第9話、海が連れ去ったもの。2
中学校の授業が隣町で再開されて数ヶ月後、悠真と健太は、三年生に進級した。町は、少しずつだが、復興の道を歩み始めていた。プレハブの仮設商店街ができ、生活の活気が戻りつつある。
悠真は、相変わらず絵を描き続けていた。美咲のスケッチブックは、すでに描ききられ、悠真は、新しいスケッチブックに、汐凪町の未来の姿を描き始めていた。
「悠真、見たか? 新しいグラウンドの工事が始まったぞ!」健太が、興奮気味に言った。
汐凪中学校の校舎は再建されないが、高台にある予備の土地に、小さなグラウンドと体育館が建設されることになったのだ。
「ああ、見たよ。健太の夢が、また一つ叶うな」
健太は、最後の夏を迎える。彼は、美咲の分まで、甲子園に行くことを目標に、毎日厳しい練習を続けていた。
悠真の母親は、悠真に言った。「悠真、あなたは、高校に進学するの? それとも、美術の専門学校へ行く?」
悠真は、迷っていた。美術の道に進むことは、美咲の「永遠」を引き継ぐことだ。しかし、彼は、この町から離れたくなかった。
ある日、悠真は、美咲の父親が働く、仮設の漁港へ行った。美咲の父親は、新しい船を調達し、漁を再開していた。彼の顔には、以前のような悲しみだけでなく、生きる喜びが戻りつつあった。
「悠真くん、お前に見せたいものがある」
美咲の父親が、悠真を案内したのは、新しく建てられたプレハブの事務所だった。その壁には、美咲が描いた、母親の笑顔の絵が、飾られていた。悠真が、美咲のスケッチブックから破り取った、あの絵だ。
「悠真くんが、これを持ってきてくれたんだ。美咲の絵は、この町の『永遠』になった。この絵を見ると、みんな、頑張れるんだ」
美咲の父親は、悠真の肩を叩いた。「悠真くんは、この町に残って、この町の『永遠』を描き続けてくれないか。汐凪町には、美咲の絵が必要なんだ」
悠真は、涙が溢れるのを止められなかった。美咲の「永遠」は、美咲の死によって消えることなく、この町の復興の象徴となっていた。
悠真は、高校には進学せず、美咲の父親の漁港で働くことを決めた。そして、漁の合間に、汐凪町の風景を描き続ける。それは、美咲の「永遠」を、自分の手で、この町に残していくための、悠真の新しい「永遠」だった。
健太は、夏の甲子園予選で、最高の活躍を見せた。彼は、エースとしてチームを牽引し、惜しくも甲子園出場は逃したが、その活躍は、汐凪町の人々に、大きな勇気を与えた。
健太は、卒業後、プロ野球選手を目指して、強豪大学への進学を決めた。彼は、美咲の「永遠」を、野球の道で引き継ぐ。
悠真と健太は、別々の道を歩むことになったが、二人の友情は、美咲の喪失という、共通の経験によって、さらに深まった。
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