第16話 拡散の予兆

小説を公開してから、一週間が過ぎた。


優衣は毎日、サイトのアクセス数を確認していた。


最初は、数十人。


それが、数百人。


そして、数千人。


「広がってる...」


読者からのコメントも増えていた。


『怖い!でも続きが気になる』


『リアルな描写。本当に体験したみたいに書ける作者さんすごい』


『明晰夢、試してみたくなった』


優衣はそのコメントに、少し不安を感じた。


『明晰夢、試してみたくなった』


「やっぱり...」


あの注意書きでは、不十分だったのか。


優衣は小説の冒頭に、こう書いていた。


『注意:この物語に登場する明晰夢の訓練法は実在しますが、安易に試すことは推奨しません。夢と現実の境界が曖昧になる可能性があります。』


でも、それを読んでも、試したくなる人はいる。


優衣自身がそうだったように。


---


金曜日の夜。


優衣はスマホの通知に気づいた。


サイトのダイレクトメッセージ。


送信者:夢見る読者


『はじめまして。あなたの小説、毎日楽しみに読んでいます。


ところで、不思議なことが起きたので報告させてください。


昨夜、小説と同じ夢を見ました。


大学の廊下を走って、誰かに追いかけられる夢。


そして、追いかけてきたのは──子供の頃の私でした。


これって、偶然ですよね?』


優衣は凍りつく。


「偶然...?」


いや、違う。


優衣は他のメッセージも確認する。


送信者:明晰夢初心者


『作者さんへ。小説を読んでから、毎晩同じ夢を見ます。誰かに追いかけられる夢。怖いです。どうすればいいですか?』


送信者:不安な大学生


『これ、実話ですか?私も同じような体験をしています。小説を読んでから始まりました。』


優衣は震える手で、スマホを置く。


「まさか...」


すぐに拓海に電話する。


「もしもし、拓海?」


「優衣?どうした」


「大変なことになった」


「何が?」


「小説を読んだ人たちが、同じ夢を見始めてる」


電話の向こうで、沈黙。


「本当か?」


「メッセージがたくさん来てる」


「...分かった。明日、みんなで集まろう」


---


土曜日の午前。


八人が集まった。


優衣、拓海、美優、大樹、香織、ユキ、木下、石川。


ファミレス。


優衣はスマホの画面を見せる。


読者からのメッセージ。


十件以上。


全て、同じような内容。


『小説を読んでから、同じ夢を見る』


『誰かに追いかけられる』


『子供の頃の自分が現れる』


「これ...」美優が震える。


「夢鬼ごっこと同じ」


拓海が分析する。


「物語を読んだことで、暗示がかかった?」


「暗示...」


「小説の内容が、読者の無意識に影響を与えた」拓海が説明する。「そして、同じ夢を見るようになった」


香織が不安そうに言う。


「じゃあ、優衣のせいじゃ...」


「違う」拓海が強く言う。「優衣は悪くない」


「でも」


「これは、集団心理だ」拓海が続ける。「小説を読んで、『自分も同じ夢を見るかもしれない』と思った。その思い込みが、夢に影響した」


ユキが言う。


「でも、それだけ?」


「それだけじゃないかもしれない」


木下が口を開く。


「もしかして、明晰夢の訓練法が書いてあったから?」


優衣はハッとする。


そうだ。


小説の中で、明晰夢の訓練法を詳しく書いていた。


夢日記のつけ方。


リアリティチェックの方法。


WBTB法。


「読者が、それを実践した」


「そして、明晰夢を見られるようになった」


「その結果──」


「夢の中で、繋がってしまった」


石川が震える。


「また、集合的無意識が...」


拓海が頷く。


「可能性は高い」


沈黙。


美優が涙ぐむ。


「じゃあ、また同じことが起きる?」


「消える人が出る?」


「分からない」拓海が正直に言う。


優衣は立ち上がる。


「小説を削除する」


「えっ?」


「これ以上、広がらないように」


拓海が優衣の腕を掴む。


「待て」


「でも」


「削除しても、もう遅い」拓海が言う。


「どういうこと?」


「既に数千人が読んでる」拓海が説明する。「削除しても、記憶には残る」


「じゃあ、どうすれば」


「対処法を書く」


「対処法...?」


「小説の続きとして」拓海が提案する。「夢鬼ごっこの正しい終わらせ方を」


優衣は理解する。


「そうか...」


「物語が問題を起こしたなら、物語で解決する」


「でも、正しい終わらせ方って?」


拓海が考える。


「私たちがやったこと」


「全ての自分と向き合う」


「統合じゃなく、共存」


「それを、詳しく書く」


優衣は頷く。


「分かった。書く」


「俺も手伝う」拓海が言う。


「私も」美優が言う。


「みんなで」香織が続ける。


八人は顔を見合わせる。


「じゃあ、今から」


---


その日の午後。


八人はファミレスに残って、作業を始めた。


優衣がノートパソコンを開く。


小説の続きを書く。


『第十六話:解決編』


八人で相談しながら、書いていく。


「まず、夢を見る人への呼びかけ」


「次に、向き合い方の説明」


「それから、仲間を見つける方法」


「一人じゃなく、誰かと一緒に」


文章が形になっていく。


『もし、あなたがこの物語を読んで、同じような夢を見始めたなら──


怖がらないでください。


あなたは一人じゃありません。


同じ夢を見ている人が、他にもいます。


そして、この夢には意味があります。


自分と向き合うための、機会です。』


書き続ける。


『夢の中で、追いかけてくる「自分」。


それは、あなたの過去、現在、未来。


全てのあなたです。


恐れず、向き合ってください。


そして、こう言ってください。


「あなたも、私だね」


「一緒にいよう」


統合する必要はありません。


ただ、認めるだけでいいのです。


全ての自分を。』


さらに書く。


『もし、夢の中で誰かに会ったら──


それは、同じように夢を見ている、誰か。


話しかけてください。


「あなたも、同じ夢を?」


繋がってください。


助け合ってください。


夢の中でも、現実でも。』


そして、最後に。


『この物語は、実話を基にしています。


私たちは、この体験を通じて学びました。


夢は怖いものではなく、自分を知るための手段。


そして、他者と繋がるための場所。


あなたも、きっと大丈夫。


信じてください。


自分を。


そして、夢を。』


書き終える。


八人で読み返す。


「これで、いいかな」優衣が聞く。


「いい」拓海が頷く。


「優しい文章だね」美優が微笑む。


「これなら、救われる人がいるかも」香織が言う。


優衣は投稿ボタンを押す。


『第十六話:解決編』


アップロード完了。


「これで...」


「あとは、読者を信じる」拓海が言う。


---


その夜。


優衣はベッドに入る前に、サイトを確認した。


新しい話へのコメントが、既に届いている。


『ありがとうございます。怖かったけど、この話を読んで安心しました』


『明日、夢の中で試してみます』


『同じ夢を見てる友達がいました。一緒に向き合います』


優衣は安堵する。


「良かった...」


でも、まだ不安もある。


本当に、これで終わるのか。


物語が、現実を変えてしまったのか。


それとも──


優衣は目を閉じる。


「見守るしかない」


そして、眠りに落ちる。


---


夢を見た。


でも、いつもと違う。


場所は、大きなホール。


たくさんの人がいる。


みんな、立っている。


優衣は中央に立っている。


周りの人たちが、優衣を見る。


「あなたが、書いた人?」


誰かが聞く。


「はい」優衣が答える。


「ありがとう」別の人が言う。


「おかげで、夢と向き合えた」


「助かった」


次々と、声がかかる。


感謝の言葉。


優衣は涙が出る。


「良かった...」


でも、一人の少女が近づいてくる。


「でも」少女が言う。


「でも?」


「まだ、終わってない」


優衣は凍りつく。


「どういうこと?」


少女が指を指す。


ホールの奥。


扉がある。


そこから、光が漏れている。


「あれは...」


「まだ、見てない真実」少女が言う。


「真実...?」


「夢鬼の、本当の意味」


優衣は扉に近づく。


手をかける。


開けようとする──


その瞬間、目が覚めた。


---


優衣は飛び起きる。


心臓がバクバクしている。


時計を見る。午前三時。


「まだ、終わってない...?」


スマホを見る。


拓海からのメッセージ。


拓海:『優衣、夢を見たか?ホールの夢』


優衣は驚く。


優衣:『見た。あなたも?』


拓海:『ああ。他のみんなも見てるかもしれない』


優衣:『あの扉は何?』


拓海:『分からない。でも、確かめる必要がある』


優衣:『また、夢の中で?』


拓海:『ああ。今夜』


優衣は深呼吸する。


「まだ、終わってない」


本当の真実が、まだ隠れている。


窓の外を見る。


まだ暗い。


でも、もうすぐ朝が来る。


そして、また夜が来る。


その時、優衣たちは再び夢の中へ。


最後の真実を確かめるために。


【第16話 終】


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