奴隷の俺が、死の病が蔓延した船内で覚醒スキル《箱庭世界》で万能野菜を作ってみたら、助けた女騎士姫たちが最強の親衛隊となり、船ごと乗っ取って『海上農園要塞』の支配者になった件
第5話 幼馴染の危機にスキル覚醒、《箱庭世界》で船底を支配する
第5話 幼馴染の危機にスキル覚醒、《箱庭世界》で船底を支配する
「はぁっ、はぁっ……あ、アルド……」
ルルネの呼吸が、壊れた鞴(ふいご)のように浅く、荒くなっていた。
彼女の肌を侵食する黒い斑点は、見る間にその範囲を広げ、細い首筋から頬へと這い上がっていく。
俺は彼女の手を強く握りしめた。
かつては温かく柔らかかった手が、今はまるで枯れ木のように冷たく、乾いている。
「しっかりしろ、ルルネ! 目を開けろ!」
俺の叫び声だけが、船底の闇に虚しく響いた。
周囲の檻からは、もはや呻き声すら聞こえない。
多くの奴隷たちが黒い血を吐き出し、動かなくなっていた。
隣の檻にいる女騎士セラフィナも、壁にもたれかかったままピクリとも動かない。生きているのか死んでいるのかさえ、定かではなかった。
「……ごめんね……約束……守れなく、て……」
ルルネの瞳から光が失われていく。
その最期の言葉が、鋭い刃物となって俺の胸を抉った。
俺が守ると言った。
必ず助けると誓った。
それなのに、俺はただ彼女の手を握り、死んでいく様を見届けることしかできないのか?
「ふざけるな……ふざけるなよ……ッ!」
俺は歯が砕けるほど奥歯を噛み締めた。
上層からは、相変わらず何の音沙汰もない。
ガリウス船長たち貴族は、安全な場所で震えながら、俺たちが全滅するのを待っているのだろう。
俺たちを「汚物」と呼び、見捨てた連中。
尊厳を踏みにじり、故郷を焼き、希望の種を海へ捨てた悪魔たち。
俺の中で、悲しみよりも熱く、どす黒い感情が噴き上がった。
憎悪だ。
世界への、帝国への、そして何より、この無力な自分自身への、煮えくり返るような怒り。
俺は懐から、最後の一粒となった『玉ねぎの種』を取り出した。
「……土がない、だと?」
俺は血走った目で、種を睨みつける。
「水が汚い? 日が当たらない? 環境が悪い?」
そんな言い訳は聞き飽きた。
農夫としての常識が、「ここでは無理だ」と囁き続けている。
だが、常識を守ってルルネが死ぬなら、そんなものはいらない。
俺は狂ったように、目の前の床板を爪で引っ掻いた。
腐ってヌルヌルとした木の感触。爪の間に汚物が入り込む。
「ここにあるじゃないか」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
ここには溢れている。
人間が吐き出した汚物が。腐敗した有機物が。濃厚すぎるほどの死の瘴気が。
これらは全て、かつては生命だったものだ。
ならば、生命を育む糧にならないはずがない。
「食え……」
俺は種を握りしめた拳を、腐った床板に叩きつけた。
「食らい尽くせ! このクソみたいな環境を! 俺の怒りを! 全部栄養にして、芽を出せぇええッ!!」
俺の絶叫が、限界を超えた魂の咆哮となって迸る。
その瞬間。
ドクンッ!!
俺の心臓が、早鐘のように大きく脈打った。
脳裏で何かが弾け飛び、焼き切れるような感覚。
『――感情値、臨界点を突破。』
『――所有者の渇望を確認。「環境の再定義」を承認しました。』
無機質な、しかしどこか神聖な響きを持つ女性のような声が、脳内に直接響いた。
『ユニークスキル《箱庭世界(テラリウム)》……覚醒(アウェイクン)』
キィィィィン……。
耳鳴りとともに、世界の色が変わった。
暗く淀んでいた船底の闇に、鮮やかな緑色の光の格子(グリッド)が浮かび上がる。
それは俺を中心として、床、壁、天井、そして檻の鉄格子にまで、幾何学模様のように広がっていった。
俺は呆然とその光景を見た。
いや、見えているのは「光景」だけではない。
あらゆる物質の上に、奇妙な文字情報(ウィンドウ)がポップアップしているのだ。
俺の足元に広がる汚水の水たまり。
そこには――
**【対象:高濃度有機廃液】**
**[成分:窒素、リン酸、カリウム(過剰)]**
**[状態:腐敗(発酵可能)]**
**→【アクション:分解・液肥化】が可能**
壁にびっしりと張り付いた不気味なカビ。
そこには――
**【対象:魔性菌糸コロニー】**
**[属性:闇・毒]**
**[特性:急速増殖]**
**→【アクション:土壌改良材へ変換】が可能**
「……は、ははっ……」
俺は自分の両手を見つめた。
緑色の光を帯びたその手は、もはやただの農夫の手ではなかった。
この空間における、絶対的な支配者(管理者)の手だ。
俺には見える。
この絶望的な地獄が、宝の山に見える。
「おい、ガリウス……。お前はここを『汚物処理場』と言ったな」
俺はルルネを抱き寄せ、優しくその髪を撫でながら、床板に視線を落とした。
そこはもう、ただの腐った木材ではない。
俺の意思一つで形を変える、粘土のような「培地」となっていた。
俺は右手をかざす。
「違うな。ここは今日から、俺の『農園』だ」
俺は意識を集中し、スキルを発動させた。
**――《環境分解(リサイクル)》開始。**
シュゥゥゥ……ッ!
俺の手から放たれた緑色の波紋が、半径2メートル以内の床を侵食する。
長年蓄積された汚物、汚水、カビ、そして空気中に漂う病原性の瘴気までもが、渦を巻いて一点に凝縮されていく。
「うわっ、なんだ!?」
「床が……光ってる!?」
生き残っていた奴隷たちが、怯えた声を上げる。
彼らの目の前で、腐敗した床板が分解され、再構築されていく。
悪臭が消え、代わりに芳醇な黒土の香りが漂い始めた。
汚物は極上の堆肥へ、汚水は清浄な養液へと、その性質(パラメータ)が強制的に書き換えられていく。
そして、俺の目の前に、直径1メートルほどの、黒く輝く「完璧な土壌」が完成した。
「……あぁ、素晴らしい」
俺は恍惚とした表情で、その土に触れた。
温かい。生命力に満ちている。
故郷の畑よりも、王宮の庭園よりも、遥かに高密度な魔素を含んだ奇跡の大地。
俺は震える手で、最後の一粒となった『玉ねぎの種』を、その中心に植えた。
「さあ、存分に吸え。世界の汚れを糧にして、最高の恵みを返せ」
俺は魔力を流し込む。
**――《超高速強制栽培(ブースト)》**
ズズズ……ッ。
土が盛り上がり、微かな亀裂が走る。
その隙間から、真珠のような淡い光が漏れ出した。
「ルルネ、もう少しだ。……今、最高の薬を作ってやるからな」
俺の農園が、ついに産声を上げる。
この船底から、全てをひっくり返す反撃の芽が、今まさに吹き出そうとしていた。
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