第2話 ギャルトリオとダンジョンと。なにそれ楽しそう。

 三か月前の一月上旬。

 郊外学習で地元紹介動画を撮影することになった。


 その班決めで余った俺は、クラスのギャルトリオのグループに入ることになってしまった。


 話したことはないが、男子たちからはチビ、デカ、パイと呼ばれている。


 ダンジョンに入れる中一から冒険者をしているらしく、男子にはやたらと高圧的な三人だ。


 是非ともお近づきにはなりたくないタイプである。


 そんな連中と組むハメになった以上、俺にできるのは叶うかぎり小さくなって嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。


 撮影期間は三日。

 その間ならパシリでもなんでもしてやるさ。

 とにかく、一秒でも早くこいつらと袂を分かちたい。

 そう決意したのもつかの間、早くも後悔することになった。


「あーしらはダンジョン紹介動画にしよっか」


 リーダー格のパイがそんなことを言い出した。

 チビとデカも乗り気になる中、俺は最低限の水を差す。


「地元紹介なのにそんなことして怒られないか?」

すると、

「アンタばかぁ? 地元のダンジョンなんだから地元紹介でしょ?」


 と、パイに言われた。


「いしし、あんたはダンジョン怖いだけでしょ?」とチビ。

「これだから男子は弱くてやだねぇ」はデカだ。


 逆らって覆るわけもないので、俺は黙って従った。

 とはいえ、当然、入り口では冒険者庁の職員に呼び止められた。


「お待ち下さい。そちらの人は男性ですよね? ご存じだとは思いますが、男性はモンスターを倒してもレベルは上がりませんしジョブやスキルも得られません。入場は危険かと」


 いいぞお姉さん。このバカ共にもっと言ってやれ。

 心の中で熱いエールを送るも、


「あ、あーしら郊外学習中なんですー」

「そゆこと。あ、これ証明書です」

「ウチらが守れば低層ぐらいいいだろ? ウチらみんな10レベル以上だし」


 む、このバカ共、意外と賢いな。

 俺の心の中で舌打ちをした。

 職員のお姉さんは、


「う~ん、それならまぁ」


 などと中学生にまるめ込まれていた。

 宗教とマルチにひっかかるタイプだ。

 友人はこの人から距離を置くべきだな。


「ちょっと早くしなよカメラ係」

「置いてくぞぃ~」

「サボったって先生に言いつけんぞ!」


 最後の希望も潰えた俺は、溜息の後にスマホのカメラアプリをタップした。


   ◆


 ダンジョンの内部は、海外の古代遺跡を思わせる石造りになっている。


 外観は直方体を無数に合わせたような高さ1000メートルのモノリス型巨塔なので、えらいギャップがある。


 構造は階層ごとに違うも、こうした遺跡風ダンジョンは多いらしい。


「ねぇ、天原ってダンジョン入るの初めて?」


 不意に、パイが振り返った。


「え? おう」

「したらステータス見た事ないっしょ? 一回でもダンジョン入ったら見れっから試してみ」

「……」


 ニヤニヤとした嗜虐的な笑みから、ろくでもないことを企んでいるのは明らかだ。

 しかし、首を横に振ってもウザ絡みされるだけなので指示に従う。


 目の前の空間を、指で下にスワイプ。

 すると、何もない空間に俺しか見えないステータスウィンドウが表示された。


「どう?」


 三人の顔がワクワクと悪い期待に輝いている。

 被害を最小限にとどめるべく、俺はお望み通りの言葉を返した。


「レベル1。力も耐久度も速力も全部一桁だよ」

「だっはー! やっぱ男子ざこぉ~!」


 三人は腹を抱えて笑い出した。

 お前らだって初めてダンジョンに入った時はレベル1だったはずだろ。


 というツッコミは呑み込む。俺は大人だからな。

一方で、ガキっぽい三人は自慢げに自分のステータスウィンドウを可視モードにしてきた。


 う、高い。

 中一時代から三年間、ダンジョンで鍛えている微ガチ勢だけのことはある。


 これだけのステータスがあれば、公道を走って車を追い抜かしてワンパンで乗用車をぶっ飛ばせるだろう。

 男子をザコ扱いする気持ちもわかる。


「あー、笑った。じゃあさっさと素材採取して換金してかえろっか」

「「うぇ~い」」


 人を使い捨てのお笑いネタ扱いしてから踵を返した三人の背中を、釈然としない気持ちで追いかけた。


 ――やれやれ、女子はいいよな。


 ダンジョンで採取できる素材はレアメタルやレアアースよりも貴重かつ高値で取引される。


 ただし危険も多い。

 なぜなら、その採取方法というのが……。


「あ、ゴブリン。ザコじゃん」

「一階だしねぇ。上ならもちっとマシなの出るけど」

「おい天原、あれならお前でもギリ倒せるぞ」

「やらねぇよ」


 通路の奥から歩いてくるのは、小学校低学年ぐらいの大きさの小鬼だった。

 ゲームにもよく出てくるザコの代名詞。だがそれは立体映像や着ぐるみではなく本物だ。


 右手に握り込んだナイフを振りかざし、ゴブリンが走って来る。

 けれど、デカとチビはまるで興味が無い。

 のんきにスマホをいじっている。


 対して、パイだけは腰のサイドポーチに手を突っ込むと、ズラリとロングソードを引き抜いた。


 ダンジョン素材から作られた、次元収納ポーチだ。見た目に反して、中はトランクケース一つ分の荷物が入るらしい。


「じゃま」


 まるで虫を払うような気安さで片手スイング。

 その一発で白刃はゴブリンの胴体をなぎ倒し、一息に両断した。

 床にゴブリンの死体と血が転がった。


「こいつ素材カスだし、倒しても経験値ゴミなんだよね」

「ま、ナイフは売ればガチャ代ぐらいにはなるけど」

「あーしいらない。欲しければ拾っていいよ」

「それじゃ遠慮なく」


 床の血だまりに目もくれずにパイは素通り。

 チビはめざとく床に転がるナイフを拾い上げると、サイドポーチにしまった。


「あいかわらずしみったれてんなぁ」

「まぁまぁ、チリも積もればだよ」


 言い合いながら、チビとデカもゴブリンの死体の前を通り過ぎる。

 俺は人ではない亡骸を一瞥して、複雑な想いを抱いた。

 特に動物愛護の精神があるわけではないものの、よく平気だなと思う。


 とはいえ、母さんは台所で魚をさばいているし、畜産高校の生徒は入学半年で生きたニワトリの首を落とせるようになるらしい。


 俺らにとってニワトリが食材で商品であるように、三人にとってモンスターは素材でしかないのだろう。


 ただし、俺は一生その気持ちにはなれないだろう。

 だって、俺がモンスターを倒しても何も得られないのだから……。


「あ、ワンコじゃん」

「レッサーハウンドだね。どする~?」

「三匹? めんどくせ。あたしの魔法で燃やしとくよ」


 得るモノがないとばかりに、三人は気だるげにモンスターを駆逐していく。

 それでも、男子の俺よりはいいだろう。

 原理は不明だが、ダンジョンはRPGゲームのような仕組みになっている。


 モンスターを倒すと経験値が手に入る。一定以上貯まるとレベルが上がり、全身体能力が大幅に上昇する。


 同時に、ジョブやスキルと呼ばれる一種の特殊能力や、魔法という魔力エネルギーを消費した技を自然と習得できる。


 だが何故か、経験値は女子にしか入らないというのが、国連研究機関の調査結果だった。


 実際、自衛隊や米兵が銃火器で100体以上のモンスターを倒すも、経験値は一切得られなかったらしい。


「お、階段ついた~。じゃあ10階まで行くわよ」

「は? 低層って話だろ?」


 俺は思わずツッコんだ。

 だが、三人はどこ吹く風だ。


「ザコ倒す動画なんて提出しても目立たないっしょ」

「やっぱ、青葉谷中学エースチームの実力を見せてやんとねぇ」

「ウチらがいんだからへーきだろ。びびってんじゃねぇよ」


 そこで、また俺は黙った。

 正論で覆るわけもない。

 流されるまま従ったほうがいい……けど。


「じゃ、転移陣で一気に行くから」

「いしし、これでもあたしらマックス15階まで踏破してっから」

「男子もウチらと一緒ならワープできるから早く乗れ」

「あ、ああ……」


 階段横の床に描かれる魔方陣のようなものの中に足を踏み入れるのに、嫌な予感がして躊躇った。


 まるで、目の前で悪友たちが犯罪の計画を練っているかのような……強い引き際を感じた。


「……」


 来た道を見やる。

 とはいえ、ここから一人で出口まで帰るには危険すぎる。

 結局、俺はこいつらの近くが一番安全なのだ。


「早くしろし!」


 急かされて、俺は仕方なく転移陣に入ってしまった。

 この時にもっとよく考えるべきだったと深く後悔することになった。

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