オカルト部を立ち上げた結果、押しかけ幽霊ヒロインとの同居生活が始まりました

秋川 悠

第1話_彼女が出来ないなら、オカルト部を作ろう

 春の空気はほんの一瞬だけ顔を出しては、すぐにどこかへ消えていきやがった。もう少しゆっくりしていけばいいのに。ほんとに忙しないやつだと思う。

 

 そうかと思えば、少しずつ日差しが強くなり制服の袖口にじっとりと汗が滲んでくる。涼しさと暑さが入り混じる、移ろいやすい季節。その短い快適な時間は、毎年何故かすぐに俺の手からするりと抜け落ちていく。


 樫山高校に入学してはや一か月。午前の授業から解放された教室には、昼休みならではのざわめきが広がっている。机を囲んで弁当をつつく声、スマホの画面を見せ合って笑う声。


 あちこちで軽快な話題が飛び交い、空気はどこか浮き立っていた。


 そんな中、俺は窓際の席でメロンパンをかじりながら、のんびりと外を眺めていた。


 運動部の連中は、三十分という昼休みの間でも練習をしているのか。準備運動くらいで終わっちまうんじゃないのか?まぁ何にせよ、ご苦労なことだ。


 もし三十分暇な時間があったら、俺は何をするのだろうか?


 読みかけの本を読むだろうか。いや、二十五分くらいかけて前回まで読んだあらすじを思い出すから、新しい箇所は五分しか読めないな、却下だ。


 じゃあ勉強はどうだろう。英単語帳を眺めているだけでも二十単語くらいは暗記できそうだな。でも直近で小テストを控えているわけではないからな。やる気が出ないし、五限に小テストを控えてたとしても潔くあきらめるね。これも却下だ。


 結局、今みたいにメロンパンをかじりながらボーっとしてるのが性に合ってるのかもしれんな。


「そういえば、最近野菜食べてないな……」


 独り言が思わず口をついて出た。

 

 高校に入学してから始めた一人暮らしにも少しずつ慣れてきたが、食卓はコンビニ弁当とカップ麺ばかり。栄養バランスなんて考えたこともない。部屋は散らかし放題で、気を抜けば一瞬で崩れていきそうだ。


 けれど、不思議とそれで困っているわけでもなかった。

 

 淡々と過ぎる毎日。特別なこともなく、特別なものも望んでいない。今日を平穏に過ごせればそれでいい、粛々と生きていくのが自分にはふさわしいと。そう思っていたはずだった。


「おーい、蓮。今日も一人で飯食ってんのかよ。寂しい奴だなー」


 後ろの席からガタンと椅子を引く音がして、声が飛んできた。

 

 振り返れば、声の主は岡崎直哉だった。こいつは中学からの親友で、俺がこの高校に進学したきっかけにもなったやつだ。寝癖のついた髪に、シャツのボタンは適当。昔からの調子者っぷりはまるで変わっていない。


「何だよ。一人で飯食ってて悪いかよ」


「いーや? 別に。ただ、お前の食生活が終わってるなって思っただけ」


「飯なんて、腹に入れば何でも同じだろ」


「あ、蓮! またメロンパン食べてるの!? 少しはまともな食事取りなさいよね!」


 横から声が割り込んでくる。佐々木結衣。こいつも中学からの同級生で、今はクラスメイトだ。少しツンとした口調だが、度々俺の机に自分の弁当箱を置き、おかずを突き出してくる。今もそうだ。


「ほら。私のひじき煮、分けてあげるから」


「……なんか母さんに叱られてる子供みたいな気分だ」


「その通りじゃないの?」


 俺がぼやけば、佐々木はあきれ顔で肩をすくめる。直哉はそれを見てニヤニヤしながら、急に前のめりになった。


「話変わるんだけどさ、蓮……」


 顔を近づけ、意味深に言う。それをよそに俺は佐々木からもらったひじき煮を口に運ぶのだが、こいつは開口一番、信じられないことを言った。


「俺たちで、オカルト部を作ろうぜ!」


 俺は口に入れたひじき煮をゆっくりと飲み込み、一呼吸おいてから直哉に言った。


「はぁ......。お前、とうとう来るところまで来たな。もうそのバカさはステージ4だ。取り返しのつかないところまで来てしまってるぞ」


「そうね。そこまであんたが悩んでるんだったら、私が良い病院紹介してあげてるわよ」


「いや、俺はいたって真剣だよ! いやさー、ずっと考えてたんだよ。どうして俺には彼女が出来ないのだろうと......」


 相変わらずロジックの飛躍が新型ロケット並みの奴だな。


「で、それとオカルト部の何が関係あるんだよ」


「この間もさ、帰るときに女子高生が電車の座席に定期券を忘れたまま電車を降りて行ったんだよ。それを見かねて俺はわざわざ降りて、その女子高生の元まで向かってその定期券を渡したんだよ。その駅で降りるわけでも無いのにだ。そしたらよ、”ありがとうございます”とだけ言って帰っていきやがるんだ。普通さ、そういう時って、なんかドラマチックな展開があってもいいだろ?それなのに……何も起きねぇんだよ!」


 俺の質問をスルーしやがった。それに、さっきからべらべら何を喋っているんだ、こいつは。


「だからさ、この際、幽霊でもいいから俺は彼女を作りてーんだよ! いや! 幽霊だからこそ燃えるんだよ!」


 俺と佐々木を置き去りにして、直哉はさらに熱弁しようとするが、俺は直哉を制止して無理やり気になっていた疑問をぶつける。


「おい、だから何でオカルト部が出てきたんだよ」


 妄想から現実に戻ってきたのか、直哉は俺の方を向きながら説明しだす。


「え? あぁ。昨日さ、テレビで心霊番組やっててよ、そこに出てきた心霊写真の幽霊が可愛くてさ~!それで俺はピンと来たんだよ!オカルト部を作れば可愛い女子高生の幽霊と会えるんじゃねーかって!」


 そう語る直哉の目は本気だった。ふざけているようで、本人はいたって真剣なのが哀しくなってくる。ほんとに何を言っているんだ、こいつは。


「……なるほどな。お前の人生観がもう終わってることだけは理解した」


「はいはい。直哉、そうやってまた馬鹿なこと言って、蓮を巻き込まないの。蓮は蓮で、一人暮らしで大変なんだから」


 そう言いながら、佐々木は俺の机に置いてあったパンの袋をつまみ上げ、ポリ袋にそのパンを入れて彼女のリュックサックに入れた。


「ちょ、おい!まだ半分しか食べてないのに!」


「こんなの食べ続けてたら本当に早死にするわよ。ほら、残りの卵焼きもあげるから」


「じゃあそのパンはどうするんだよ」


「これは私が部活終わりに食べるんです~。捨てちゃうの勿体無いし~」


 はぁ、相変わらずお節介な奴だな。メロンパンはフチのカリカリした部分が美味いんだよ。あえてそれを残していたというのに、不覚だった......。まぁ、ここまで心配されると反論できないし、そもそも不健康な生活を送っている俺が悪いんだよな。今は佐々木の言葉に従っておくとしよう。


「なぁ蓮!お前もオカルト部やろうぜ!」


 俺たちのやり取りがまるでなかったかのように、再び勧誘をしてくる直哉だったが、俺はある疑問を直哉にぶつけた。


「ところでさ、お前、霊感とかあるの?」


「いや?ねーけど」


 今までの会話がまるで無駄になるような回答に、俺は一瞬思考が追いつかなかった。


 佐々木も唖然とした様子だった。


「えーっと、じゃあお前はどうやって女子高生の幽霊と交流するんだ?」


 俺は呆れながら、直哉に本質的な質問をしてみる。


「あー、それは理人に頼んで色々段取りを付けてもらおうと思ってる」


「理人って”黒瀬理人”のこと?」


 ”黒瀬理人”、同じく樫山高校の生徒で、俺や直哉、佐々木と同じ中学出身、俺は全く面識がないが、度々直哉の口から名前は聞いていた。


「そうそう!あいつ、超がつくほどのオカルトマニアなんだぜ!中学の時に理人と歴史のテスト勉強しててよ、俺が分からない箇所があったから理人に聞いたら、『本人に聞いてみるか?』って提案されてよ、頼んだら伊藤博文の霊を降ろして色々聞いたんだよ。ちなみに、顔は教科書の写真通りだったぜ!」


 言っている意味が全く分からん。


「お前さ、嘘つくならもう少し上手くやれよ」


「そうよ、今の話聞いて信じる奴なんて一人もいないわよ」


「いや!ほんとなんだって!!疑うなら放課後に証明してやるよ!理人も連れてきてやるからさ!」


「私はパスね。部活があるし。蓮もこんなやつの話に乗る必要ないわよ」


 佐々木は呆れたように息を吐き、弁当箱を片づけ始める。どうやらこれ以上、直哉の戯言に付き合う気はないらしい。


「おいおい結衣、お前は冷めすぎなんだよ!青春のスパイスは非日常だぞ?恋も幽霊も、非日常にこそ宿るんだよ!」


「はいはい。蓮、帰り道で余計なことに巻き込まれないように気をつけなさいね。直哉は昔からアホなことばっかり言ってるんだから」


 母親みたいな口調で言い捨てて、結衣は席を立った。昼休みの部活の集まりに向かうためだろう、弾むような足取りで教室を出ていく背中を、俺と直哉は黙って見送った。


「……で、蓮。どうする?俺は本気だぞ」


 佐々木がいなくなった途端、直哉は真顔で迫ってくる。

 

 その真剣さが逆に怖い。冗談なら笑えるのに、妙に目が輝いているから始末に負えない。


 まぁ特に放課後に予定があるわけではないし、少しばかり付き合ってやるか。


「じゃあ十分だけな」


「おっしゃー!決まりだな!絶対後悔させねぇから!」


 直哉はガッツポーズを決めると、チャイムが鳴る前に机に突っ伏して夢を見るように語り出した。


「幽霊彼女との運命的な出会い……俺はもう、それしか信じねぇ」


 バカだ、ほんとに。


 でも、退屈な昼休みが少しだけ鮮やかになった気がしたのも事実だった。

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