第10話 エクストラミッション:ボスの目にも涙


 ダメか。

 他に交渉材料はないかと頭をひねって、俺は手を打った。


「お前さ、ずっとここにいるのか?」

「え? ああそうだね。ボクは生まれた時からこのダンジョンを出たことはないよ」

「じゃあ俺を出してくれたら外でカラオケとファミレスぐらい奢るからさ。頼むよ」


 両手を合わせて頼み込むと、ルクレツィアは声を戸惑らせた。


「カラオケって、人間が歌う場所かい?」

「俺から言っておいてなんだけど知ってるんだ?」

「知識だけはね。もっとも、ボクはここを守らないといけないから無駄な知識だけど……」

「…………なんだよ、それ」


 彼女の身の上話に、釈然としない理不尽を感じて胸がもやついた。

 ダンジョンから出られないのに、知識だけ与えて本物は与えない。


 そんなの、終身刑の囚人に旅行ガイドブックだけ渡すようなものだろ。

 ダンジョンを創ったのがどこのだれか知らないが、そうとう悪趣味だ。


 ゲームのボスキャラって主人公たちがくるまでどう過ごしているの、なんてのはギャグマンガで扱われるネタだ。


 でも、当事者にとっては冗談では済まない。

 毎日、知らない世界に想いを馳せながら、誰もいないこの大聖堂で冒険者を待ち続ける彼女を想像して、奥歯を噛んだ。


「あのさ……ここを出してもらうお礼とか関係なく、一回俺と外に出てみないか? 何年もボス業頑張っているんだから、一日くらい休んだって労基が味方になってくれるぞ。行こうぜほら」


 俺が差し出した手を、ルクレツィアは警戒するように見下ろした。


「キミ、ボクに殺されかけたの忘れたの?」


 ふてくされたような声音に、俺は胸が痛んだ。


「いや、お前が寝ている間にちょっと考えたんだけどさ……」


 頬を掻きながら、俺は照れ隠しに苦笑った。


「俺も、いきなり自分の家に抜き身の真剣持った男が現れたら全力で攻撃すると思うし、これって俺が悪いんじゃないかなって。その上、自分が帰るために殺人の罪まで犯すって、なかなかの極悪党だぞ?」


 そういうわけだから、と結んで、俺は体を屈めて謝罪した。


「一日奢るから、許して下さい」

「………………」


 長い沈黙。

 また怒らせてしまったかと、俺は恐る恐る顔を上げた。


 そしてぎょっと心臓を跳ね上げた。


 黄金の瞳から、とめどなく大粒の涙があふれ出していた。

 次から次へと零れる涙は頬を伝い、ゴシックドレスの裾を握りしめる彼女の拳と、黒い布地を濡らしていく。


「え!? なに!? なんで泣いているの!? 俺何かした!? どうすんのこれ!? 土下座する!?」


 俺は言葉を尽くすも、彼女は答えてくれなかった。

 ただ、赤ん坊のように泣き続けた。


 まるで、生まれたばかりのように、顔をぐしゃぐしゃに濡らして歪めて、涙と鼻水で呼吸を詰まらせながら、嗚咽を漏らしながら泣き喚いた。


 大聖堂中にいつまでも泣き声は響き続けて、俺はどうしたらいいか困ってしまった。


 でも、不謹慎にも思ってしまった。

 泣いている姿さえも美しい。


 自分が泣かせたことも忘れて、彼女を抱きしめてしまいたかった。

 俺の中に邪心が芽生えた時、俺らの顔を隔てるように、ウィンドウが開いた。



【おめでとうございます。エクストラミッション・ダンジョンボスの屈伏を達成。テイム成功。報酬としてルクステルナの鞘を授けます】



「え、マジで? そういえばこれずっと剥き出しで不便だったんだよな」


 ていうか、伝説の武器たちってそういえばあれの鞘ってどうしているんだろう? エクスカリバーは鞘を手に入れる伝説も付随しているけどさ。


「あ」


 大聖堂の奥、ステンドグラスの下に、巨大な魔方陣が現れた。


「あの、あれって……」

「うん、あれが……帰還の転移陣だよ……」


 いつの間にか泣き止んでいたルクレツィアは、白い両手で涙を拭いながら鼻をすすっていた。


「ねぇ、ボク、キミにテイムされちゃってるけど、ついていっていいの?」

「それは逆に俺が聞きたいかなぁ。俺のこと、許してくれるのか?」


 袖で顔を全体を拭くという暴挙も、ノーメイクならではだろう。

 スッピンで美少女なのが本当にすごい。

 涙を拭き終えてから、彼女はきまずそうな表情を上げた。


「キミにテイムされたせいかな……今まではここにいないとダメな気がしていたんだけど、なんか、外に出たくなったかも……手、貸して」


 彼女が手を伸ばしてくる。

 それが仲直りの握手のようで、俺は喜んでその手を握った。

 やわらかくて温かい、ずっと触れていたくなるような優しい手だった。

 思わず頬が緩む。


 何で泣いていたのかよくわからないけど、彼女のその気になってくれたなら嬉しい。


「じゃあこれからよろしくな、ルクレツィア」


 彼女の頬が緩む。


「ルクレでいいよ。キミ、ボクのマスターなんだから」


 花がことほぐような笑顔の魅力は無類で、俺は心がどうにかなりそうだった。

 誤魔化すために、ちょっとまくしたてた。


「ていうか聖剣を抜いてボスをテイムしてって今日の俺、滅茶苦茶だな」


 そこでふと、ルクレツィアが首を傾げた。


「え? それ聖剣じゃないよ?」

「……え?」


 俺らは見つめ合い、再び。


「「……え?」」




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