3

「退治じゃなくて済むならその方がいいじゃないですか」

 悠汰ゆうたには、それで済ませられる自信があった。だから再び――ただ、静かに声にする。

「その魂玉こんぎょく、仕舞ってください」

 柔らかくもあり鋭くもある眼光を、悠汰が正継まさつぐに向けた。

 正継の右手からわずかに前に浮いている新緑色の魂玉。それを悠汰はちらりと一度だけ見た。ふたりのやり取りを見守るようにしてそばにいる蜥蜴とかげの親子もまた――悠汰の右後方からは親の方が、正継の背後から子が警戒して見ている。魂玉が浮いていることは能力発動の前兆だと察しているのだ。

 その二体が親子だというのも勝手な想像だった。

「どう報告するってんだ」

 正継は後ろをたまに確認しながら。

「あったままを報告するだけです」

 悠汰も右後方の一回り大きな蜥蜴をちらりと見やった。

 蜥蜴たちは、場所を動く気配を感じさせない。手足は動かない。動く気がない? 悠汰はそんな風に考えるだけだった。

 そんな折、親蜥蜴のほうが、第三ゲートのほうへ首を動かし、見たようだった。ただ、その視線の先は、すぐに彼らのほうへと戻った。

 特に、正継の右手の指の先に浮く魂玉へと。

「……ちっ。もういい」

 投げやりな言葉のあとで、正継の口からは溜め息が漏れた。彼は毛をむしるほど頭をき――カラーコンタクトをしているのだが――その青い目を、悠汰のすみれ色の目へと向けると――

「お前に阻止される前に殺す」

 それが、引き金だった。

 悠汰の叫び声。怒り混じりの。

 それと同時に、悠汰は右手に、正継の出したそれより二回りは大きい魂玉を出した。青い魂玉。そこから、一瞬で氷壁を呼び出す。ひと際大きくきしむような音が鳴った。

 対して正継もまた、技を放っていた。

 風。

 一定空間での激しい熱の誕生と消失とが一度に起き、吹き荒ぶ。両者、両魔物にも、すぐ傍の手すりにも――出航待合室のすべてのインテリアにその余波が。重いベンチが押し動かされるほどに。

 ただ、巨大な氷壁がそれへの盾となった。悠汰とその右後ろの蜥蜴へ風はそこまで来なかった。今までで最大の暴風を生み出した正継に、

「すみませんけど寝ててください」

 と、悠汰は強く念じた。

 正継にとって、目の前が青く輝いたように見えた。具体的にそれが何なのかを認識する間もなく、正継は倒れた。


 ……目を開けた時、最初に彼の目に映ったのは、風に揺らぐ枝葉だった。




 予想通りになった。が、自分の推理が正しいのではなかった。

(悠汰ぁ……)

 一呼吸置いてから、それは声にまでなった。

「当たっとるやないか、あいつめ」

 ただ、声は小さかった。誰にどう聞かれてしまうか。それを、半田はんだ健司けんじも気にした。

 健司は後を追っている。研究者とそれを導く者――校舎生や教師――の流れを、そして音を追っている。森の中で、だ。

「何人か……いや、何かが隠れとる……?」

 健司は気配を読むのが得意で、まだ疑問の段階とはいえ、彼の近くの誰より気付いていた。

 彼特有の魂術こんじゅつ能力の為に、察知・警戒は健司にとって必然だった。

 技術を高めたが、それを使う機会に巡り会わないのならば、それ以上の幸福はない。

(使わずに済む平和がありゃ、それに越したこたぁないんよな。で、その平和を堪能したいってのに)

 夢に浸るのもい加減でやめることにし、健司は、周囲の者と同じように歩きながら、状況を分析した。

(一ノ宮センセの戦術の授業でも、こんな場合なんぞ想定もクソもしとらんっちゅうねん)

 周囲を見渡す。

 自分たち校舎生は、どこへともなく連れて行かれた。今もその最中だ。魂術能力を使って稽古をしてみろと、見ず知らずの場所で言われてすぐにできる者はそうそういない。人も多いし、距離感にまず迷う――だけでなく、何を対象にすればいいのか、探さなければならない者も存在する。この深い森でだ。

(一応トップが悠汰やからって、俺ぁそこまで劣っとるわけでもないしな。クラスでは次席なんやし)

 自信を心の中で高めていく。だが健司は、それをも、ほかが気になってやめた。

(……三人……いや三匹か?……ん? 待てよ? 連れてった先で課外研修をやるっちゅーんをどこの誰が知っとるんや。この授業の指導員らが、もろ々、もしかして……?)

 真剣を両肩にあてがわれているような、そんな寒気を健司は感じた。

「よーし、ここでいいだろう」

 前の方からの、誰かの声。健司にはそれが誰なのかわからなかったが。

 前方の動きが止まった。

 目を凝らしよく見れば、視界が広がった。目を凝らした時に、一瞬何かが光ったように、健司には見えた。鮮明になったと錯覚した視野の中で、現実が彼の心を突く――

 人が、倒れていた。

 異臭はしない。血も出ていない。確かなことは、それらが呼吸すらしていないということだった。

「んなっ――」

 こうも簡単に死をもたらしてもいいのだろうかと、愚問が彼の頭に浮かんだ。

 何かを問うよりも。

 と、防衛反応が働いた所為せいか、健司は知らぬ間に魂玉こんぎょくを呼び出していた。魂力こんりょくをできる限り抑えて察知されにくくされた、黒く光るそれを――左肘の近くに、生み出してからずっと密着させている。自分という存在の幅ができるだけ小さくなるように。発見されにくくなるために。

 そしてその魂玉に、健司は右手を差し込んだ。生温かさと冷たさを同時に味わうような感覚の中で、彼は、その手の人差し指以外を曲げ、そして引き出した。

 ぬヴるッ――

 という奇妙な音と共に出て来たのは、魂色こんしょくと同じ色の、彼の手に対して大き過ぎない銃。

 力み過ぎないように構える。重心は低く。右手で持つそれの底に左の掌を添えて。

魂素流こんそりゅうを凝縮して射ち出す……今の俺なら……四十発くらい、か?)

 考えながら、健司は、自身がソウルファイアと呼ぶそれを下向きから上向きに構え直し、胸の前の位置で固定させた。そして辺りを見渡した。

 ちらほらと立っている人物が見受けられる。

(どんな能力で前の人だかりが倒れたんや……)

 思考は続く。この場所で立っている人物を簡単に信用しては駄目だということも、彼は考えた。

(全部敵か? そう思うくらいやないといかんか。目的がせん滅ゆーんなら、やっぱもう一回攻撃されるんやろうけど……大きい能力やなさそうや。多分身を隠しとる。先頭付近の生き残りに見られでもしとるんちゃうか……? うーん。確かめられてない……俺の位置って、もしかしてやばいんかっ!?)

 神経を集中し、再度、見渡した。振り向いては銃を構える。また振り向いては同じく銃を――

 そのほんの数秒後。

 ゾグンッ!

 と、大きな何かが動いた。物を掘り上げたり叩いたりするような動き。健司はかわしたものの、それが地面を刈り上げた。

 地面を切り裂いたもの、それは、はさみだった。ただし、超が付くほど巨大。

 巨人の手に似合うそれを、腕を大きく使って操る男がひとり、健司の前にいる。

 唐突に現れた彼に向けて。

「何やっちゅうんじゃワレ!」

「何なのかって?」

 そう言うと、相手は、どう聞いても狂っているとしか思えない笑い声を上げ、それからまた。

「そんなこと知ってどうするんだ? 俺のシザーの錆にでもなりな!」

(来る!)

 答えてもらえるとは限らない、そのことに苦笑してから、健司は相手の動きを注視した。相手の男の胸には銀色の魂玉がぴったり張り付いていて、一緒に動いている。武器破壊しても、そこから出されるかもしれない。

 男は、不気味に笑いながら、健司のほうへと跳び掛かる。

(何なんやこいつ、狂っとるんか?)

 素早く後退し、刃が迫る度に、その都度、ける。

 挟み込めない瞬間が何度も相手を焦らせた。

 手応えのある相手。避け続ける健司を前に、焦らされただけのように、男は、喜びの顔を見せた。

 魂術こんじゅつは攻撃性の高い力。相手は特にそれに酔いれている。健司もまた自分の力の危うさを思うと気持ちが悪くなり、移動速度が一瞬落ちた。よくないと思い、ある程度太くまっすぐに立つ木を遮蔽物にして、次の瞬間、飛び出そうとしたその時――

 足を、引っ掻けてしまった。地面の、根の凸凹でこぼこに。

(しまっ――)

 体勢を崩した健司は、何とか足を前に出し、踏ん張った。その時。

「ぎひゃははは!」

 男の笑い声と、はさみの刃が、健司へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る