第4話 「ローマの休日」のスローリーディング  その4

◎場面1  その4

ヨーロッパ親善旅行の最終訪問地、イタリアの首都ローマ。舞踏会を終えた夜、宿舎となった大使館のアン王女の寝室。アン王女と秘書役の伯爵夫人.

その後、ボナコーベン医師と将軍が部屋に入って来る。

アンの治療をして三人は部屋から退出する。


(英語のセリフ)

〇伯爵夫人: It's alright, dear, it didn't spill

〇アン王女: I don't care if it's spilled or not. I don't care if I drown in it!

〇伯爵夫人: My dear, you're ill. I'll send for Doctor Bonnachoven.

〇アン王女: I don't want Doctor Bonnachoven; please let me die in peace!

〇伯爵夫人: You're not dying.

〇アン王女: Leave me. Leave me!

〇伯爵夫人: It's nerves; control yourself Ann.

〇アン王女: I don't want to!

〇伯爵夫人: Your Highness. I'll get Doctor Bonnachoven

〇アン王女: It's no use.I'll be dead before he gets here.


〇ドクター: She is asleep.

〇伯爵夫人: She was in hysterics three minutes ago, Doctor.

〇ドクター: Are you asleep, ma'am?

〇アン王女: No!

〇ドクター: Oh. I'll only disturb Your Royal Highness a moment, ah?

〇アン王女: I'm very ashamed, Doctor Bonnachoven; suddenly I was crying.

〇ドクター: To cry-a perfectly normal thing to do.

〇将軍:It's most important she be calm and relaxed for the press conference, Doctor.

〇アン王女: Don't worry, Doctor: I- I'll be calm and relaxed and I-I'll bow and I'll smile and- I'll improve trade relations and I, and I will...

〇伯爵夫人:There she goes again. Give her something, Doctor, please.

〇ドクター: Uncover her arm, please,

〇アン王女: What's that?

〇ドクター: Sleep and calm. This will relax you and make Your Highness feel a little happy. It's a new drug, quite harmless. There.

〇アン王女: I don't feel any different.

〇ドクター:You will; it may take a little time to take hold. Just now, lie back, ah?

〇アン王女: Can I keep just one light on?

〇ドクター:Of course. Best thing I know is to do exactly what you wish for a while.

〇アン王女: Thank you, Doctor.

〇伯爵夫人:Oh, the General! Doctor, quick!

〇ドクター:Oh!

〇アン王女:Hah!

〇将軍:I'm perfectly alright. Goodnight, ma'am.

〇ドクター: Goodnight, ma'am.

〇アン王女: Goodnight, Doctor.


(私訳)

〇伯爵夫人:(ミルクの乗ったトレーを下げながら)大丈夫です。こぼれてはいません

〇アン王女:ミルクの事なんてどうでもいいわ。ミルクで溺れたってかまわない

〇伯爵夫人:王女様、ご病気ですね。ボナコーベン先生をお呼びします

〇アン王女:ボナコーベン先生はけっこうよ。このまま静かに死なせて

〇伯爵夫人:死にませんよ

〇アン王女:ほっておいてちょうだい

〇伯爵夫人:興奮しておいでです。しっかりしなさい、アン

〇アン王女:いやよ!

〇伯爵夫人:王女様、ボナコーベン先生を呼んで来ます

〇アン王女:無駄よ。先生が来る前には死んでいるから

(伯爵夫人、医師、将軍が部屋に入って来る)

〇ドクター:眠っておいでだ

〇伯爵夫人:3分前にはヒステリーを起こしていたのに

〇ドクター:(アンに向かって)お休みですか!

〇アン王女:全然!

〇ドクター:王女様、ちょっと失礼いたします

〇アン王女:(医師は体温計をアンの口に差し入れる)先生、私恥ずかしいですわ。急に泣いたりして

〇ドクター:泣くのは自然なことです

〇将軍:記者会見に王女様が落ち着いてリラックスして臨まれることが何より重要なことです、先生。

〇アン王女:ご心配なく、先生。私、冷静にリラックスして、 お辞儀をして、微笑んで、通商関係を促進して、そして (また興奮状態になる)

〇伯爵夫人:また始まりました。何か差し上げてください、先生

〇ドクター:(伯爵夫人に向かって)腕をまくって差し上げて

〇アン王女:それは何ですの?

〇ドクター:ゆっくりお休みになれる薬です。 これでお気持ちが楽になり、少々楽しい気分になれます、王女様。新薬で、副作用は全くございません。ほら

〇アン王女:何にも変わらないわ

〇ドクター:注射が効いてくるまでには少し時間がかかります。今のところは横におなりになって、いいですね?

〇アン王女:明かりを1つだけつけておいてもいいかしら?

〇ドクター:もちろんです。 しばらくの間は、自分のなさりたいようにされるのが一番です

〇アン王女:有り難うございます、先生

〇伯爵夫人:(後ろで将軍が倒れているのを見て)まあ、将軍が、先生早く!

〇ドクター:おお

〇アン王女:(アンは思わず吹き出す)ハッ!

〇将軍:(立ち上がり、ガウンを整えながら)私なら大丈夫。おやすみなさい

〇ドクター:(部屋を出て行きながら)お休みなさい、王女様

〇アン王女:お休みなさい、先生


(チョットひとこと)


① アン王女のセリフI don't care if I drown in it! (ミルクで溺れたってかまわない)。ここにはヒステリーを起こしている最中ですら、天性のユーモアがあふれ出るアンの人柄がうかがわれる。


② 英語の表現

今回の場面で伯爵夫人がボナコーベン先生を呼びに行くのに二つの異なった表現を使っている。

・I'll send for Doctor Bonnachoven.

・I'll get Doctor Bonnachoven

最初のsend forは「~を自分の居場所に来させるために人を使いに出す」であり、

二つ目のgetは「自分が行って連れてくる」ということ。

実際、伯爵夫人はI'll get Doctor Bonnachoven(ボナコーベン先生を呼んで来ます)と言って、アンを残して部屋を出て行く。


・ドクターのセリフのit may take a little time to take hold(注射が効いてくるまでには少し時間がかかります)について。

take holdは「(薬が)効く」の意でtake effectと同じ。


③ 興奮したアン王女に対し、伯爵夫人はついにこう言う。

control yourself Ann.(しっかりしなさい、アン)

このように呼び捨てにしている。

この言葉から伯爵夫人がアン王女が幼いころからの世話係、教育係であったことがうかがわれる。

そうなければいかに堪忍袋の緒が切れたとはいえ、一国の王女を呼び捨てには出来ないだろうから。


④ 怖い医者

興奮したアン王女を鎮めるため御付きの伯爵夫人がボナコーベン医師を呼んでくる。

ドクターは王女の額に手を当て、それから体温計を王女の口に入れる。

脇の下にはさむべき体温計をこともあろうに口にくわえさせるとは

(何と不衛生な!)

と、テレビの洋画劇場で初めてこの映画を観た私は思ったものだ。

現在の電子体温計が現れる前は水銀体温計だった。

何かのはずみで口に入れた体温計をかじってしまうと水銀を飲み込みかねず、危険ではないかとも思った。

ところが調べてみると欧米ではこのくわえ方式が一般的であったようだ。

しかし、少なくとも私の家族は言うに及ばず、病院でも体温計を口にくわえている人を見たことは今まで一度もない。

ヘプバーンの髪形やファッションに大きな影響を受けた当時の女たちも、この体温計を口で測る真似だけはしなかっただろうと思う。


さてこのシーンの後で、再び興奮したアン王女にドクターは睡眠と安静の効果のある注射を打つ。そこに立ち会ったのはアン王女のヨーロッパ親善旅行に同行している将軍。彼は注射嫌いの様で、アン王女が注射されるのを横目で見ていたがついに失神してしまう。

高位の軍人でありながら注射が怖いというこのアンバランスが面白い。

アン王女も面白かったらしく、失神した将軍を見て「アハッ」と思わず笑い声をあげる。

将軍を演じたトゥッリオ・カルミナーティはクロアチア出身のイタリア人俳優。幅広い役柄をこなし、チャールトン・ヘストン主演の「エル・シド」には神父役で出ている。

ちなみにこの時アンが打った注射が、この後、共和国広場で彼女が眠るシーンの布石になっている。


さて、このドクターはやさしく紳士的だが、医師が登場する怖い映画と言うと、イギリスの名優ローレンス・オリヴィエがナチス残党の歯科医を演じた「マラソンマン」がある。

主役である大学院生のベン(ダスティン・ホフマン)に自白させるため拷問にかけるがその拷問が怖いのなんの。見ているこちらが鳥肌を生じたほどだ。

なにしろ麻酔なして歯科医が使うドリルで歯を削るのだ。あのキーンと言う音は誰にもなじみがあるだけに、見ているだけで体が硬直し、自分が拷問にあっているような気がしたものだ。

もしあの将軍がこの拷問を見たら、失神では済まなかったかもしれない。

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