魔王はヒーローになりたい

かきまぜたまご

第1話 ただの就活生、魔王になる

(もし、全力で夢を追っていたなら

俺の人生はもっとまともだったのかな)


「僕の夢はヒーローです!」


幼い頃の夢はヒーローだった。

日曜の朝に放送する番組「グリーンアース・スカイブルー」

テレビの向こうで人を守る為に戦う戦士に憧れたんだ。

しかし、その夢を当時のクラスメイト達に馬鹿にされ、夢を誤魔化し、次第に自分が何を目指しているのか分からなくなってしまった。


「架空のヒーローに憧れるとかアホじゃねーの!アハハハ!」


大丈夫、夢はこれから見つければいい。

まだ慌てる時間じゃない。

そう思ってなんとなく生きてるうちに、中学、高校、大学と進学し、あっという間に大人になってしまった。


小さい頃は無限の選択肢があって、未来の自分はどうなっているのかワクワクした。

でも実際は、先輩から理不尽に怒られながらバイトをして、なんとなく大学に通い、なんとなく就職活動をする日々。

今日もこの後、34社目の面接がある。


…何の為に生きてるんだっけ。


(あ、もうこんな時間。急がないとな)


遅刻しないように歩くスピードを上げる。

ふと、目の前を歩いている人が気になった。


(肌の病気か)


帽子、マスク、手袋などで性別が分からないほど全身を隠した人物。

どこか挙動がおかしくて、見すぎるのは良くないと思いつつも目が行ってしまう。

その時、その人物が急に走り出した。


「は?」


右手には刃物が握られていた。

向かう先には幼い少女と、隣にはその母親らしき人物。


「ッ!!」


急いで不審者へ走って追いかける。

逃げろと叫びたかったけど、スピードが落ちてしまいそうで、ひたすら走った。

この運動不足な身体でも不審者よりはわずかに速い。

母親が少女を抱きしめて屈むのが見えた。


(アイツを押し飛ばして…駄目だ、それじゃ間に合わない!)


考える時間はなかった。

不審者が母親の背中に向かって突く。

急いで間に入った瞬間、腹に激しい激痛が走る。


「なっ…なんだおまえ!?」

「ううう!!」


激痛を我慢して、不審者の顔へ正面から強烈なパンチをくらわせる。

帽子が飛んで男だと判明した不審者は、その場にうずくまって悶え苦しんだ。


「きゃあああ!」

「え、何?誰か刺されたん?」


激痛に耐えられなくなって、ゆっくり地面に横になる。腹に包丁が刺さっていて、大量の血がドバドバ流れている。

ドラマで見る血は、物凄くリアルに作られていることを今知った。


(あの人達は……)


身体が思うように動かなくて、あの人達の方を向けない。

不審者は近くを通っていた人が押さえつけているみたいだ。


「あっ、あの!今救急車呼びました!」


先程の母親らしき人が顔を覗いてくる。

すみません、すみませんと謝罪してくる。

違うんです、俺は謝ってほしいんじゃなくて。


「よかった……。お子さんは……」

「子供も無事です!すみません!すみません!」


子供が隣で不安そうに見ている。嫌な所見せちゃってごめんね。これから大変だろうな。


「気にしないで……」


出来る限りの笑顔で2人に言う。

そう、本心だ。俺は満足してる。

この為に生きてたと思えるほど嬉しい。理解してくれる人は…いるかな?どうだろう。

人の役に立つって、こんなにも満たされるのか。


「ママ…?」

「この人が助けてくれたの…ありがとうって…」

「ありがと…」


俺はヒーローになりたかった。

本当、何で頑張らなかったんだろう。

人を救う手段なんて沢山あったのに、ずっと楽な道に逃げて、なりたいものを見ないふりしてた。


(今になって気づく……なんて…………もっと…………早く……俺は……………………)


意識を失った俺は、暗闇に包まれた。


「死んじゃったか。あの血の量だもんな」


……………………。


「ん?あれ?死んだなら何で考えることが出来るんだ?エッ、まさか天国!?本当にあるの!?」


身体の感覚は無く、そもそも存在していない?

まるで魂だけがここにあるような感覚。

その時、前方に赤い何かが見えた。


「あれは魔法陣……?なんだか近づいて来てるような…」


間違いなくゲームで見るような魔法陣がこちらに近づいてきている。


「よく分からないけど逃げよう。って、ああ!

身体無いから逃げられないじゃん!ぶつかる!」


魔法陣にぶつかる!と無いはずの目を閉じる。


「…ん?」


違和感。重力を感じる。目をゆっくり開けると、俗に言うスーパーヒーロー着地のポーズで魔法陣がある石の地面にいた。そして魔法陣の模様は役割を終えたかのように消えてしまった。


「魔王様…?」


声がした方へ振り向くと、少女がいた。

紫色の髪、赤い目。

年齢は多分高校生くらいだろうか。


「まおう…?」

「!」


すぐに跪く少女。


「ご復活、誠におめでとうございます!遂にお戻りになられたのですね…!」


(魔王?復活?何を言ってるんだこの子は)


何が何だか分からず困惑していると、やけに身体がスースーする感覚に気づく。


「ふっ!?服が無い!??」

「ハッ!すぐにお持ち致します!」


なんと全裸で突っ立っていた。

少女の目の前でだ。ダメだろこれ、大人として。


「何がどうなってるんだ…。俺は死んだはずじゃないのか?」


少女が部屋の外に出ていったので周りを見渡す。

大きなベッド、棚、よく分からない生き物の首…。寝室だろうか?暗い部屋だな。

鏡の前に立ち自分の姿を見ると…。


「何だこれ!」


いつも見る自分の姿。

だが、少し身体が引き締まってる気がするし、身体中に謎の光る模様が走っている。


「夢…だよな。死んでも見れるのか?」

「魔王様、よろしければこちらを」


少女は白くて清潔な服をすぐに持ってきてくれた。


「えっと、君は…?」

「現在の魔王軍四天王が1人、吸血鬼ヴァンパイア、レイン・ブラッドと申します」

「ん?は、はい」


(レイン・ブラッド…血の雨ってか!?物騒すぎる名前!それに魔王軍四天王って何?あぁ…考えることが多い)


ザワザワザワザワ


何やら部屋の外が騒がしくなってきた。

すぐに騒がしさは増していき、耳がキンキン痛くなってくる程になった。


「うるさいな」

「!」


レイン・ブラッドが扉をバン!と開ける。


「静まれ!魔王様をご不快にさせるつもりか!」


シーン


一瞬で静寂が訪れた。


「申し訳ございません。魔王様の魔力に吸い寄せられた者達が、喜びのあまり騒いでしまったようです」

「あぁ…ありがとう」

「魔王様、このままですと似たような者共が増える一方かと思います。ここは1つ…」


(……まぁ、いいか)


とりあえず、流れに身を任せることにした。

そんな俺を待っていたのは、驚きの光景だった。

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