」


私は声を絞り出した。


「啓太、あなた……なぜ?」


啓太は私に近づいた。


「理由を知りたい?」


「教えて」


啓太は私の目を見た。


「三年前、真央が炎上事件を起こした時、巻き込まれた女性がいたよね。桜井美咲」


私は息を呑んだ。


「彼女は、自殺未遂を起こした。そのニュースを見た時、僕は思ったんだ。この女性を、僕は知ってるって」


「まさか……」


「そう」


啓太は冷たく笑った。


「桜井美咲は、僕の妹だよ」


私の膝が崩れそうになった。


「嘘……」


「嘘じゃない」


啓太は続けた。


「美咲は、あの炎上で精神を病んだ。自殺未遂の後、彼女はずっと入院してる。もう、まともに話すこともできない」


私は言葉を失った。


啓太は私を睨んだ。


「お前が、俺の妹を殺したんだ。忘れたのか?」


私は震える手で、スマホを取り出した。


「桜井美咲 現在」


検索する。


ヒットした記事。


『炎上被害者、今も入院中——家族「娘はもう、笑わなくなった」』


写真が添付されていた。


病室のベッドで、窓の外を見つめる女性。


目は虚ろで、生気がなかった。


私は、スマホを落とした。


画面が割れる音。


でも、私は拾えなかった。


啓太が続けた。


「僕は、ずっと調べてた。妹を炎上させたのが誰なのか」


彼は私を見つめた。


「そして、お前に辿り着いた」


「私は……そんなつもりじゃ……」


「つもりじゃなかった?」


啓太の声が荒くなった。


「お前は、仕事だからって、何の罪もない人間を炎上させた。そして、美咲は壊れた。今も、話すことも、笑うことも、できない。お前のせいで」


私は床に膝をついた。


言葉が、出なかった。


瑞希が叫んだ。


「あなた、最低!」


「最低?」


啓太は瑞希を見た。


「君だって同じだろう。真央に復讐したかったから、僕に協力した」


瑞希は言葉を失った。


啓太は私を見た。


「真央、お前は今、どんな気持ち? 全てが嘘だったって分かって」


私は何も言えなかった。


啓太は続けた。


「僕とお前の結婚も、僕の優しさも、全部演技だった。お前を壊すためのね」


「……なんで」


私はようやく声を絞り出した。


「なんで、そこまで……」


「美咲のためだよ」


啓太は静かに言った。


「お前は、美咲の人生を奪った。だから、僕はお前の人生を奪う。それだけだ」


桐島が口を開いた。


「白川さん、これで満足?」


「まだだよ」


啓太は笑った。


「真央が完全に壊れるまで、僕の復讐は終わらない」


彼はスマホを取り出した。


「今から、全てのメディアに送るよ。真央の過去、今回の炎上、全部」


「待って」


私は叫んだ。


「お願い、それだけは……」


「なぜ?」


啓太は冷たく言った。


「美咲は、お前に『待って』って言ったか? お前は、美咲の声を聞いたか?」


私は何も言えなかった。


啓太は画面をタップした。


「送信完了」


翌朝、ニュースで自分の名前を聞いた。


ネットカフェの個室で、私はパソコンの画面を見ていた。


ワイドショーで特集が組まれていた。


『元炎上マーケター、再び炎上誘導か——過去の自殺未遂事件も再燃』


画面に映る私の顔写真。三年前の事件の詳細。そして、今回の啓太への攻撃。


コメンテーターたちが、私を批判していた。


「こういう人は、反省していないんですね」

「SNSの闇を感じます」

「被害者の方が本当に可哀想」


私は、画面を見つめることしかできなかった。


スマホを開く。


炎上は、制御不能になっていた。


私の顔写真が、何百ものアカウントから投稿され続けている。


『白川真央を許すな』

『こいつの親、まだ生きてるらしい』

『実家に電凸した奴いる?』


そして——


『白川真央の自宅、完全特定』


添付された画像——私のマンションの外観写真、住所、最寄り駅、すべて。


コメント欄。


『今日の夜、凸する』

『ライブ配信しようぜ』

『直接謝罪させろ』


私は震えた。


その時、スマホが鳴った。


着信。


瑞希からだった。


私は出た。


「……もしもし」


「真央さん」


瑞希の声は、疲れ切っていた。


「今、どこにいるの?」


「ネットカフェ」


「そこから出た方がいい。今夜、あなたの家に人が押しかけるらしい」


私は息を呑んだ。


「なぜ、教えてくれるの?」


「……分からない」


瑞希は深呼吸をした。


「でも、これ以上はもう、無理」


「あなたも、追い詰められてるのね」


「そうよ」


瑞希の声が震えた。


「私だって、不倫女として叩かれてる。家の前に人が来る。カメラで撮られる。『謝罪しろ』って叫ばれる」


瑞希は続けた。


「真央さん、私たち、間違えたのかもしれない」


「……今更、何を」


「今更よ。でも、言わなきゃいけない」


瑞希の声が、泣いていた。


「この炎上、もう誰にも止められない。私たちだけの問題じゃなくなってる」


私は何も言えなかった。


瑞希は言った。


「真央さん、あなた気づいてる? この炎上、おかしいって」


「……どういうこと?」


「タイミングよ。私が投稿するたびに、必ず誰かが追加情報を投下してる。私が知らない情報まで」


私は息を呑んだ。


「私も、同じことを考えてた」


「じゃあ——」


その時、私たちのスマホが同時に震えた。


画面を見る。


差出人不明のメッセージ。


『楽しんでる?』


私と瑞希は、同じメッセージを受け取っていた。


次のメッセージ。


『次はもっと面白くなるよ。君たちは、まだ気づいてないみたいだけど』


私は電話口で言った。


「瑞希さん、私たち——」


「操られてた」


瑞希が先に言った。


「啓太も、桐島も、私たちも。全員、誰かに操られてた」


その夜、私はネットカフェを出た。


もう、隠れても意味がない。


タクシーで、ある場所に向かった。


「どちらまで?」


「都内の病院まで」


病院に到着した。


深夜だったが、受付で名前を告げた。


「桜井美咲さんの病室を教えてください」


受付の女性は、私を見た。


「ご家族の方ですか?」


「……いいえ」


「では、面会は——」


「お願いします」


私は頭を下げた。


「どうしても、会わなければならないんです」


受付の女性は迷った後、病室の番号を教えてくれた。


病室の前に立つ。


ドアを見つめる。


手が、震えていた。


でも、ノックした。


返事はない。


私はドアを開けた。


病室の中。


ベッドに横たわる女性がいた。


窓の外を見つめたまま、動かない。


桜井美咲。


三年前、私が炎上で壊した女性。


啓太の、妹。


私は彼女の隣に立った。


「……桜井さん」


彼女は、反応しなかった。


ただ、窓の外を見つめている。


「ごめんなさい」


私は言った。


「本当に、ごめんなさい」


美咲は、何も言わなかった。


私は膝をついた。


「私が、あなたを壊しました。私のせいで、あなたは——」


涙が、溢れた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


その時、美咲がゆっくりと振り返った。


虚ろな目で、私を見た。


「……あなた」


か細い声。


「あの時の、人」


私は頷いた。


「はい」


美咲は、小さく笑った。


「……もういいの」


「え?」


「もう、いいの」


美咲は窓の外を見た。


「お兄ちゃんが、ずっと苦しんでた。でも、私は……もう、終わりにしてほしかった」


美咲は私を見た。


「ありがとう」


私は、何も言えなかった。


ただ、涙が溢れた。


病室を出た後、私はスマホを開いた。


炎上は、まだ続いていた。


でも——


新しいメッセージが届いていた。


差出人不明。


『明日の正午、渋谷の公園に来て。全ての真実を教えてあげる』


私は画面を見つめた。


そして、瑞希に電話をかけた。


「瑞希さん、明日会いましょう」


「どこで?」


「渋谷の公園。正午に」


「……分かった」


電話を切った。


私は夜空を見上げた。


炎上は、まだ終わらない。


でも——


私たちは、真実を知らなければならない。


誰が、私たちを操っているのか。

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