第2話

 きらきらと緑が光を反射する田舎の野良道を、アッシュ達はどんどん歩いて行った。

 やがて、野良道は赤い煉瓦に舗装された道に交わり、そこをずっと歩いて行くと、ロイヤルブルーの屋根の厳めしいお屋敷が出てきた。屋敷の周りには塀が張り巡らされ、正門の前には村では見かけない番人が立っていた。


 子どもギャング団達は、番人に見つからないように距離を取って、大きな樫の木陰から屋敷の様子を窺った。皆、夏休み中毎日、隠れ鬼や缶蹴りをしていたため、隠れるのは非常にうまかった。

「どうする? アッシュ。大人が見張りに立っているぜ」

 クルトがそう尋ねてきた。

「抜け道を探す! 手分けして、屋敷のジャクテンを探すぞ!」

 アッシュがそう号令を出し、子どもギャング団達はぱっとその場に飛び散ると、大人の目をかいくぐりながら屋敷の抜け道を捜し回った。

 程なく、ヴァルターの妹のミラが、屋敷の東北の塀が崩れて、子どもの一人ぐらいなら通り抜けられる穴になっていることを見つけ出した。ベニヤ板で簡単に小動物が通り抜けられないように塞いでいるだけだそうだ。

 アッシュはそこへ行って抜け道を塞いでいるベニヤ板を確認し、思い切りケリをいれると板を壊して塀から引き剥いだ。


「よし! ここから皆で入ろうぜ。ただ、中はオトナがいっぱいいる。見つからないように幽霊女を捜すぞ!」


 そういう話になったのだった。

 アッシュを先頭に子ども達は塀の小さな穴をくぐり抜け、忽ち大きな屋敷……即ち貴族の別荘の不法侵入者となった。

 子ども達は庭に整然と植えられた木々の隙間から隙間へ飛び移るように移動し、屋敷の建物に近付いていった。

 そして、見つからないように見つからないようにと気をつけながらも、一階の小部屋の小窓が開いているのを発見し、まずはそこにアッシュが飛びついていって、中を確認した。そこは、使用人達の休憩室のようだった。誰かがタバコをすったため窓を開けた後、閉め忘れたらしい。灰皿に吸い殻が捨ててある。

 アッシュはその吸い殻を吹っ飛ばさないように気をつけながら、窓をよじ登ってテーブルの上に飛び降りた。そして次々、彼の可愛い手下が窓に飛びついてくるのを、手を引っ張って登ってくるのを助けた。

「大きな音、立てるんじゃねえぞ」

 一人一人にそう声をかけながら、アッシュは見事全員、一人残らず、屋敷の中にまで不法侵入することに成功させた。


 何も言わずとも、クルトとフランツが休憩室の閉められたドアに飛びついていって、長い耳で物音に耳を澄ませた。

--何も聞こえない。


「気をつけろよ」

 アッシュに声をかけられながら、フランツがそっと小さくドアを開いて外の廊下をうかがうと、ちょうど、二人連れの女中がせかせかと洗濯籠を持ちながら歩いて行くところだった。

 慌ててフランツはドアを閉めかけたが、アッシュがドアに飛びついてきたのでやはりほんの少し、3㎝程度だけ開けておいた。


「まだお嬢様が起きないのよね--」

「病気の発作が酷いのかしら?」


 そんな会話が聞こえてきた。

 アッシュの方をクルト達は盗み見た。アッシュは風精人ウィンディ特有の長い耳をヒクヒクさせるほど話し声を聞く事に集中している。


「お嬢様って誰のことだ? 幽霊女のことか?」

 アッシュが思わずと言ったように呟いた。

「幽霊女は魔族かも知れないんだろ。魔族は悪者だ。お嬢様のはずがないじゃないか」

 アッシュより2つ年下のヨナスがそう答えた。

「魔族のお嬢様かもしれないわ」

 ヨナスと同い年のミラがそう答えた。

「魔族にもお嬢様とかいるのか?」

 アッシュより年下でヨナスよりは年上のパウルがそう言って、大きく首を傾げた。

「魔族に姫なんているわけないだろ!」

 と、ルーカス。

「いや、魔族だって決まって訳じゃないだろう。幽霊女は」

 アッシュと同い年のクルトが冷静にそう言う。

「幽霊は魔族じゃないの!? でも、お姫様が死んだら幽霊になるし--」

 などと、ロマンチックなことが好きなエマ。

 休憩室はちょっとした騒動になりかかった。


「シッ! 静かにしろ--」

 そのとき、また廊下から足音が聞こえたために、アッシュが仲間を黙らせた。

 廊下をやはりメイドが箒を片手に歩いて行くのを確認し、アッシュはその背中をドアの隙間からじっと見届けた。

 メイドの来た方角と行く方角を頭の中で計算する。


「魔族にだって姫はいるだろう。人間に階級があるように、魔族にも階級はあるはずだ。でなきゃ軍団は作れないんだ」

 どこで覚えてきたのか、アッシュはそんなことを口にした。

 日々、ライバルグループと缶蹴りなどをして戦争モドキをしているうちに、自然と覚えたことかもしれない。


「じゃ、やっぱり幽霊女は、魔族の姫なのか!?」

 フランツが勢い込んでアッシュに身を乗り出した。自分たちは悪者の魔族の姫を討伐して”インドー”を渡せるのか? だとしたら自分たちは勇者になれる。


「それは分からない。幽霊女が、魔族だとは決まってない」

 アッシュは実にあっさりそう答えた。

「えええええ!」

「ええええええ!」

 忽ち子分達からブーイングがあがる。魔族の姫を退治する方が楽しいのに!


「それはつまり、幽霊女が魔族じゃないとも決まってないってことだ。俺たちはそれを確かめに来たんだ。さあ、行くぞ。今なら廊下、誰も歩いていない」

 アッシュがそう言って、そっと廊下へのドアを開いた。

 確かに誰も歩いてはいなかった。


「見つからないように気をつけろよ--屋敷を探検して、幽霊女を捜すぞ!」


 物陰から物陰へ飛び移ったり、廊下の死角をうまくつかいながら、子どもギャング団はギャング団らしく、不法侵入した屋敷を隠れながらどんどん進んでいった。


 子どもの小さい体と、連日の夏休みの冒険で鍛えた俊敏な動きがなければできなかったことだろう。

 子どもギャング団は躾の悪い野良猫のように忍び足で屋敷の中を駆け巡り、アッシュの言う髪の長い幽霊女を捜した。


 実際の所、アッシュも、村長である父親から幽霊女の話を聞いて、退治してやろうとは思ったが、見た事があるわけではない。だが、夏休みの冒険として、こんな広くて立派な屋敷の中を、招かれもせずに走り回ることができたのなら、もう十分自分の勇気は示せたと思えた。だが、それでもやっぱり、手柄は欲しい--。魔族の姫を退治して、勇者への一歩を進み出ることができたというような、立派な勲章が欲しいのだ。


 昨夜、父親のカッツのところに立派な馬車で”使者”が来た。馬車にはハルデンブルグ伯爵家の紋章がついていた。この村の運営のことで父親に用事があったらしく、暫く話し込んでいたが、アッシュは意見を言いたくても子どもなのでテーブルにもつかせてもらっていなかった。それで面白くなくて、客間の隣の部屋で聞き耳を立てていたのだ。

 大人の政治の世界には、口出しをしてはいけない、だが、子どもならどうだろう。

 そこで使者の噂話に出たのが、ハルデンブルグ伯爵家にいる幽霊の女の子の話だった。長い銀髪でメソメソ泣いて、奇行に走って学校にも行かない、幽霊そのものの女の子がいる、みんなが持て余して困っている……と、そんな話をしていた。


 村という小王国の大人の政治の話に嘴を突っ込みたくても、年齢故にかなわなかったアッシュ。それなら、その女の子を退治して、手柄を立て、鬱憤を晴らすだけではなく、勇者として大人として認められたかったのである。


 彼には彼の言い分があるが、そんなことをされたらたまったものじゃないのが、その幽霊扱いされている女の子本人だろう……。

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