第16話 4歳 酒と豆の祭り

 ○


 食事と昼寝をして、外出する時間になった。

 初めて祭りの日に外出だ。

 ダニエラ、ベニート、ペドロと外に出ると、祭りの喧騒が少し離れた屋敷まで聞こえてくる。


「平和だねぇ」

「どうしたんですか、ベックス様」

「なんでもない。さ、行こう」


 平和を噛みしめながら、待ち合わせ場所に向かう。

 僕を待っていた3人は、手にコップと大きなどんぶりのような皿を持っている。

 こちらを見つけて笑顔になる3人。

 僕の顔も自然とほころんだに違いない。


「おい、ベックス様! どこで食うよ?」

「いい場所知ってる?」

「知らねぇな。お前ら知ってるか?」

「分かりません」

「知りません」

「3人ともどこか、いい場所知ってる?」


 子供ではなく大人3人組に聞くも、首を振るばかりだ。

 知らないものは仕方ない、探しに行くか。


「みんな、町がよく見える場所は知ってる?」

「知ってるぞ。飯食うような場所じゃないけどよ」

「じゃあ、案内してよルイサ」

「おうよ!」


 屋敷の近くから左に行くと牧場、右に行くと子供3人組の家。

 ルイサは真っすぐ進んでいく。

 この先には畑があるらしいが、いい場所はあるのか?

 しばらく歩いていると、家が並ぶ場所の端に来た。

 この先は農地が広がって、高い場所もない。


「ルイサ、どこに行くんだ?」

「そこだよ」


 ルイサが胸を張って指差したのは、家が並ぶ場所の端にある5階建ての石造りの建物だった。

 どう見ても貴族所有の建物で、どういうことかと大人3人組を見る。


「これはどういう建物ですか?」

「ベックス様。この建物は見張り棟です」


 塔じゃなくて棟だろうな。

 見張りをするための建物らしい。


「どういう見張りをするんですか?」

「平民の農作業、肥料の撒き方、農地の先から来る見慣れない者の見張りです」


 屋敷がそこまで遠くないから、外敵の監視はあまり考えられていなさそうだ。

 とても高い建物だ。

 内部に人がいるのだろう、影が見える。


「ここは入れますか?」

「入れないことはないですけど、中では仕事をしていますから、やめておいた方が良いでしょう」

「そうですね。少し戻ったところで食べましょう」

「ベックス様がいても入れないのかよ!」

「ルイサ、仕事の邪魔したら困るから仕方ないよ」

「無理なこと頼もうとして悪かったな」


 ルイサ自身も無理なことだと分かっていたようだ。

 珍しく俯いて、素直に謝罪してくる。


「いいよ。ここまで来たことなかったからね。さ、早く移動して食事しよう!」


 落ち込みかけたルイサを励まして、食事をしたいという勢いで移動を始めた。

 場所はどこがいいだろう。

 悩みながら歩き、到着したのは屋敷の前。

 ゆっくりできるのはここだろう。


「おい、ベックス様。俺たちがここにいていいのかよ?」

「いいよ。貴族の子供のわがままに付き合わされてるんだから」

「へっ、それならさっさと食うか」

「屋敷の近くだし、椅子と机を持ってきてもらおう。ベニート、いいですか?」

「はい。持ってきます」

「お願いします」


 屋敷に戻るベニートを見送っていると、ルイサが肩を叩いてきた。

 ものすごく首を傾げて、心底分からないと言いたげな顔だ。


「どうしたの、ルイサ?」

「ベックス様は使用人相手に丁寧に話すのか?」

「ダメなの?」

「俺に言われても分かんねぇよ」

「ダメなのかな、ダニエラ?」


 知った人でも壁があると丁寧になるのは普通だと思ってたけど、使用人と貴族だとそうは言ってられないのか。

 ベニートやペドロ相手だと、特に礼儀作法を意識していないからかもしれないが。


「あまりよろしくはありませんが、特におかしなことでもありません」

「おかしくないの?」

「はい。貴族の方は子供の頃は誰相手でも丁寧に話すことを求められますから、大きくになるにつれて、貴族と平民で使い分けができるようになっていくようです」

「そうなんだ。だってさ、ルイサ」

「貴族ってのは疲れそうだな」

「でしょ、ルイサ。子供でこれだから、大人はもっと辛いだろうね」

「覚えることいっぱいだな」


 苦い顔をしているルイサを見ていると、僕も少し将来が不安になってくる。

 その不安もいつ起こるか分からない襲撃を切り抜けないと、味わえないものだと思うと、より不安が増えていく。

 今くらいは気持ちを切り替えよう。


「覚える事といえば、3人とも文字は覚えられた?」

「まだ、あと少し」

「あと少しです」

「覚えました」


 ルイサとフェデリコはあと少しだけど、ガビノは覚えたらしい。

 ルイサは活発、フェデリコもどことなく活発寄りで、ガビノは冷静で、頭がよさそうだ。


「つぎ遊ぶ時はガビノに魔術の仕組みを教えよう」

「おい、俺たちはどうするんだよ?」

「覚えてたら教えるよ」

「ガビノ、文字教えろよ!」


 薄明るい街が少しずつ暗くなり始める頃に、屋敷の外に机と椅子を持ってきた執事とメイドたち。

 監督しているのはベニートではなくアルバロだ。

 アルバロは柔らかい笑みで、僕たちの所にやって来た。


「はじめましてベックス様のお友だち。アルバロ・ナバスと言います」

「ルイサだ」

「フェデリコです」

「ガビノと言います」

「うん、しっかりしてますね。ベックス様が辺境伯家の当主となっても語り合えるお友だちでいてください」

「あたぼうよ!」

「はい!」

「もちろんです」


 僕の知らない何かでもあるのか、アルバロは感動しているように見える。

 いや、感動で目に涙を溜めているようにしか見えない。

 事情を知っている人がいるかと、周囲を見回すとダニエラ、ベニート、ペドロ、全員が暖かい。いや、生暖かい視線をアルバロに向けていた。


「ダニエラ、何なのこれ?」

「ナバスさんは幼い頃の友人が大人になってよそよそしくなったことがあるので、貴族の方と仲良くする平民の方に妙な優しさがあるんです」

「へぇ」


 まあ、そうなるのも不思議じゃない。

 子供の頃の考えのまま大人になると困るだろうし、だからってよそよそしくなる3人を想像すると、少し嫌だな。


「ベックス様、飯食おうぜ」

「そうだね」


 返事をすると、ダニエラの持っていた僕の食事が机に置かれる。

 酒と豆の祭りだが、子供過ぎる僕たちは酒が飲めない。

 成人年齢で飲めるのか、それとも知らぬ間に飲むものなのか。

 飲み物は魔術で出して冷やした水。


 食べ物は豆だ。ニンニクらしいものは見つけていないから、鞘付きの枝豆を味付けして炒めてもらった。

 間違いない、シンプルにおいしいだろう。


「ベックス様は本当に、俺たちの飯を食わないのか?」

「貴族子息だからね。少し大きくなると許されるらしいけど、小さいとダメらしいね」

「本当に貴族ってのは疲れそうだな」

「でしょ。恵まれてるけどね」


 恵まれてるから、それ相応の働きをしないとね。

 特に僕の場合は、父様がゲームの時のようにボスになるか、優しい父様のままでいてくれるか、それがかかってるから。


「ベックス様は食べられないけど、俺たちは食べてもいいのか?」

「僕はいいけど、聞いてみないと」

「大丈夫ですよ、ベックス様。少し取り分けます」

「お願い、ダニエラ」


 興味津々なルイサの視線は豆から離れない。

 フェデリコとガビノも同じだ。

 だが、食べても塩味がするくらいだろう。


 僕が見る限り、3人の食べている豆料理の方がおいしそうだ。

 鞘から外した豆を謎の生地で包んで焼いたもの。

 もしかすると生地が水分を奪うボソボソしたものかもしれないけど、おいしそうだ。


 3人も僕が食べる豆に同じ感覚をもっているんだろうな。

 取り分けられた料理は、すぐに3人の口に運ばれる。


「うめぇー!」

「はっきりした味があります」

「塩がおいしいです」


 辺境伯家は海とも近いはずだが、塩はとってないのか。

 流通では安価で出せないくらい量産体制がないのか、高級路線なのか。

 気にはなるが、貴族が買えるなら作りはしているから考えすぎないようしよう。

 他にやることはたくさんある。


「よかったよ。そっちはどんな味なんだ?」

「こいつは豆の味がする生地に豆を入れた豆味だ」


 すり潰した豆を使って生地を作ったのかな。

 酒と豆以外は水しかないのか、この祭りは。

 とはいえ、街の方から騒がしさが伝わってくるから、酒を飲んで騒げればいいって感じだろう。


「ベックス様よ」

「どうしたの?」

「俺の親は畑やってんだ」

「そういえばふたりの親の仕事は知らなかったな。フェデリコの親は何してるの?」

「狩人してます」


 狩人ね。

 ルイサの方がしてそうだったけど、フェデリコの方だったか。

 もしかして親もすこし無口な方なのかな。


「みんな違うんだね」

「おうよ、それで畑やってんだけどよ。狩人たちが退治できねぇ獣がいるらしくてよ」

「そうなんだ。フェデリコは知ってる?」

「はい。狩るのは難しいですけど、よい毛皮がとれて高く売れるやつです」

「なんて言うの?」


 もちろんゲームではいなかったし、農業にまで視点が向けられていないから知らない。

 過去の記憶では害獣で猿、鹿、イノシシとかを覚えている。熊もいるか。

 猿とイノシシがいれば強くなってそうだし、鹿もいれば少し違っているのかもしれない。


「ソンブロスクです」

「は? 何って?」

「ソンブロスクだよ」

「3人は知ってる?」


 出来るだけ使用人相手でも崩して話をしてみる。

 話しながら後ろを向くと、3人は聞き覚えなさそうだ。

 いや、ベニートが頷きかけてたが、ダニエラに叩かれてた。

 そんなダニエラは僕に向かって頷いてくる。

 友人を相手にしろ、ということだろう。狩人の子もいるし。


「フェデリコ、どんな獣なの?」

「毛皮は黒くて艶の良い高価な物が取れます。森のどこにでもいる獣です」

「狩るのはどうして難しいの?」

「すばしっこくて、隠れるのが上手いからですね。ソンブロスクの毛皮を出来るだけ傷つけず狩猟できるようになると、一流の狩人と呼ばれます」

「畑に出るなら、対処しないとだけど狩人に任さないとね」


 僕が出ても意味はないし、貴族が関わるなら父様じゃないと貴族の礼儀に反するからな。

 父様から命令されれば僕でもいいんだが。


「そうだ。フェデリコも狩人になるの?」

「はい」


 それ以外、考えられないと言いたげな顔だ。


「ルイサは?」

「畑やる」


 こちらも即答。


「ガビノは?」

「畑でしょうか。回収は任命されるものなので」


 将来が想像できているのか。


「そうなんだ」


 過去の記憶にある日本とは考え方が違っている。

 貴族がいるから違うだろうが、子は親の職業を継いでいくのが普通なのか。

 まあ、僕も親の職業である貴族を継ぐ予定ではあるが。


「せっかく貴族以外の友だちがいるのに、将来なる職業がどういうものか知らないのはもったいないね!」

「ん? ベックス様?」

「どういう仕事をしているのか、出来るだけ体験してみたい!」

「それは難しいんじゃねぇーのか?」

「そうなのルイサ?」

「当たりめーだろ! 貴族の子供が畑で泥だらけになるのを許す奴がいるか?」

「そうか……」


 父様を困らせればどうにか出来ると思っていたが、そういう訳にもいかないのか。

 平民たちから止められるのかもしれないな。


「そうです、ベックス様」

「じゃあ、見に行って仕事内容をまとめよう!」

「まとめてどうするんだよ?」

「作業を見直す?」

「見直してどうするんだよ?」

「さあ?」

「ベックス様。そういうことは農家たちが話し合っていますから、作業方法の統一はされています」

「ベニートは詳しいの?」

「話し合いに辺境伯側として参加していました」


 僕の浅い考えはここの人たちが実践してるみたいだ。

 となれば、問題は塩と狩人の事を知るだな。


「ベニート、塩は高価なの?」

「低くはないと言った感じです」

「どこが作ってるの?」

「南と東の辺境伯家がザラグア王国全土に供給しておりますが、供給量が少なくなれば、他の領も作ることになると思います」


 ザラグア王国。その言葉から今まで思い出していなかったゲームの記憶を思い出した。

 ザラグア王国、海に囲まれた島国で最も安全な大陸。

 海を隔てた他国が及ばない武力を持ち、大陸内の亜人を減らして住みやすい国となった。


 ゲームの敵は魔術によって正気を失った平民、狼のような獣、騎士、ボスたちに加えて亜人だ。

 亜人はプレイヤーと他の敵にも攻撃を加えることができるから、亜人に倒させる方法で経験値を稼ぐこともできた。

 辺境伯家の近くにはどの亜人がいたのか、思い出せない。


「ベックス様?」

「うん?」

「お疲れですか?」

「え、そうなのかな?」


 ダニエラからの言葉で疲れているのかもしれないと自覚した。

 思考が逸れているだけで、疲労からボーっとしているわけではないが。


「今日、会った時から疲れてるように見えたけどよ」

「本当に?」

「はい」

「僕もそのように思いました」

「そう? それなら食事を終えたら休むよ」


 どうやら午前の魔力消費による疲れが抜けていないらしい。

 どの程度の消費か分からないのに、疲れが抜けていないのは問題だな。

 魔力量を調べる、消費量での疲れを調べる、3人に魔術を教える、狩人の仕事を知りつつ領の事を調べる。


 やりたいことが増えるばかりだ。

 でも、やらないといけないのは、いつかある襲撃を生き延びる強さを手に入れること。

 これが最優先だ。

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