第三話:放課後、違和感の始まり

 授業が終わり、帰り支度をする教室。

 そんな時、俺の目の前にピコン、とウィンドウが現れる。


【新規クエストが発生しました】


 内容を見ると、こんな文字が。


『帰り道、誰かの“落とし物”を拾え』

報酬:感覚強化+1、【???】


(またクエスト……?

でも、落とし物を拾うだけなら……)


 半信半疑で校門を出る。


 夕暮れの街はオレンジ色に染まり、

 一見いつも通りの穏やかな景色だった。


 だが――


 カサ……カサ……


 どこかで、妙な音がした。

 まるで、何か“硬いもの”がアスファルトを這うような。


 周囲を見渡す。


 住宅街。

 並木。

 電柱。

 雲。

 石垣。


 異常は見当たらない。

 だが、どこか違和感が拭いきれなかった。


(なんだ、これ……?)


 足が勝手に警戒する。

 クエストの反射神経+1の効果なのか、

 妙に周囲の音がクリアに聞こえる。


 心臓の音だけが閑静な町並みに響く。


 一秒……二秒……。

 いくら待っても、何かが起こることはなかった。


「気のせい、か」


 こわばっていた体が弛緩する。


 再び歩き始め、大通りに合流する。


 すると、電柱の陰から小学生くらいの女の子が出てきて、

 鍵と思われるキーホルダーを落とした。


「……!」


 ピ、と視界の右上に通知が来る。


【落とし物検知】


 クエストだ。

 拾って渡す。


「ほら、これ。落としたよ」


 不思議そうに振り返った少女は、にこりと笑って頭を下げた。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 クエスト達成の文字が光る。


【クエスト達成:感覚強化+1】


 しかし、そこで終わらなかった。



【???を獲得しました】



「……なにこれ?」


 目の前に現れた透明なパネルに、見慣れないアイコンが追加されていた。


ーー

 “観測モード”

ーー


 押すか迷う。


(危険なものじゃ……ないよな?

押したらどうなんるんだろ……)


 少し悩んで、タップ。



 瞬間、周囲の景色がうっすらと“揺らいだ”。



 アスファルト、電柱、建物の輪郭。

 日常の風景に、妙なノイズが混じり始める。


「え……?」


 カサ。

 再び、耳が異音を拾う。


 全身が粟立ち、薄寒い気配を感じた。


 振り返る。


 視界の端に、

 小さな穴のような“黒い渦”が一瞬見えた。


 すぐに消えたが、

 心臓が嫌な鼓動を刻んでいく。


(……なんだ、今の)


 気づけばノイズは消えていた。

 周囲を見渡しても、暖かな日常の風景以外は捉えられない。


 だが今度こそ気のせいではない。

 "何か"が必ずここにいたのだ。


 だが誰にも相談できない。

 できるはずもない。


 何から説明すればいいのだ。

 クエスト能力?

 観測モード?


 鼻で笑われて終わりだ。


 唇を噛む。

 そのまま家に帰るしかない。

 どこか足取りが重かった。





 その夜。

 部屋で動画を見ながらもやもやしていると――


 ポンッ!


 軽い炸裂音とともに、

 あの小さな天使が出現した。


「ふーー、出た出た。今回の召喚、ちょっと遅延してごめん!」


「……またお前か」


 昨日、自分にクエスト能力を渡した、バグ天使。


 相変わらず、左右非対称でチカチカと輪っかが点滅している。

 見ているとなんだか不安になるデザインだ。


「“また”はひどくない!? でもその通り! ボクだよ!」


 プリプリと怒る素振りを見せる天使。

 どこか作り物のように感じる。


 だが、そんなことより気になることがあるのだ。

 今日のことを問いただす。


「観測モードってなんだ? あれ、街が……揺れた気がしたんだけど」


 バグ天使は、少しだけ真面目な顔になる。


「えっとね……まだ全部は言えないんだけど……

君が見たあれは、“世界のほころび”みたいなもの、かな?」


「世界の……?」


「大丈夫! ぜんっぜん大したことないよ!

……今のところは!!」


(今のところって何……?)


 不安は膨らむ。


 バグ天使は話題を強引に変えた。


「とにかく君は“観測者”としての適性があったんだよ!

このクエスト能力は、君のために最適化されてるからね!」


「なんで俺なんだ?」


 天使は一瞬黙った。


 ほんの少しだけ、気まずそうに。


「……え、えーっと、

色々あって、たまたま……なんだけど、気にしないで!!」


「今“ミスりました”みたいな顔しただろ」


「ギクッ!! う、うるさいなー!

もう寝なよ! 明日もクエスト出るから!!」


 それだけ捨て台詞のように残すと、

 バグ天使は掻き消えるように消えた。


 部屋の中に静寂が戻る。


 悠真は天井を見つめながら思う。


(これ……本当に大丈夫なのか?)


 手元のスマホで、最近のニュースを見る。


『チート能力を得た!? 人々に取材』

『動物園に新たなスター誕生』

『新型ウイルスが蔓延』

『「チートを得た」今若者を中心に広がる都市伝説』


 所々で天使が配ったチート能力の話題がある。

 勿論、その中には本物も混じっているのだろう。

 自分が体験してしまったからには信じるしかない。


「あいつら、何が目的なんだ」


 チート能力配布はミスだという。

 黒い影は世界の綻びだという。

 俺には観測者の適性があるという。


 何が本当で何が嘘なのだろうか。

 だが、心の中でなんの根拠もない確信があった。


「あいつはわざわざ黒い渦の事を伝えにきた」


 チート能力と世界の綻びは無関係ではない。





 その頃。

 日奈子は自分の部屋で、学校の連絡アプリを開いていた。


 “宮本悠真”の名前を見ると、

 胸がキュッとする。


「明日……話しかけてみようかな」


 小さく呟く日奈子。


 そんな彼女を見守るように、左右非対称の天使が窓の外に浮かんでいた。

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