イモータルニート ~異世界でも働きたくないのでネオニート目指します~
狛月ともる
プロローグ
――働きたくないでござる。
現代社会において、一定数蔓延っている就学、就労、家事などをしない若者ーー通称、ニート。
ニート歴10年目、筋金入りの自堕落人間、ニートの中のニートとは俺のことである。
先日誕生日を迎えたことで35歳になった俺――
特筆すべきこともない子供時代を過ごし、そこそこの大学を卒業後に就職したはいいものの、勤め先の会社がブラック企業だった。
残業は当たり前で、残業手当は一切出なかった。何故なら定時にタイムカードを打刻するように指示されていたからだ。
今になって考えれば明らかにおかしいのだが、日々の長時間労働によって疲弊した心と身体では拒否するという発想がなかった。
会社の上司や同僚たちもそれを受け入れていたし、誰一人それに異を唱えることがなかったというのも大きい。
集団規模で感覚が麻痺していると、誰も声を上げない現象が起きるのだ。
仕方ない、そういうものかもしれない。
そんなことを思いながらひたすら朝から夜中まで働いて、終電で帰宅してコンビニ飯を食べて風呂に入り就寝。
4時間程の睡眠時間で起床して会社に出勤してまた夜中に帰宅。
そんな生活を3年ほど繰り返していたら、身体よりも心が先に限界を迎えたらしい。
ある日突然身体が動かせないほどに重く思考回路が働かなくなった。
会社に行かなきゃ、と思うのだが、それを絶対に嫌だと伝えるかのように身体が拒否する。
病院で診察を受けると、鬱病と診断された。
実家に連絡を入れて、両親に迎えに来てもらうと号泣された。
そんな両親の姿を見て、こんなになるまで働いていた自分がおかしくなっていたことにその時点でようやく気付いたのだ。
紆余曲折はあったが、会社を退職して療養のために実家に戻ることになった。
働くことができない状態で一人暮らしは無理だからな。
会社はその後、勇気ある社員による内部告発によって労基が動き、労働環境が改善されたらしい。
辞めた後に改善されたって遅いんだよ、とその時荒んだ精神状態の俺は無表情で聞いていた。
両親が根気強く面倒を見てくれたおかげか、2年ほどで鬱の症状は治った。
だが、その時には既に俺の勤労意欲は完全に失われてしまった。
実家がそれなりに金持ちだったのもあって、穀潰しが一人ごとき増えたところで大した負担がなかったのもよくなかったのかもしれない。
そんなわけでこの現代日本にまた一人、ニートが誕生した。
悪いのは勤勉さを美徳とする日本人の特性だ。
いや、語弊があるか。
悪いのは勤勉さの意味をはき違えて長時間働くほど良いと解釈してブラックな業務形態を是としてきた過去の日本人だ。
その被害を被ったんだから俺が勤勉な現代社会の中で食っちゃ寝生活をしていても許されるだろう。
そんなこんなで自堕落な生活をだらだらと続けて気が付けばもう35歳。
家に引きこもってゲームやネット小説を読み漁る毎日を送っていれば、当然彼女なんてできるはずもなく、結婚なんて夢のまた夢。
既に結婚に関しては諦めてはいるが、いつまでも両親がいてくれるわけではないので、いずれ自立しなければならない。
ぼちぼち就職するか、とネットで求人情報を探して、良さげな求人に応募。
幸いニート生活中にいくつかIT系の資格を取っていたので、未経験の社会復帰おじさんでも大丈夫だろう。
何故IT系かって?
そりゃ、今の時代どんどんIT化が進んでいるし、ITの知識があれば今後の人生にいて無駄にならないと思ったからさ。
嘘ですごめんなさい。ITって響きがかっこいいよな、と思ったのがきっかけでした。
ともあれ、書類選考通過と面接の案内の通知が届き、日程の調整をしていざ面接、と息巻いて久方ぶりのスーツに袖を通して家を出た。
残暑が続いていてまだまだ夏は終わんねえぞ、と言わんばかりの日差しを浴びながら、最寄りの駅に向かう。
年季の入ったニートの俺にはいささか厳しい季節だ。
汗が吹き出して既に溶けそうになりながらも、食っちゃ寝生活のおかげで蓄えられたぽっこりお腹を揺らして歩道をのっしのっしと進んでいく。
横断歩道に差し掛かり、信号が青になるのを待っていると、道路を挟んだ向こう側で同じく信号待ちの20代後半ぐらいの女性二人とその子供と思われる5~6歳ぐらいの男の子と女の子がそれぞれの母親と手を繋いで立っているのが目に入った。
順風満帆な人生を歩んでそうな光景をぼーっと眺めていると、その脇から黒猫がたたた、とまだ青になっていない横断歩道に進入し、こちらに渡ってこようとしている。
おいおい大丈夫か、と左右の車道を確認すると、一台のトラックがこちらに迫っているのが見えた。
とはいえ、まだ距離はあるし、猫の歩く速さを考えればトラックが来る前に渡り切れるだろう、と安心したのも束の間。
なんと向こうで信号待ちをしていたはずの女の子が猫を追って横断歩道を渡ろうとしていた。
なんで母親が手を離してるんだとか、なんで猫追って道路に飛び出してんだとか、そんなことが頭には浮かんだけれど、身体は考えるよりも先に動いていた。
後ろから追いかけてくる女の子に気を取られたのか、後ろを振り返り動きを止めている黒猫をついでに拾い上げ、女の子の元へ駆けつけた時にはトラックが視界の隅に映る。
「どっせええええええええいっ!!!」
咄嗟に抱えていた黒猫を投げ飛ばし、女の子を思いきり突き飛ばす。
長年引きこもっていた割には機敏に動けたのではなかろうか。
目の前に迫るトラックの存在を感じながら、今までの人生の記憶が次々と蘇っていく。
これが走馬灯というものか、と感じながら思わずついて出たのは、なんともありきたりな言葉で。
「死にたくないなあ――」
最後に聞こえたのは、クラクションの音と何かがぶつかり潰れるような音だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
人々の悲鳴と子供の泣き声、そして救急車のサイレンが鳴り響く中、黒猫は人気のない歩道橋の手すりの上に乗り、先ほど事故が起きた交差点を上から眺める。
「ふうむ、散歩しておったら妙な事になってしまったのぉ。あの男の寿命は後60年はあったはずじゃが……」
ちなみにイオリが助けた女の子はあそこで死ぬ運命ではなく、事故には遭うが奇跡的に一命を取り留める予定だった。後遺症もなく、怪我が完治したら日常生活に支障がない生活を送れるはずだった。
女の子が突き飛ばされた時に負ったかすり傷程度で済んだこと以外は、イオリの介入は結果的には無意味であり、はっきり言ってしまえば無駄死にである。
「う~む……これ、儂のせいかの……あやつらにバレたらめんどくさい事になりそうじゃの。いや、絶対になるぞい」
現状変わった事象といえば、イオリが本来の寿命よりも短くその生を終わらせてしまった事ぐらいだ。
そしてその原因は間違いなく黒猫の存在にある。
「とりあえず後始末はしておかんといかんか。あの男の魂は運命の輪廻からはじき出されてしもうとる。もう輪廻の中には戻れんじゃろうし、知り合いの神が管理している世界にこそっと組み込んでもらうしかなさそうじゃの……ま、こんな時の為に貸しは作っておるから大丈夫じゃろ」
とはいえ、その世界で生き抜くには何かしら能力を授けてやらねば平和な国で生まれ育った日本人では到底生き残れない。
それに、こんなことになったのには自分の責任が大いにあるので、お詫びも兼ねて考えてやらねばならないだろう。
「何しろ、本来のあの男の未来じゃと宝くじが当たって大金持ちになり、何不自由のないニート生活を満喫できるはずだったのじゃからな……ま、こうなっては言うても仕方ない事じゃが」
あっけらかんと言い放つ黒猫に、もしこの場にイオリがいたならば発狂して殴りかかっていた事だろう。
さようなら、宝くじ一等12億円。
「せめて宝くじは親御さんに当たるように調整しておこうかの……そういえばあの男、最後に何かつぶやいておったな。確か、『死にたくない』じゃったか。今際の際にこぼれ出る言葉としてはありきたりじゃが、人の子とはそういうものか……うむ、この世界での最後の願い、この最高神ゼウスが聞き届けようぞ!」
黒猫の姿のままなのがなんとも威厳が感じられないが、黒猫――最高神ゼウスは、イオリの魂に能力を授け、異世界へと送り出した。
「頑張るんじゃぞ、達者でな~」
そんな気の抜けた声と共に、人の目には見えない光輝く魂が上空へと飛び立っていった。
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