第二話 虚弱令嬢とやりたい放題王子
第二王子のシャルルとの婚約が決まってから、アドリアナの生活は変わった。家の中と庭を行き来するだけの生活から、隔週で一度、シャルルとの面会時間が設けられるようになった。
今日は、アドリアナが王城を訪れる番である。移動の馬車に乗るとき、母エレオノールからこう言われた。
「もし気を失いそうになる出来事に遭遇したら、腹筋に力を入れるのですよ。特に
「分かりましたわ、お母様」
王都にあるドラクロワ邸から王城までは決して長い距離ではないが、それでもアドリアナにとっては大移動に等しい。馬車には彼女が疲れてしまわないようにと大量のクッションやブランケットが敷かれ、馬車の揺れをできるだけ緩和するよう配慮がなされていた。
(今日でシャルル様とお会いするのは三度目…。今度は笑ったお顔が拝見できるといいのだけれど)
二人の一度目の面会は、王城で行われた。互いに名乗ったあと長く沈黙が続いたが、アドリアナにとっては少しも苦痛ではなかった。
(まあ、眉間に皺が寄ってらっしゃるわ。凛々しいお顔の方なのね)
(これがドラクロワの娘…。顔はまぁまぁだが、ガリガリではないか!)
(それに先ほどから一言もお話にならない。寡黙な方なのね。それも素敵だわ)
(少しも話そうとする意欲を見せない。こんな女といてもつまらんだけだ!)
心の中でさえ、二人の会話は噛み合わない。傍から見れば、ぽぅっと黙って彼に見惚れるアドリアナと、そんな彼女を邪険に扱うシャルル。初回から二人の相性が悪そうなのは明らかだった。
二度目の面会は、ドラクロワ家で行われた。よく晴れた日に庭先でお茶をしたのだが、やはり二人の間に会話はない。
(太陽の下で見るシャルル様も素敵ですわ。金色の髪がキラキラ輝いて綺麗ね)
(外で見るとますます青い顔をしているではないか。なんだか辛気臭いな)
(こんな方と婚約だなんて…私ったら幸せ者ね。運命って、本当にあるのだわ)
(こんな女と婚約だなんて…エリザベッタの方が俺に相応しいだろう!?)
そうして三度目の面会だ。既にもう、アドリアナには幸せになる未来しか見えないのである。
「シャルル様、ご機嫌よう」
王城の侍従に連れらえて、応接間へと訪れたアドリアナ。なぜかそこには、シャルル以外の先客がいた。その姿を見て、侍従の表情が青くなる。婚約者との面会の場に他の令嬢を同席させるなど、前代未聞だった
「今日は俺の大切な友人エリザベッタも同席させる」
「……エリザベッタ、様?」
華やかな雰囲気で、身体つきも豊満だ。そんな彼女は、当然のようにシャルルの隣に座り、そして勝ち誇ったような顔つきでアドリアナを見ていた。
「ご機嫌よう、ドラクロワ嬢。モンティス伯爵家のエリザベッタ・モンティスですわ」
同じ伯爵家令嬢という身分でも、アドリアナは第二王子の婚約者だ。本来であればエリザベッタはアドリアナに敬意を払わなければならない。しかし彼女の視線は挑発的で、どこかアドリアナを見下していた。
「あら、モンティス家のご令嬢だったんですのね。はじめまして、モンティス嬢」
にこりと微笑んだアドリアナ。彼女に嫌味は通じない。なぜなら悪意とはかけ離れた家族の中で、大切に育てられてきたからだ。
(こんな華やかなご令嬢がご友人だなんて、さすがシャルル様だわ)
(なんなのこの女! 自分がシャルル様の婚約者だからって余裕があるフリ!?)
シャルルと同じく、初見にして、アドリアナとエリザベッタの間には見えない溝が生まれていた。
それからの時間はもうひどい有り様だった。
「エリザベッタは社交界の華と呼ばれているんだ。ドラクロワ嬢も彼女からいろいろと学ぶといい」
「やだ、シャルル様ったら。恥ずかしいですわ」
(まあ、シャルル様が笑っていらっしゃるわ。笑顔も素敵な方ね)
「そうだ、エリザベッタ。次の休みは一緒に城下へ行かないか? 気になる宝石商があると言っていただろう?」
「お忍びデートですわね! あたくし、嬉しいわ!」
(ご友人との交流も大切なことですもの。シャルル様は社交術に長けていらっしゃるのね)
のほほんと勘違いを続けるアドリアナに、シャルルとエリザベッタは苛立ちを隠せなくなってきていた。そのせいで、彼らの態度は悪化する一方だった。
王城での面会でお茶会に誘われたかと思いきや、やはりその場にはエリザベッタが同席している。そして合間に行われた温室への散歩は、シャルルとエリザベッタだけが行ってしまった。
また、あるときの舞踏会では、アドリアナをエスコートだけしてシャルルはエリザベッタのもとへ行ってしまった。
「踊ってしまっては、ドラクロワ嬢は疲れて舞踏会を楽しめなくなってしまうだろう? だから休んでいるといい。俺はエリザベッタと少し回ってくる」
シャルルはアドリアナを気遣う素振りを見せ、ファーストダンスさえも踊らずに、いつの間にかアドリアナを残してエリザベッタと会場を抜けていた。
(私が虚弱なせいで、シャルル様にお気を遣わせてしまっているのね。申し訳ないわ。けれどこんな風に気遣いができるシャルル様も素晴らしいわ)
温室育ち、箱入り娘のアドリアナ。そんな彼女にさらなる悲劇が訪れるのは、もう少しあとのことだった。
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