録音音声①
女性「境さん、少しいいですか?」
男性「ん? ああ……。悪いけど、新人の採用はまだ……」
女性「いつになったら新人採用されるんですか? もう半年経ってるんですけど」
男性「こればっかりは縁だから分からないよ」
女性「じゃあせめて部屋数が少ない新館に移動させてください。そっちなら定時に帰れると思うので」
男性「駄目駄目! 新館の清掃は社員じゃないといけないルールだから」
女性「……じゃあ、共用スペースとか」
男性「それじゃあ森さんが終わらないよ。今でさえ、客室の清掃が終わるの、チェックイン時間ギリギリなんだから。森さんに客室清掃任せたら、チェックイン時間過ぎたって終わらないよ。……あんまり我がまま言わないでよね。君、フリーターバイトでしょ?」
女性「……だから、辞めさせてくださいって言ってるじゃないですか」
男性「無理だよ! 君が抜けたら回らなくなっちゃうんだから!」
女性「……、……(ため息)。……、じゃあ、せめて、仁科さんとわたしのシフト、わざとずらすのやめてもらえます? 毎回毎回、絶対、仁科さんが休んだらわたしを出すために、仁科さんが出勤の日はわたしを休みにしてますよね?」
男性「偶然だよ、失礼な……。彼女だって大変なんだよ? シングルマザーで、まだ小さい子供が二人もいるんだから。上が小学生で……下は、ええと、保育園とかだったかな」
女性「そうは言ったって、わたし、この間の週なんて休みがなくなっちゃったんですけど」
男性「それを言ったらこっちだって他を手伝ったりして家に帰れなくてそのまま客室に泊まることだってあるんだから。しかも自腹だよ? いいじゃない、どうせフリーターで独身なんだから、暇でしょ?」
女性「暇じゃないです。……とにかく、早く辞めさせてください。それができないならもう少し何とかしてください」
男性「はいはい、考えておくよ」
女性「……あと」
男性「何? まだあるの」
女性「佐々川さんって誰ですか?」
(沈黙)
男性「……、さ、佐々川? 誰から聞いた? あ、いや、もしかして、佐々川の昔の名札とか出てきた? なら、捨ててくれて大丈夫だから」
女性「い、いや、聞いたとかではなく……」
男性「佐々川は……、そう、昔いた人だよ。もう辞めちゃったけど」
女性「…………はぁ」
男性「何、その顔。いや、本当に昔いた人だって。二年か三年前に辞めたけど」
女性「……そうですか。わたしもさっさと辞めたいので、何とかしてくださいね」
(扉が閉まる音)
女性「2026年、3月4日、辞めさせてくれない証拠」
(小声で女性がつぶやいた後、女のうめき声のようなものが、かすかに聞こえる)
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