第19話 自分の中で決めていた壁 【♡有】
人生初のキスをしながら、俺は過去の自分の発言を思い出していた。
『キスってさ、漫画やドラマじゃ簡単にするけど、実際はスゲェーハードル高い行為だよな?』
酒の勢いのまま言葉をぶつける俺に、圭吾も雅治叔父もシラーっとした顔で黙っていた。
『蓮、それ……童貞ならではの言葉』
『全く、これだけら恋愛経験皆無のお子ちゃまは』
『え! いや、だってだよ? 人の口と口がぶつかるんだろ? 気持ち悪くねぇ? 俺、コップの又貸しとか、鍋とかですら無理なんだけど!? 家族ですら出来ないのに、それを他人とだなんて考えられねぇ!』
潔癖が常識のご時世……間違ったことは言っていないと思う。
その上、口でご奉仕とか、アブノーマルセックスとか、マジで無理。
そんな俺に雅治叔父は、呆れて笑いながら答えを述べる。
『アンタも好きな子ができたら分かるわよ。気持ちのいいキスは全身が痺れちゃうから』
『はぁ? 何それ』
『恋は素敵って話よ♡ 何度失恋したり、振られても、人は恋をしちゃうのよねぇ♡』
——あの頃の俺は、何一つ分かっていたなかった。
愛しい人を抱き締めたくなる気持ちも、何度も唇を重ねたくなる衝動も。一度知ってしまったら、もう後戻りは出来ない。
「ん、んン……っ、先輩……」
角度を変えて、何度も。
彼女の吐息の熱さを近くで感じながら、俺たちは互いの身体を抱きしめ合いながらキスを続けた。
サラサラの艶のある黒髪から、ほんのりと熱を帯びた耳を指でなぞりながら、そのまま首筋を這わせた。鎖骨、胸元……手のひらに重みを感じた頃、彼女の唇から艶声が漏れた。
「——ごめん、俺」
「……いえ、私の方こそ」
少しだけ冷静になった俺たちは、小さく息を吐いたけれど、再び視線が合った瞬間、唇を塞ぎ合っていた。
チュ……チュッと、脳に響く音が鳴り続ける。
(ヤバい、止まらない。止めたくない——……!)
すぐ近くにいる澄恋さんの顔がいつもと違って、まるで発情期の猫みたいにトロンとして、可愛いというか、エロいというか、もっと掻き回して壊したくなる。
初めてちゃんと抱き締めた女性の身体は、思っていたよりっも小さくて、細くて、柔らかかった。
簡単に壊れると思っていたけれど、実際は力が吸収されている感じがして——自分の中に滾っているものを受け止めてもらっているような気がした。
(これが男と女——……
着衣の上から、身体のラインを確かめるように指を沈めた。そしてキスを続けて、動かして。そんなことを何度も続けていたら、いつの間にか窓に薄青い空が見え始めていた。
「——え、朝?」
「え? もうそんな時間なんですか?」
眠たいどころか、すっかり冴えてしまった頭。
それよりも何時間も抱きしめ合いながらキスをしていたことに驚きを隠せない。
「……六時前。マジか、全然気付かなかった」
二人とも慌てて身を起こしたが、距離は離れず、結局まだ腕は絡まったまま。
「あの、先輩。私たち……ほぼずっと、抱きついてましたよね……?」
「ああ。しかも……キス、ずっと……」
言葉にした瞬間、二人そろって真っ赤になる。初めてのキスだったのに、何度も何度も求め合って、抱きしめ合って。思い出しただけで体温が上がってしまう。
「や、やだ……恥ずかしい……!」
「いや、嬉しかったけど……その……」
気まずさじゃなくて、好きすぎる照れが溢れて止まらない。
彼女が俺の肩に体重を預けてくる。その重みや温もりが素直に嬉しい。
「好きになるって、すごいな。俺、素直に澄恋さんに好きって言えることが、こんなに幸せなことだと思ってもいなかったよ」
「それは私も……。そもそも私なんかが誰かとこんな関係になれるって思っていなかったし、しかもその相手が音無先輩だなんて——夢みたい」
憂いを帯びた彼女の瞳が俺に向けられた瞬間、愛しくて堪らなくて、思わずそのまま背中に手を回して抱き寄せていた。
「これからは、もっと大事にする。俺が澄恋さんを守るから、澄恋さんは俺のことを信じて。何かあった時に後悔したくないから、俺が駆けつけられるようにしてて」
「——音無先輩」
「蓮って、呼んでほしいな」
彼女は唇を噛み締めた後、キュッと口角を上げた。その時に見た笑顔を、俺は一生忘れない。
生涯、ずっと彼女を守り続けようと心に誓った瞬間だった。
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