勝ち確すぎる負けヒロインは、今日も恋をしている

鏡銀鉢

第1話 偽恋から逃げられない俺と、勝ち確なのに拗らせすぎな幼馴染

「おいお前、日向ちゃんと幼馴染って本当か?」


 梅雨が収まり始め、ぽつぽつと晴れの日が出始めた六月の終わり頃。

 うだるように蒸し暑い教室で、俺はクラスの男子から藪から棒どころか丸太ぐらい唐突な話題を振られた。


「日向って、日向小春か?」


 懐かしい名前を俺が返すと、男子は俺の机に手を着いて、前のめりに頷いた。


「おう。聞いたぞ桐山。小学校六年間同じ教室でいつも一緒にいたって」


 ただでさえエコの名目でクーラーと除湿機の稼働をケチった教室なのに、鼻息荒く聞いてくる男子は不快指数三〇パーセント増しだった。

 思わす、への字口を作った。


「だったらなんだよ?」

「おいおいやっぱそうかよ!」


 急に声をひそめながらテンションを上げて、男子は俺の横に回り込んできた。


「だったら紹介してくれよ。いいだろ?」

「なんで?」

「なんでっておまっ、日向ちゃんて言ったら入学以来三か月連続セックスしたい女子一位の完璧美少女だろ。顔よしスタイルよし性格よしの三拍子で学年中の男子が毎晩オカズにしているって言われているんだぞ」


「どこ情報だよ気持ち悪い」


「なぁなぁ、お前幼馴染なら日向ちゃんの中学時代の写真とか持ってねぇのかよ。卒業アルバム見せてくれよ。日向ちゃんて中学時代からあんな爆乳だったのか? あと紹介してくれよ。男気溢れる親友ってことにしてさ」


 無駄にテンションのアクセルを踏みながら絡んでくる男子に、俺はハエを追い払うように断った。


「んなもん小六で終わってるっての。中学三年間はまともに口利いたこともねぇよ」

「えっ、あんなグラビアアイドル級の幼馴染がいてお前何もったいないことしてんだよ?」


 信じられない、とばかりに男子は固まるが、俺は溜息を吐きながら理想と現実を教えてやった。


「あのなぁ、男女の友情なんて小学生で賞味期限切れが常識だろ? 幼馴染ヒロインはアニメの中にしかいないの。わかったら森に帰れ」

「ちぇっ、つかえねぇの……」


 期待外れを隠しもしないで舌打ちをしてから、男子は自分の席に戻った。

 それから、スマホをいじるフリをして横目で教室の中心をしきりに気にしていた。


 視線を追えば、そこには三年ぶりに同じクラスになった俺の幼馴染、日向小春が男女数人ずつのグループに囲まれていた。


 可愛らしい小柄な体躯とは裏腹に手足はすらりと長いモデル体型。


 肩口で切りそろえた赤みがかった茶髪はくびもとでやわらかく膨らみ、右側のワンサイドアップヘアが太陽光を艶やかに反射して、まるでシャンプーのCMを彷彿とさせた。


 愛嬌の大きな瞳は無邪気で人懐っこい笑みを浮かべ、どんなに気難しい男でも、彼女の眼差しひとつで毒気を抜かれてしまうだろう。


 けれど、クラス中の男子たちが熱い視線を送るのは、そのどれでもなかった。


「それにしても本当に暑いよねぇ。クーラー二九度までってほぼ夏日じゃん」

「湿度考えたら体感温度余裕で三〇度越えじゃん。冷房利いた部屋からマジ出たくないよねぇ」


 長い髪をゆるふわウェーブにした背の高い女子が声を濁らせて愚痴った。

 女子の中では中心人物で、名前は確か城崎美鈴とか言った気がする。


「ほんと、暑くてこまっちゃうよねぇ」


 汗ばむ肌で小春が親し気に共感すると、城崎は眉間にしわを寄せた。


「つうかさぁ、あんたこの時期絶対汗溜まっているでしょ? 汗疹とかどうしてんの? ベビーパウダーで間に合う?」


 城崎の意地悪な目が見下ろしたのは、小春の胸元だった。

 元からチラチラと視線を向けてはいたけれど、話題を振られたことで、周囲の男子たちが遠慮なしにガン見し始めた。


「ふゃっ」


 小春が、幼い頃と同じ声でテンパった。

 慌てて両腕で胸を抱き隠すも、彼女の細い腕では半分も隠せていない。

 むしろ、食い込んだ腕のせいで上下に溢れて、強調されてさえいた。


「あんたまだサイズ上がっていない? 絶対春からワンカップ大きくなったでしょ?」

「そ、そんなことないもん!」


 小春はただでさえ上気した肌を赤くして、必死になって否定した。

 額から流れ落ちた汗がワイシャツの胸元に滴り落ちると、城崎はニヤリと笑った。


「つかマジで何したらそんなに育つのよ? 日本人離れどころか人間離れしてんじゃん。アメリカのポルノ女優かっての!」


 城崎が調子よく舌を回すと、他の女子が深刻そうな声を漏らした。


「あ、あたしも気になる。ねぇ小春、やっぱ何か秘密があるんだよね? 何か運動とかマッサージとか」


 すぐ近くに男子もいるのに、陽キャの女子たちはおかまいなしにズケズケと追い詰めるように聞いてくる。


 周囲どころか、クラス中の男子たちが目と耳を小春に集めているのがわかって、なんだか嫌だった。


「えぇ~、な、なにもしていないよぉ……」


 小春がよわり果てた声を上げながら、許しを請うような口調で体を縮めた。


「うわ~、それ一番ムカつくやつ~! やっぱ遺伝かなぁ。お母さんとか姉妹も大きいの?」


 小春には二つ下の妹がいる。彼女とも随分会っていない。

が、今はどうでもいい。


 ただでさえ暑い中、さらに頭の奥が熱くなるよう状況にもかかわらず、城崎は悪乗りするようにして朗々としゃべり続けた。


「ていうかブラだけじゃなくてワイシャツもそれ限界じゃない? マジでぱつぱつ。ボタン飛ぶわよ? どうせウエストに合わせて買ったんでしょ? ダメよ、小春は胸に合わせてXXXLにしないと」


「そんなの売っていないよぉ……」

「サイズは否定しないのね」

「ぁぅ……」


 城崎に睨まれて、小春はうつむいてしまった。

 その顔は恥ずかしさと後悔、そして、この場から逃げ出したいと、救いを求めるようにも見えた。


 苛立たしい光景に俺は奥歯に力が入った。


 このぐらいのイジりは日常茶飯事だけれど、今日はいつも以上に長くて、そしてしつこかった。


 暑さの憂さ晴らしか、城崎は止まらない。


「高一でそれならあんた卒業する頃にはマジで爆乳どころか超乳でしょ。それだけの胸で彼氏がいないとかマジ信じられないわ」


「えっ? 日向さんて彼氏いないの!?」


 ――拾うなよ馬鹿。


 野球部男子の驚愕に、城崎は頷いた。


「そうなのよ。この子ってば入学以来ほぼ毎週告られているのにみーんな断っちゃってさぁ。あんた先輩たちからの評判悪いわよ~。学園中のハイスペ男子みぃんなおっぱいで持ってっちゃうくせしてお高く止まっているって」

「わたしは、そんなつもりは……」


 胸を隠すように背中を丸める小春に、だけど助け船を出す奴はいなかった。

 むしろ、みんな城崎にもっとやれとエースを送ってさえいるように見える。

 自然と、俺は握り拳を作っていた。


「他に好きな人いるか聞いてもいないって言うし、これだけ選び放題なのにあんたどれだけえり好みしているのよ? 石油王でも狙ってんの? あ、それとも卒業したらグラビア行くから恋愛禁止とか? そりゃ処女のほうが価値つくわよねぇ」


 教室中の男子たちが息を止めたのがわかった。


 虫が囁くような声で「マジ?」「やべぇ」「そうなんだぁ」という、気色悪い声が聞こえてきた。


 すると城崎は男子たちの反応に上機嫌に口調のギアを上げた。


「喜びなさい男子たち。グラビアって何年かしたらAV女優に転向するんでしょ?そしたら小春の裸見放題じゃない? ヤりたい女子ランキング一位なんでしょ?」

「おいおい、じゃあ将来男優になれば小春ちゃんとワンチャンあるってことかよ? なんてな♪」


 と、バスケ部が笑うと、クラスの男子たちがどよめいた。

 今、こいつらの頭の中で何が描かれているか想像するのは簡単だった。

 怯えるようにうつむく小春の表情が、今にも泣き出しそうに歪んだ。


 ――いつ以来だ……小春のあんな顔。


 小学生時代、いじめられて泣きじゃくった小春の顔を思い起こした。

 気が付けば、俺は吐き気がするほど胸が熱くなっていた。カカトが床を踏み下ろすのに、ためらいはなかった。


「でも実際天職でしょ? いいわよねぇ、胸が大きいだけでお金稼げて――」


 城崎の声が止まり、みんなのざわめきが静寂に変わった。

 小春の手首を取った俺は、語気を強く、城崎を睨み下ろした。



「俺のだから」



 顔を上げて、目を丸くして唖然とする小春の意思も聞かないで、俺は彼女を無理やりその場から連れ去った。


 後先考えない最低の行動。


 小春からいくら責められてもいい、後で誰に謝ってもいい。

 今はあの場に小春を置いておけなかった。


 ただ、彼女を痛がらせないよう、手にはあまり力を入れていないのに、黙ってついてきてくれるのが、少し嬉しかった。

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