第7話 敵意がない!

 近づいてきたフェンリルは……私を食べようとはしなかった。

 クンクンと匂いを嗅いでいる。獲物の匂いを楽しんでいるのか? ソムリエかな?


 少し匂いを嗅いだ後、フェンリルは私の荷物入れに興味を示した。

 私から引き離そうと引っ張ってくる。


 この子は一体なにをしたいの?

 

 ただ何となくフェンリルが、私をすぐに襲って食べようとしているわけではないのは薄っすらと感じていた。

 逆に警戒心が薄れた私は、咄嗟に荷物を守るために体を引いてしまう。


 その行動にフェンリルが素早くバックステップ。


「……!」


 びっくりした! けど、向こうもビビっているように見える。体を丸めてるし。

 どうやら、急に私が動いたことに驚いてしまったようだ。

 

 災厄級の魔物が激弱な私にびっくりする?

 本当にどういうことなんだろう?


 ただ、この子をビックリさせたままでいるのは、良くないと思った。

 気が変わって襲われるかもということもあるけど……そんな風に驚かせたままなのは、何か悪いなと思ってしまった。


 私は背負っていた荷物入れを地面に落とす。

 そして、中からフェンリルが興味のありそうなものを出していく。


 魔物は魔素と深く関わりがあるから、まずは魔石ライターを。


 フェンリルは一歩引いたまま動かない。

 特にめぼしい反応はないか……。


 じゃあやっぱり、食べ物かな。

 私は荷物入れに入れていた固いパンを地面に置いてみる。


 フェンリルが一歩足を踏み出した。

 パンに興味深々なようで、眺めてジッとしている。

 だけど、食べようとはしない。何でなんだろう?


 すると、フェンリルが目を合わせてくる。

 どういう意図なんだろう……?


 ただ、この目線どこかで見たことあるな、うーん。

 

 そうだ、あれは牧羊犬のジョンがエサを「ヨシ」と言われるのを待っている表情にかなり近い。犬とウルフ系の魔物は近しいところはあるけど、こんなところで似ているなんてあるんだ……なんて偶然なんだろう。


「食べていいよ」


 だけど、フェンリルは食べようとはしない。

 そうだよね。人間の言葉なんて分からないよね。


 犬は人間にしつけられているけど、このエスカトンフェンリルが人間と好意的な触れ合いをしたことがあるとは思えない。


 じゃあ、もっと分かりやすくしてあげないと。

 

 私はパンをちぎって手のひらの上に乗せる。

 そしてそれをフェンリルの口元に近づけてあげる。

 

 すると、パクっと食べた。

 器用に私の手は食べないようにして。


 腕ごと食いちぎられるかもしれないと思っていたけど、そうはならなかった。

 良かった~。


 そのままフェンリルは地面に置いてあったパンを完食した。

 

 ……それでこの後はどうなるんだろう。

 と、思ったらさらにフェンリルが近寄ってきて、座り込んでしまった。


 さっきまで圧倒的に高い位置にあった頭が、私の目線よりも下にある。

 そのまま上目遣いでジッと見つめてくる。


「あ、これは良くない」


 思わず呟いてしまった。

 何が良くないって……このフェンリルに愛おしさに近い感情を覚えてしまっていることだ。

 

 人間に危害を加えないところ。

 それどころか、人間の挙動に驚いたところ。

 荷物に興味津々だったところ。

 手で差し出したパンを食べてくれるところ。

 もふもふの体。


 冷静に考えて可愛くない? 冷静に考えなくても可愛いような。

 どうしようかな……このままフェンリルの体を撫でてもいいのか?

 

 もういいよね!

 だって手に乗せてパンだってあげたんだし、撫でるくらいどうってことない!?

 

 私はフェンリルの背中へと手を伸ばす。

 味わったことの無いレベルの高級毛布に近い感触が腕を包み込む。

 

 うわあ、気持ちいい!

 

 ちょっとだけフェンリルがビクッと震えたような気がした。

 それもそうか、誰かに優しく触られる経験なんて無かった……と思うし。


「大丈夫、大丈夫だから」


 もふもふしたい欲求を抑えてなるべく優しい声で呟く。

 すると、ちょっとだけフェンリルから力が抜けたような気がした。

 ゆっく~り、なるべく同じ箇所だけ撫でる。

 もう一度、フェンリルの表情を確認する。すると、今度は嬉しそうに口角が上がっている。


 可愛い!

 

 う~~~~ん、飛びつきたくなってきた。

 この体毛に体を埋めて頬をすりすりしたら気持ちいいに決まっている。


 もういっちゃおう!


 一気にいかないでちょっとずつ、自分の体を押し付ける面積を広げていく。

 あ~、あったかくてもふもふで気持ちいい! 最高!


 フェンリルの方にも拒否されているような感じも無い。

 横になる以上のリラックスは見せてはくれないが、十二分だった。


 少しだけフェンリルの体温を堪能した後、顔を上げる。

 目が合う。凛々しくて、カッコいい……その大きい眼に映るのは自分だけ。


 テイムしたい……。

 なんだか、テイムできそうな気がしてきた。

 今の自分ならできるような気がしている。 

 今この子と私の心は近い位置にある。


 何よりこの子と一緒にいたい。

 私が将来目指している魔物との暮らしに、この子は絶対に必要。


 ……テイム、やってみようかな?

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